告りたい

本編 ↓ をご覧の上、お読みください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054893337449/episodes/1177354054896769415




「ひーめー?」


 バスは信号に引っかかりながら一般道を進んでいく。

 のぶ子はバスが停車するたびに隣に声をかけた。姫こと碧は眠っているわけでもないのに無反応で、深く椅子に腰かけたまま窓の外を見つめている。


「ひめひめー? ひめったらー……えいっ!」


 思いきって頬を摘まんだ。ほんのちょっとだ。

 普段こんなことをしようものなら冷たい目でにらまれるのだが、今日はそれすらもない。不気味なほど静かだ。


「キャプテンの様子どう?」


 通路を挟んだ向こうからスミレが問いかけてくる。のぶ子は首を振った。


「ぜんぜんダメ。こりゃ重症だわ」


 十年以上想い続けた『ゆうと』に再会したのは数時間前のこと。

 圧倒的なプレーを見せつけられて感極まって抱きつき、そのままランチに誘った。しかし当の本人は碧のことをまったく覚えておらず、リストバンドを見てようやく自覚する始末。だが、そこまではまだいい。問題は。


「――――”緋色のことが好き”、か」


 ぽつりと呟いた碧は自らの髪に触れる。

 「長い髪の女の子が好きだ」と言う彼のために伸ばした髪だった。バスケをするには邪魔で仕方なかったが、だからといって手間を惜しんだことはなかった。いつか彼に会ったときに褒めてもらいたい一心だった。


「佑人は……髪が短い相手でも良かったのだな」


 間宮緋色の髪は肩にかかる程度。

 髪の長さなどどうでも良かったのだ、好きになった相手ならば。


「間宮緋色さんと言ったか、可愛い人だったな。――目がくりっと大きくて、顔が小さくて、笑うときはこう……口に手を当てて可憐にほほ笑む」


「あの……、姫?」


「スカートは短くて、足首はきゅっと細かったな。声は高めだった。肌が白くてあまり運動が得意なようには見えなかったが、その分小柄だった」


「姫ってば!」


「わたしの腕はなんて太いんだろう。脚も……太ももなんて片手では届かない。汗もたくさんかくし、日焼け止めを塗りはじめるのが遅かったからそばかすもある」


「姫しっかりしてください!!」


 乱暴に肩を揺さぶられてようやく、のぶ子に視線を向けた。姫騎士と呼ばれる碧の瞳は涙でにじみ、いまにもあふれそうだ。

 たまらずのぶ子がティッシュを差し出すと碧は無言で一枚引き抜いて目元をぬぐう。


「姫、今更なんですけどちゃんと確認させてください。姫は桶川佑人のことが好きなんですか?」


 バスケの実力とあわせて類いまれなる美貌は全国のバスケ界隈にも有名で、学校のみならず大会や遠征のたびに告白されている碧。「悪いが恋人はバスケだ」と無下に断ってきた彼女がここまでショックを受けている――それはつまり。


 碧は黙っている。

 自分がいま抱いている感情の「名前」を考えていた。


「好き――とは、なんだろう。教えてくれ、のぶ子」


 そこからかい、と内心突っ込む。


「んーとー、じゃあ簡易チェック。これだけ教えてください。姫は佑人になにしてもらいたいですか?」


「なに、とは?」


 かわいらしく小首をかしげる。


「たとえば下の名前で呼んでほしい、手をつないでほしい、誕生日をお祝いしてほしい、オシャレを褒めてほしいとか」


「そうだな……」


 虚空を見つめてしばし考え込んでいた碧は一言。


「マッチアップしてほしい。


 一日中、という点にやけに力がこもっている。

 まさかと思っていると一層声が大きくなった。


「一日中……そうだ、朝起きてから眠りに就くまで。いや、なんなら寝てる間もずっとだ」


 なんの迷いもなく言ってのけるので聞いている方は寒気がした。


「それストー……あっなんでもないでーす! それはもう恋! めっちゃ恋! むちゃくちゃ恋! 間違いなぁーく恋!! 姫は佑人のことが大っ大大大好きなんですよ」


 強引にまとめにかかるのぶ子をじっと見ていた碧は自らの気持ちを自覚したらしく、豊満な胸にそっと手をおいた。


「なるほど、これが恋か。恋とやらをしたらどうすればよいのだろう」


「そーですね、近くにいるなら徐々に距離を縮めてもいいですが、現実問題として物理的な距離があります。ここは思いきって告白しましょう。好きですって」


「だが佑人は間宮さんのことを――」


「しっ」


 碧の唇を人差し指で押さえて黙らせたのぶ子は、噛んで含めるように問いかけた。


「第四クォーター残り一分、相手がリードしている展開です。姫の目の前にはボールを持った強敵がいてダメ押しのゴールを狙っています。どうします? もう負けだと諦めますか?」


 碧の目の色が変わった。唐突に立ち上がって拳を振り上げる。


「するわけがない!」


「分かりました分かりました、バスの走行中ですから座ってくださいってば」


 体幹がしっかりしている碧は揺れる車内でも微動だにしないのだがさすがに危ないので座らせた。それでも碧の瞳に宿った勝負師の炎は消えない。


「たとえ……たとえどんなに無様な負け方をしたとしてもブザーが鳴る最後の瞬間までボールを追いかけゴールを狙う。それがエースの務めだ」


「分かりましたよ。だったら――ね? 告っちゃいましょう?」


 勝率は低いかもしれない。

 けれどいつ終わるかも知れない試合でずっと走り続けるのは苦しい。終了のブザーを鳴らすには誰かが動かないといけないのだ。


「うーむ。だが佑人には迷惑ではないだろうか。もう関わりたくないと言われたら」


「そこは相手を信じてあげましょう。少なくともウチは佑人が露骨に拒絶することはないと思ってます。ちゃんと想いを受け止めてくれますよ」


「なぜそう言いきれる?」


「決まってます。なんたって――」


 一旦言葉を切って照れくさそうに頬をかく。


「なんたってウチのだーいすきな姫が好きになった人ですもん♪」

 

「……のぶ子」


 百合爆誕。

 のぶ子は顔を覆わずにいられなかった。自分で言ってて恥ずかしい。


「あーもー暑い暑い。とりあえずもう一回会わないとダメですね。来週三校合同の合宿があるじゃないですか、そこに招待しましょう。合宿所の部屋の空きはあるはずですし」


「名案だな。だが果たして顧問の佐伯先生は許してくれるだろうか」


「ええ、常識的に考えれば無理でしょう。それに女バスから男バスを誘うのは変じゃないですか。――大丈夫、ウチに考えがあります」


 任せておけ、と胸を叩くのぶ子。

 ゲームメイクが得意なポイントガードの腕の見せどころだ。


「なんたって全中で優秀選手にも選ばれたあの桶川佑人ですよ? 男バスの顧問、きっと何度もスカウトに行ったに違いありません。絶対に会いたがってますよ」


 告白は、来週の合宿中。


 なんと言えばいいのだろう。

 佑人はどんな反応を見せるだろう。


 そのときのことを考えるとたまらなく不安になるのに、なぜか碧の心は静かに燃え上がるのだった。




【作者より】

告白の決意を固めた碧。

果たして佑人の反応は……本編をご期待ください。

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