最悪の状況を彼女に見られてしまった

白玉いつき

第1話

 一

「まずい。まずい、まずい、まずい...」


 ぼくあせっていた。


 まさか、ぼくのちっぽけな勇気が、こんなところであだになるなんて。そんなことだれが想像できただろうか。


 ほんの数時間前まではぼくのこの勇気をたたえていたというのに。まあ、結局は失敗してしまったのだけど。


 校舎裏からこそこそと出てきたぼくは、周囲をうかがいながら歩き出した。


 どうしてこんなことになってしまったのか、正直ぼくにも分からない。なぜあそこに彼女かのじょがいたんだろうか。


 ぼくの頭の中では先程さきほどから『エマージェンシー、エマージェンシー、エマージェンシー』という警告音が流れていた。


 下校途中とちゅうの生徒たちの間を、逆行するようにくぐけていく。不思議そうにこちらを見つめている生徒たちをよそにぼくは足早に歩いた。


 途中とちゅうで知り合いに会わなくて本当によかったと思う。


『あの、えっと、ごめんなさい』


 歩いている最中、ぼく先程さきほどまでの出来事を思い返していた。今でも耳にはっきりと聞こえてくる。


 ほんの十五分くらい前に、ぼくは告白してフラれたんだよなあ。 


 校舎の中まで入ると、素早すばや上履うわばきにえた。そして人目をけるように足早に、自分の教室へと向かった。


 階段を登り、わた廊下ろうかを進み、職員室のわきを通りすぎ、部活動中の吹奏楽部すいそうがくぶの音楽を尻目しりめに、ぼくは教室まで急いだ。


 教室の前までやってくると、ぼく忍者にんじゃごとく中の様子をうかがった。


「良かった」


 教室はがらんとしており人影ひとかげは見当たらない。はすっかりかたむいており教室はオレンジ色に包まれていた。


 文武両道をぎんっている学校なだけあって放課後も少し過ぎれば、みんなすぐに部活動にいってしまうのだった。


 ぼくは周囲を気にしながら、自席に近づいた。ぼくの机の上にだけ、黒のリュックサックが無造作におかれている。ぼくはそれを引ったくり、急いで出口へと向かった。


 あせりすぎたせいか、教室を出るまでに二回も机のぶつかってしまった。


 ただ、やっとのことで出口までたどり着いたのだが、しかし、ゲームオーバーだった。


「こんにちは」


 外に彼女かのじょが立っていた。


 頭の中にキイイイイというような耳鳴りが聞こえてきた。


 彼女かのじょぼくさえぎるようにとびらの前でふさがっていた。その表情はやけにうれしそうである。今からピクニックに向かう幼児のように、あどけなく笑っていた。


 どうしてそんなにうれしそうなのか、ぼくは聞き出したくてたまらなかった。が、平静をよそおった顔で彼女かのじょを見つめた。


 しかし、彼女かのじょの次の言葉ですぐにパニックになった。


 彼女かのじょ面白おもしろそうにそういった。


「もう泣いていないんですね」


「……」


 ヤッパリ見ラレテイタ。


 モシカシタラ、モシカシタラ、モシカシタラ、見マチガイダトおもいッタノニ……。


「あ……ああ……」


 ぼくはどうしようもない絶望感にかられた。いっそのこと、こいつを殺してぼくも死んでやろうかと考えたがぼくにそんな度胸はなかった。


 かといって彼女かのじょを無視して通り過ぎることもできなかった。


 そんなぼくを見下げたように彼女かのじょはあの例のーー意地の悪そうなわらいみーーをかべているのだった。


 その笑顔えがおがまた、ぼくの純情をみにじる。


 仕方がなく、まこと遺憾いかんながらぼくは口を開いた。


「いつから見ていた?」


「なんのことでしょう?」


「トボケルンジャナイ」


「ははは。お顔がこわいですよ、先輩せんぱい?」


 そりゃあ、こんな顔にもなるさ。ぼく彼女かのじょにらみつけていた。


 彼女かのじょは楽しそうに、まるで推理小説の名探偵たんていのような歩き方をして近づいてきた。コトコトという彼女かのじょの歩く音が教室にこだまする。


「そうですね。先輩せんぱいがかわいい女の子を校舎裏に呼び出し、いくつか無駄むだなことを口にし、そして告白をして、フラれたところからです」


「最初からじゃないか!」


 ぼくの心は、幼子のように地団太をんでやりたい気持ちにおちいった。


 彼女かのじょぼくの気持ちを知ってか知ってか(十中八九知っている、知っているに決まっている)、うれしさに顔をゆがめていた。


 こんなにうれしそうに顔をゆがめるやつをぼくは今までで見たことがない。


今日きょうはちょっと風が冷たいよね。そう、いい感じの冷たさだよ」


ぼくの告白の出だしを真似まねをするな!」


 ぼく絶叫ぜっきょうがむなしく教室にひびいた。彼女かのじょに見られたことは明白あからさまだった。


 どうしてこいつに見られてしまったのだろうか。よりによってこんなやつに。


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