第14話 愛されたいなら愛そうぜ

 ホムさんがフラスコの中に生まれて三日が経った。

 基本的に上から目線な物言いだが、フラスコからは出られないし、質問すればお兄ちゃんに関すること以外はなんでも気さくに答えてくれる。まあ見た目はお兄ちゃんなので部屋に置いていても気分がいい。

 だが、それはそれとしてとても重要なことが分かった。どうやら私は無理難題を押し付けられていたらしい。


「どうだ。俺をフラスコの外に出す方法は見つかりそうか?」

「駄目、全然駄目。パパの本を借りても駄目。パパに聞いても駄目。っていうか、パパもできないって言ってた。なんでそんなこと私にやらせようとする訳? お兄ちゃんについて教えるつもり、もしかして無いの?」

「人聞きが悪いな? まさか俺が出来もしない無理難題をお前に押し付けていると思ったか?」


 人の心を自然に読まないで欲しい。


「それは知らないけど仮に出来てもその頃にお兄ちゃんが身も心もあの女のものになってたらどうするのよ! 意味ないじゃない! 時間が大事なのよ時間がっ!」

「ふぅ……やれやれ、小賢しい娘だ。まあお前の言う通りだ。人間は死ぬからな。死んでしまっては意味がない。身も心もそこにはないからな」


 ホムさんはふんすと鼻を鳴らしてつまらなさそうにする。


「つまり無理難題と変わらないじゃないのよ」

「まあ確かに俺も少々意地悪をした。三日間も真面目に調べたお前は中々偉い。気づいているか? 目の下にくまができてるぞ?」

「えっ、うそ!? やだ!」


 鏡を眺めてみると確かにうっすらとできている。確かに睡眠不足だった気もする。ご飯もあんまり食べてなかったし。


「身勝手極まりない色恋沙汰の為とはいえ、十一歳にしてはよく頑張った……そこでだ。お前にヒントをやろうではないか」

「ヒント!?」

「いいか、俺はフラスコの外には出られない。だがこのフラスコの外とは言っていない。分かるか?」

「分かった。フラスコなら良いのね」

「正解」


 そんななぞなぞみたいな答えで良いの?

 いや、でも、まあやってみましょう。まずはパパからもう一つフラスコを貰って、それを使わせてもらいましょう。これでお兄ちゃんの心を手に入れることができるなら安いものよね。


「オホホホホ! 随分とお優しいわね! じゃ~あ言うとおりにフラスコくらいもう一つ貰ってきてあげるわよ! これで役に立たない方法教えたりしたらもう絶ッッッ対に許さないからね!? 覚えてなさい!」


 私はパパの書斎へと向かった。


     *


 ホムンクルスの移し替えは、ホムさん自身が協力的だったこともあって非常にすんなりと進んだ。フラスコからフラスコに移す時、知性の無いホムンクルスだと操作ミスで外の空気に触れてあっさり死んでしまうらしいのだが、ホムさんは違った。出来が良いから多少は耐えられるのだそうだ。私のお陰ね。あとちょっぴり、パパ。


「あ゛~疲れた」

「ご苦労。感謝しよう」

「新居に移った感想はいかがかしら?」


 私はベッドの上に寝転んだまま、ホムさんのフラスコを置いている机の上に視線を移す。


「うむ、実に良い。三角フラスコはどうにも好みでなくてな。この平底フラスコはいい。この丸っこいデザインを見ていると安心感が有る。元いた場所を思い出す」


 最初の三角フラスコよりも遥かに大きなフラスコの中で、少しだけ大きくなったホムさんはソファーを出して楽しそうにくつろいでいる。部屋の中には小鳥が飛んでいたり、暖炉の中で小さな火がパチパチと爆ぜている。


「元いた場所ってどういうことよ。あのホムンクルスの素って書いてあった小さな袋の中?」

「お前たち人間の中だよ。未来、過去、全ての人間の意識の中に俺は居た。ホムンクルスの素と書いたあの小袋の中にあるのはただの有機物だよ。俺の身体をこうして作るのに使わせてもらっているだけだ」

「ホムさん、何者?」

「神様だ。世界、真理、集合的無意識、お前たちも含めた全ての自己の源、それが俺の居た場所だ。だからし、のだ。分かるか? 難しいか? 要するに俺は二階堂サトルを模して呼ばれなければお前と会話もできん只の肉塊だし、フラスコの外に出ればこの世界そのものにまた飲み込まれて消える。この世界の影法師だ」


 ホムさんは大きくあくびをしてのびをする。


「世界に飲み込まれて……」

「どこかから水を汲んだとしよう。お前たちはそれを二階堂サトル型の水風船に入れた。水風船は脆いからフラスコの中でだけ形が安定するし、形に合わせた振る舞いもする。しかし外に出せば水風船は簡単に割れて、中の水は大地に染み込む。蒸発して雲になり雨となって海に還る。お前たちの下には割れた水風船の残骸が残るだけだ」


 残骸と聞いて、少し嫌な気持ちになった。

 お兄ちゃんの死体を想像してしまったのだ。お兄ちゃんの、というよりも、ホムさんの死体かもしれない。


「で、お前の質問は二階堂サトルの心をほしいままにする方法だったな?」

「うん! それ! それは知りたい!」


 くくっ、とホムさんが笑う。

 ふっふっふ、とホムさんが楽しそうに笑う。

 くふはははははは、とホムさんが大声で笑う。

 しばらく笑い続けた後、ホムさんのソファーが浮かび上がり、彼の入っていたフラスコも浮かび上がり、私の寝転んだベッドの近くまで飛んでくる。


「とても簡単なことだよ。お前が世界で誰よりも二階堂サトルを愛してやれば良い。だいたい佐々木さくらから奪ってやると息巻いているが、お前は二階堂サトルにとって佐々木さくら以上に大切な存在か? 生意気で、図々しくて、迷惑で、己を省みることもない。お前が愚にもつかない策を練っている間にも、あの女は二階堂サトルと時間を積み重ねている。使った時間が違うのだよ。お前よりもずっとあの女は二階堂サトルの為に時間を使っているし、二階堂サトルはあの女の為に時間を使っている。分かるか? それだけのことだ。心を、時間を、命を、使えば使っただけ結果は帰ってくる。これがお前の父親の使う魔法の原理だ。正確さには欠くが、お前たち人間にできる限り分かりやすく表現すればだよ。お前はお前の伝えた愛情に比例する愛情を既にあの男から受けとっている筈だ」


 ぐうの音も出ない正論だ。腹立たしいが理にかなった事を言っている。


「けど、それじゃあ駄目じゃない。つまり私は既に大差をつけられていて、差は積み上がっていくってことですもの」

「そうだな。お前が二階堂サトルの寵愛を勝ち取るのは難しかろう」

「普通の方法では、でしょう? 勝てないルールは変えれば良いし、負けている盤面はひっくり返してやればいいのよ」

「はははは! その通りだ、ゆみ! だがお前は永遠にそれを続けるのか? 永遠に愛する男を欺き続けられるのかな?」

「やってやるわよ! 私が一番お兄ちゃんを幸せにできるんだから! 最高の嘘で死ぬまで幸せにしてあげるもん!」

「…………」


 ホムさんは黙ったままニヤリと笑う。


「何よ」

「面白い女だ。お前に一つ、良いことを教えてやる。なに、対価はそこの貴様がちびちび食べていた六花亭のお菓子とやらで構わん。あの銀と赤のパッケージの、いかにも美味そうではないか。俺に寄越せ」


 フラスコ壁ドンである。お兄ちゃんの顔でされるとやっぱりちょっとドキッとする。私は箱の中から言われたお菓子を取り出してフラスコの近くまで差し出す。


「これでいいの? お菓子、どうやって中に入れれば良いのかしら」

「ああ、それは――」


 次の瞬間、フラスコの壁をすり抜けて、大きくなったホムさんの腕が私の手の中からお菓子を取り上げた。取り上げた? それって、つまり。


「出てきたぁ!?」


 どういうことなの?

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