ちいさいあきみつけた

神代 恭子

ちいさいあきみつけた

 今日はちょっとさむいけど、とてもいいお天気で、空はとてもきれいなみずいろです。

 あきちゃんがその空を見上げると、どこまでもどこまでも高くのぼっていけそうなほど、すきとおった空でした。

 おうちのにわでは、エプロンをつけたお母さんが、土におちたはっぱや、かれえだを、大きなくまでであつめています。

 たき火には、たくさんのおちばやかれえだがひつようですが、あきちゃんの家のにわは、さくらの木といちょうの木があって、だいたい年に一回、冬になりかけの今日みたいなちょっとさむい日に、こうやってたき火をするのです。

 赤いはっぱ、黄色いはっぱ、茶色いはっぱ、はい色のかれえだ。

 あたたかくかわいた色とりどりのたきものが、かさかさがさがさと、あつめられていくようすを、あきちゃんはおもしろそうにながめています。

 やがて、くまでをうごかす手を止めて、お母さんが、ふぅと大きないきをつきました。

「さぁ、たくさんあつまったわ。これであきちゃんのだいすきなやきいもがやけるわね」

「わぁい! やきいもだいすき!」

 そうです、お母さんはこれから、あつめたおちばで、あきちゃんのだいすきなやきいもを作ってくれるのです。

 お母さんは、えんがわにくまでをおいて、かわりにそこにおいていたかごと火ばさみををもってきました。

 かごの中には、むかし、ごきんじょのおすしやさんがくばっていたマッチばこと、アルミはくでくるんだかたまりがみっつ、入っています。

 こんもりと山になったおちばとかれえだの前に、お母さんがかがみます。そして、おちばの山のまんなかに、かるくまるめた新聞をころんころんといくつかおきました。

 かごからマッチばこをとり出して、その中の一本を、手にとります。

 白色のマッチの頭が、マッチばこの茶色のところにこすりつけられ、しゅっとかすれた音がしました。

 マッチがもえるときの、どくとくのにおいが、つんとはなの先にながれ、白いマッチの先が、ぽっとオレンジ色の火にとってかわられました。

 でも、その火がマッチの先でゆらゆらゆれたのは、ほんの少しの間。

 マッチの火は、そのまま新聞紙にうつされて、ぼわっともえ立っていきました。

 火がついたのをかくにんしたお母さんは、あつめたおちばやかれえだにも、それをうつしていきます。

 それから、かごの中からアルミはくでくるんだかたまりをひとつずつ持ち上げながら、

「お父さんと、お母さんと、それから、これがあきちゃんの分」

 と、かくにんするように言いました。 

 このアルミはくの中には、水にぬらした新聞紙にくるまれたさつまいもが入っています。

 こうしておくと、たき火の中でやいている間にむしやきにされて、ほくほくのやきいもになるのだと、前にお母さんが教えてくれたのを、あきちゃんは思い出しました。

 あきちゃんの分は、一番大きなおいもです。

「ありがと!」

 それを見たあきちゃんの顔は、にっこにこになりました。

 お母さんは、やきいもをすると、いつもあきちゃんに一番大きなおいもをくれます。

 あきちゃんは、からだが小さくて大きなおいもを食べきれないことも多かったのですが、ちょっとよくばりさんだったので、いつも大きなおいもをねだっていたのです。

 ぼわぼわと、いきおいよくもえ立つたき火が、やがて、ぱちぱちと、しずかにもえる火になっていきます。

 それをまってから、ぱち、ぱち、と小さくもえるたき火の中に、お母さんが火ばさみで、しずかにそーっと、アルミはくでくるんだおいもをおきました。それからまた、あつめたおちばを少しずつ、かさかさと足しました。

 おいもがやけるまで、このしずかな火をたやさないようにしなければいけないのです。

 気長に何回も、ころん、ころん、とおいもを火の中でころがしていると、やがて、たき火のうすけむりにまじって、おいものやけるあまいにおいが、ふんわりとしはじめました

「そういえば、はじめてやきいもをした日。あきちゃんたら“おいもまだやけないの?”ってずっとお母さんにきいてたわね」

 ふと、お母さんが、思い出したように言いました。

「今はもう知ってるもん! たき火でおいもがやけるのは、さんじゅっぷんからよんじゅっぷんくらい!」

 お母さんのよこ、しゃがんでほおづえをついたかっこうで、わくわくとまちどおしそうに、もえるたき火を見ていたあきちゃんは、はーいっ、と手を上げて元気に答えました。

 くすくすと、わらったかおをうかべるお母さんの顔を見て、あきちゃんもにっこにこのえがおになります。

 おいもをやいている間も、あきちゃんとお母さんのいるにわを、つめたい風がながれていきました。

 でも、たき火とお母さんのそばにいるあきちゃんは、ぜんぜんさむくありません。

「そろそろいいかしら」

 お母さんが、火ばさみでたき火のもえかすをよけながら、おいもをくるんだアルミはくをつつきました。

 つつかれるたび、たき火の中で黒くすすけたアルミはくが、かしゃかしゃと音をたてています。

 中のおいもに火がとおって、やわらかくなっているのをかくにんしたお母さんは、たき火のはいの中から、それをほりだしました。

 ころん、ころん、ころん。

 ころがり出るみっつのおいもは、アルミはくにつつまれたままでも、とってもいいにおいがしています。

 お母さんは、エプロンのポケットから白いぐん手をとり出しました。

 それをきゅっとはめて、その中の一番小さなおいもを、そーっともち上げます。

 やけたばかりのあつあつのおいもをとり出すときは、やけどしないように、ちゃんとぐん手をしておくこと。 

 これも、前にお母さんが教えてくれたことでした。

 ぐん手をはめたお母さんの手が、手にとったおいもをお手玉するように、かわるがわるなげて、さまします。

 そして、見上げるあきちゃんの目の前で、なんどもなんども行き来したおいもは、さいごに、ぽんぽんとお母さんのてのひらにつつまれて温度をたしかめられ、ようやく止まりました。

 お母さんのゆびが、すすけたアルミはくと新聞紙をむいていくと、だんだん、きれいなむらさきいろのおいもの皮が見えました。

 あきちゃんの目はもう、あらわれたおいもにくぎづけです。

 お母さんの手が、むいたおいもをそーっとつかんで、半分にわりました。

 すると、ぶわっとゆげが立ちのぼり、ほこほことやきあがった、あざやかなきいろのなかみがあらわれます。

 あまいにおいが、ふわぁんとあふれてくるのを、あきちゃんは、くんくんとはなをつき出して、おなかいっぱいかぎました。

「おいも、いいにおい! おいしい!」

「よかった。ちゃんと上手にやけてたみたい」

 お母さんが、わったおいもをしげしげとながめて言いながら、ぐん手を取って、おいものかわをつまむようにむいていきます。

 かがやくようなきいろのおいもがあわられると、あきちゃんは、もっとうれしそうにくんくんとにおいをかぎました。

 おいしいものは、においだけでもおなかいっぱいになれるのです。

 おいもの皮をむきおえたお母さんは、しばらくじっとそのおいもを見つめたあと、ぱくっとひとくちかじりました。

「おいしいでしょ、おいも、おいしいでしょ」

 ほふほふと、口の中であつあつのおいもをころがすお母さんを見て、あきちゃんがにこにこと言います。

 お母さんは、もうひとくち、おいもをかじりました。

「おいしいね、あきちゃん、おいもおいしいね」

 お母さんが、うんうん、と、うなずきます。

「ほんとうにおいしくて、ふしぎだね」

 うなずきながら、お母さんの目が、ぽろんとなみだをこぼしました。

「毎年おいもをやくと、いつもあきちゃんがそばにいるような気がするの」

 お母さんは、言いながらぽろぽろとなみだをこぼしてわらいます。

「ふしぎじゃないよ、わたし、おいもをやくときは、お母さんのそばにかえってくるんだもん」

 にこにことわらいながら、あきちゃんが言いました。

 お母さんには、あきちゃんが見えません。

 あきちゃんはもうずっとまえに、しんでしまったのです。

 でも、毎年こうして、おかあさんといっしょに、おいもをやくのを楽しみにしています。

 だって、いなくても、見えなくても、お母さんはおいもをやくとき、いつもかならず、あきちゃんをどこかにみつけてくれるのです。



 今日はちょっとさむいけど、とてもいいお天気で、空はとてもきれいなみずいろです。

 お母さんがその空を見上げると、どこまでもどこまでも高くのぼっていけそうなほど、すきとおった空でした。

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