絶対領域と冷えたシャンパン②


 今日は鉄火場になる。


 俺が発生させた台風を利用しようとスピリチュアル界隈の連中に依頼が殺到しているはずだ。ターミナルとPSE、連中は既に動いている。そういやさっきのガキ、バミューダとか言ってたな。オーストラリアがどうのと。ターミナルじゃないよな? さすがにガキは雇ってなかったはず。池のことも知ってるようだった。ワンハンドレッドに調べてもらうか……。


 それにウィッチだ。ターミナルの仕事かいつもの気まぐれか分からないが、昨日宇宙マーケットに来たところをみるとシャーマンがついてるのは間違いない。あと、ババアの動きも気になる……というか、いちばん厄介だ。この期に及んで、もうひとつ台風を発生させるなんて正気じゃない。まぁ、元々イカれたババアではあるが……。





 シャッターは閉まっている。当然、一発蹴りを入れる。牛角の店員が廃棄物をポリバケツに詰め込みながらこちらを見ている。



「君は時間を守るということができないのかい?」


「何言ってるんだ? 5分前に来てるだろ。ビジネスマンの鑑じゃないか」


 ワンハンドレッドがニューヨークヤンキースのベースボールキャップを後ろに被り直し旧型のパソコンをカタカタやりながらため息をつく。


「バミューダって知ってるか?」


「バミューダ? あの船が沈むとか飛行機が墜落するとかってやつかい?」


 豚眼鏡は黄ばんだディスプレイを見つめたまま、なんだかもの凄い速さでキーボードを打ち続けている。まったくこっちを見てくれない……。


「いや、海がどうのこうのと言ってたがそっちじゃない……たぶん」


「なんの話だい?」


 豚眼鏡がこっちを見てくれた。


「オーストラリアのとき大手の連中の他にチョロチョロ動いてるヤツらがいただろ?」


「あぁ、個人のチャネラーとか新興のスピリチュアル企業なんかが名前を売ろうとして出張ってきてたね」


「その中にバミューダとかいうのがいなかったか?」


「ちょっとまって、ググってみるよ」


 ググって出てくるもんなのか?……。豚眼鏡が旧型のパソコンをカタカタやり始めると、店の外で原付のマフラー音が聞こえた。振り返って窓の外を見ると、ローダウンされた黒いジョーカーにまたがったウィッチがヘルメットを外している姿が目に入った。


「アイツまた来てるぞ?」


「ん? あぁ、なんか『裏宇宙座標特定デバイス』が欲しいとかって昼間電話があったんだ」


「座標? アイツ、シャーマンと組んでないのか?」


「うーん、どうかな? ターミナルの仕事でもなさそうだね」


 ウィッチが両開きの扉をあけるとカランコロンとレトロな音が鳴り響く。




「やあやあ諸君お揃いだね」


 猫耳は付けていない。昨日のヤツが唯一手持ちの猫耳だったのだろうか? いや、違う……そういう問題じゃない。あんなの付けてるところは初めて見た。そもそも、アレはなんだったのだろうか?


 「にゃん」とか言ってたよな? ワンハンドレッドは何も指摘していなかったが……。俺は当然、野暮なことは聞かないタイプだし。いや、待て。この豚眼鏡「今日は猫耳ですか?」みたいなこと聞いてなかったか?俺が知らないだけで流行ってるのか?猫耳……。だとしても「にゃん」はないだろ。


 まぁ、人の趣味をとやかく言う気はないが……越谷だぞ?ここは越谷の宇宙マーケットだからな? わきまえなさい。


 イカれた女は、敬礼の様なポーズをしながらトコトコとカウンターの方へ歩いて来た。


「おい、バスプロショップスの帽子はどうした?」


「帽子? 水色のワンピースにあの帽子じゃおかしいでしょ?」


 ウィッチがリボンの様にして髪を束ねているペイズリー柄の赤いバンダナをキュッと摘んでみせた。また「にゃん」とか言いはじめたらどうしてくれようかと思ったが、まぁいいだろう。ただ、ひとつ苦言を呈させてもらうと、なぜニーハイを履いてるんだ?その短いワンピースなら、やっぱり剥き出しの方が────


「これだね、バミューダ」


 ワンハンドレッドの丸眼鏡が旧型パソコンのモニターを反射して青く光る。


「わかったのか?」

「うん、オーストラリアの時に『亜式フレア』をぶっ放した連中だね」

「な……あのメルボルンのやつか? アレで俺は死にかけたんだ……」

「わざわざボクがメルボルンまで行って。瓦礫の中から君を掘り起こしたんだったね」


 ウィッチはキョトンとしながら俺とワンハンドレッドの顔を交互に見ている。ずり落ちてしょうがないのか、ニーハイを仕切りに引っ張り上げながら。


「でも、アレはロシアンマフィアのフロントがやったんじゃなかったか? スミノフ何とかってスピリチュアル企業が」


 ウィッチさんはお馴染みのバーチェアに腰掛けると、カウンターに頬杖をついてぼーっと雷門の提灯を眺めている。当然、俺はニーハイとワンピースの隙間をぼーっと眺めているし、ワンハンドレッドはパソコンを眺めながら高速でカタカタやっている。


「『スミノフスワイレス』たしかにもともとマフィアのフロント企業だよ。でもあの後すぐに独立したみたいなんだ。今は『バミューダ』という名前で北海道に本部を置いてるね」


「マフィアからフロントが独立? ありえるのか? しかも日本にいやがるのかよ」


 どうしても気になるのか、ウィッチさんはニーハイをグイグイ引っ張り上げはじめた。もうそれ以上は上がらないのではないだろうか? なんならお前、そんなニーハイよりそっちのワンピースを気にした方がいいぞ? それ……短か過ぎて大変なことになってるからな? ニーハイは限界まで上がってパツパツなのに隙間はどんどん広がってるからな? わきまえなさい。


「うん……ロシアンマフィアは今年の3月までにほぼ消滅してる」

「な……そんなのニュースにもなってねぇぞ? なんなんだそのぶっ飛んだ話は?」

「いったい何の話をしてるにゃ……の?」


「ん?」

「ん?」







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