池の水全部抜くって言うから特殊能力使って台風起こして阻止しようとした結果世界が滅びそうになった件

(有)柏釣業

   

第1章 

チャネラーズ・ブギと不思議な風


「────」


『……誰?』


「俺だけど」


『……俺? ボクは独り暮らしのボケ老人じゃないぞ? かける相手を間違えていないかい?』


「俺だよ! ワラ人形はあるか? 5、6個欲しい」


『まったく、名前くらい名乗れないのかい? これだから低級チャネラーは……』


「後で行くから用意しといてくれよ」


『おーけい、わかったよ。ちなみに今回はエターナルのワラ人形を仕入れたんだ。背中にロゴが入っててイカしてるぜ!』


「ああ、そう。で、そいつはいくらするんだ?」

『そうだなぁ。5個で100ドル。まぁ、君ならおまけで6個にしとくよ』


「いつも通りだな。じゃあまた後で」


『今日の宇宙マーケットは20時開店。くれぐれもシャッターは叩かないでくれよ!』


「…………」



 4号バイパスを越えて『牛角』の裏にある『宇宙マーケット』に向かう。車内に吹き込む風は随分と生温い。10月も半ばだというのにやたらと暑いのは異常気象のせいだろうか? 真夏の様な夜空に浮かぶ月の横には2、3個見慣れない星がでている。どうやら先を越されたらしい。

 

 店の前に着くとシャッターは閉まっていた。当然、一発蹴りを入れる。道路を挟んで向かいにある牛角の店員が、裏口でポリバケツにゴミ袋を被せながら怪訝そうな顔でこっちを見ている。何か文句でもあるのだろうか?


 牛角の店員を暫く眺めていたら、宇宙マーケットの脇から『ワンハンドレッド』が歩いて来た。


「いいかげんにしてくれ! 20時からだって言ったはずだぞ!」

「俺は5分前行動を厳守してるんだ。いいから早くシャッターを開けろ」


 もう一発蹴りを入れる。


「わかったから。まったく、これだから低級チャネラーは……」


 ワンハンドレッドがぶつぶつ言いながら鍵を開けた。なるべく音を立てない様にゆっくりシャッターを開けると、磨りガラスがはめ込まれた両開きの扉が顔を見せる。古ぼけた扉を開けるとカランコロンとレトロな音が鳴り響く。



 店内に入ると相変わらずほこり臭い。薄っ暗い照明の下に並んだ棚には、ごちゃごちゃとスピリチュアルグッズが置かれている。奥の一段上がったステージみたいな所にある、これまたごちゃごちゃしたカウンターの裏に、ワンハンドレッドがドサッと腰掛けた。カウンターの奥の棚に掲げてある『雷門』と書かれた赤い提灯がふたつ、まるでスポットライトのようにワンハンドレッドを照らしている。


「また太ったか?」

「1週間で太るわけないじゃないか!」


 ワンハンドレッドはこめかみに丸眼鏡を食い込ませ、旧型のパソコンをカタカタやり始める。元々は白だかグレーだか、おそらくあんなに黄ばんではなかった筈のディスプレイとキーボード。


「ちょっと!? その棚の物には触らないでくれよ! いつも言ってるだろ? それは売り物じゃないんだ」


 なんだかよく分からないが、アメリカンなフィギュアを棚に戻し、隣でVサインをキメている目玉の飛び出したウサギのフィギュアを、指で小突いてみせる。


「まったく、これだから……」

「その帽子……カッコいいな?」


「ああ、コレかい? バスプロショップスのやつだよ」


 ワンハンドレッドがモジャモジャ髪の上にちょこんと乗せた、黒いベースボールキャップを自慢げに見せてきた。


「コレも売り物じゃないからな」



 コイツは豚眼鏡のくせに妙にセンスがいい、着てる服もそうだが、店内の雰囲気もなんだかレトロ感があり、アメリカンでありながら……江戸時代の歓楽街を思わせる。おそらくあの雷門の提灯の所為。そういえば、ここは元々なんの店だったのだろうか?

 そういや、このバーカウンターはこの豚が置いたのか? バーでもないのに。宇宙マーケットなのに。まぁいいか……。このバーカウンターは、結構気に入っている。『宇宙マーケット』なんて名前も、俺は嫌いじゃない。チャネリングに必要な物は大抵そろってるしな。


「ところで、あの台風、君だろ?」

「ん? まぁ」

「やっぱりな。『ブリングストン』の粗塩なんて言ってるから、そうだろうなとは思ってたんだ」


 俺はブリングストンの製品が好きだ。スピリチュアルグッズメーカーで、派手な色のパッケージに、派手なロゴを使ってるところなんて、ブリングストンくらいしかない、さすがアメリカ企業だ。ただし、品質はすこぶる悪い。


「あの塩、使い物にならなかったぞ?『メソポタミアム』の段階で燃え尽きた。おかげで全部自力でやったんだ」

「そりゃそうだよ。台風発生要素確立にはブリングストンのヤツじゃ弱すぎる」

「『エターナル』のヤツは嫌いなんだ。ロゴが地味すぎる」


 エターナルは何も分かっていない。たしかに、業界最大手のメーカーではあるが、何も分かっていない。遊び心の一つも持ち合わせていない企業だ。


「まったく、わかってないな君は。だいたい池の水を抜くのを止めさせる為に台風をぶち込んだら、魚が死んじまうよ。本末転倒じゃないか」

「やり方は任せると言ってたからな。ロケを中止にさせればそれでいい」

「でも、台風はマズイよ。関係無い連中も出張ってくる。みんな台風を利用したいからね」

「軌道制御権さえ奪えばこっちのもんだ。だいたいアレは俺が発生させたんだ。他の連中はすっこんでろ……」

「まぁ、そうもいかないのが現実だよ」


 ふと、カウンターの奥に置かれた旧型パソコンからピロンと音が聞こえた。ワンハンドレッドは、なにかカタカタやり始めると、ディスプレイの光を丸眼鏡に青白く反射させ、ニヤっと笑った。


「婆さんも動いた」

「は? あのババアめ……。だいたい、あのババア今どこに居やがるんだ?」

「近くに居るよ。柏に戻って来てる」

「柏? なにしてやがる? 」


 豚眼鏡の高速タイピングが唸りを上げる。小気味よくキーボードをカタカタ言わせ、仕上げにエンターキーを右手中指で弾く。そのまま、サイズの合っていない丸眼鏡をクイっとキメた。


「メソポタミアム……」

「……嘘だろ? 」

「メソポタミアムだ! 婆さん台風を発生させる気だぜ!! イカれてやがる!!!」


 ワンハンドレッドが奇声を上げると一瞬、雷門の提灯が何度か点滅したような気がした。豚はもう一度、興奮した様子で黄ばんだキーボードをカタカタやり始める。


「うるさいにゃあ」


 豚と俺はビクッとして声のした方を振り返った。














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