第5話 庭園育成ゲーム・秘密の花園

5時間目の数学の授業が終了した。

次の6時間目は部活という名の教養科目だ。

自分の席に座ったまま、5分の休憩時間が終わるのを待つ。

あと30秒…10秒…5秒…3・2・1―

パッと映像は教室から茶道室に変わった。

畳の上に正座する。

現実の私は自宅の自室の椅子に座ったままなんだけど。

でもまあ、足がしびれなくて良い。

先生役のNPCがお茶を点てるのを、畳の上で待つ。

我が家に畳はないけれど、畳は時代を先取りしていたアイテムだと思う。

昔の床は、『フローリング』という名の硬い木製の物だったそうな。

現代の床は、固めのゴム。

人が歩きやすいように固さを持っているけど、ゴムの柔軟性も持っていて、転んでもめったに怪我しない。

固いけど柔らかいところが畳も似ていると思う。

大体、木でできた硬いだけの床なんて危ないじゃない。

NPCが点ててくれたお抹茶をクピリクピリと飲む―ふりをする。

抹茶の味がふんわり口の広がる―気がする。

VRマシンに内蔵された匂いを出すパーツから抹茶の香りが出されているだけ。

嗅覚に引っ張られて味覚がする気になっているだけ。

そう理解していても、味を感じる。

最後の一口を飲み干し、汚れるはずもない茶碗の飲み口を指で拭い、指を懐紙で拭いた。


本日の学校カリキュラムが終了し、私はVRマシンを頭に着けたまま、目を覆っていたゴーグル部分だけ一旦額に上げた。

ケータイの歩数計で今週の歩数をチェック。

一定歩数歩かないと運動不足を注意する通知が来る。

…今日は歩かなければ。

椅子から立ち上がり、ウォーキングシューズとウォーキングマットを棚から出す。

このシューズの底には球形のローラーが付いていて、人間が前に歩いてもローラーが後ろに回転することで、前に進まずに定位置で足踏みするだけにしてくれる。

さらに、VR世界で右に左にいくらウロウロしても、現実世界でローラーが左に右にクルクル回って調整してくれて、ひたすら定位置で足踏みさせてくれる。

万一、他の方向に行ってしまっても、セットのマットの外に足が出たら警告音が出る。

この仕組みのおかげで、VR世界で自由に楽しく散策しながら、自室でしっかり歩いて運動できるという訳だ。

私はシューズをはいて、VRマシンのゴーグルを額から目に下ろした。

そして、最近ハマっているゲームを起動した。


目の前には色とりどりの花が咲いている。

ここはVRゲーム『秘密の花園』。

自分だけの花園、花畑を作れる園芸ゲーム。

育てられる花の種類は約1000種類。

育てた花はマイ図鑑に登録され、詳細データを読めるようになる。

花壇やプランター、ガーデンチェアや東屋など、多様なお庭アイテムも用意されている。

そして、地球モードという空と土のカラーチェンジも可能。

遊びながら自然科学の学習もできるゲームだ。

上を見ると薄い水色の空。

下を見ると薄い茶色の地面。

桃紫の空と銀灰色の地面で育った身にはなんとも違和感のある別世界だ。

でもこの世界こそが、私達人類発祥の地、地球の風景なんだそうだ。

中から上を見たら空が青くて、外から眺めても青い、とにかく青い星。

外から眺めて青いのは、『海』という広大な水たまりなんだそうだ。

しかもその海が地球の面積の7割を占めているという。

広すぎない?

せめてその水がガブガブ飲める真水ならともかく、あの水は塩辛くて、ろ過しないと飲料水にはできないそうだ。

もちろん、植物の水やりにだって使えない。

そうだ、歩くだけじゃなくて、水やりもしなきゃ。

土の道を歩くと、左右にはレンガ造りの花壇が並んでいる。

花に触れてステータスを見ると、水分が減っていた。

手元にメニューウィンドウを出し、水やりを選択すると、ジョウロが空中に現れた。

そのジョウロを手にして花壇に水をやる。

植物育成ゲームには、水やりを選択するだけで自動的に植物に水分補給できるゲームもあるが、私はなるべく自分でやりたい派だ。

その方がなんだか趣きがあって楽しいし、そもそも、自動的に進めては運動にならない。

屋外での気軽な運動は、町の中を散歩するのがせいぜいだ。

だったらこの花園で綺麗な花を眺めながら散歩した方が良い。

この星の面積の約半分は食料生産のために使用されている。

運動の為だけのスペースの余裕はあまりないのだ。

一応体育館と運動場はあるけど、わざわざ行くのも面倒くさい。

いつも混んでるし。

『フリージア』という花に水をやり終えて、次は隣の『チューリップ』という花の花壇に水をやる。

まあ、『フリージア』も『チューリップ』も、本物を見たことは無いけど。

植物が育つスペースがあるならば、食べ物を最優先して育てなければならない。

花を育てるスペースの余裕は現実世界には無いのだ。

花が咲く野菜や果物もあるらしいけど、そんな作物があの広大な農耕エリアのどこに植えられているかまでは知らない。

水をやりながら『ルピナス』という花の花畑をトコトコ歩く。

このルピナスの花だって、地球の日本国の『春』という季節にはそこいらに咲いていたらしい。

…いや、でも、いつか本物の花をたくさん見て、触れる日だって来るかもしれない。

だって、人類のこの星における農耕技術の発展はすさまじい。

私が生まれる前は人口のスポンジみたいな素材で食料を栽培していたらしい。

この星の土では農作物が育ちにくかったので、わざわざそんなことをしていたそうだ。

でも現在は苗や種を品種改良して、この星の銀灰色の地面でスクスク栄養満点の作物が育てられるようになっている。

花だって、私が大人になるころには珍しいものではなくなっているかも。

そんな未来が来るその日までは、この私の小さな花園の中で花を愛でていよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マイリトルワールド ハツカ @1020xxx

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ