第3話 ビーチレジャーゲーム・Heaven Blue

メニューの中から焼きそばを選択。

生産個数は200を選択。

はい、完成。

パッと空中に焼きそばが1皿出現した。

皿の淵には200の数字。

その皿を、NPCが座っている席の机に置く。

これで、時間の経過と共に、自動的に皿の淵の数字が減っていく。

ほったらかしにしても、NPCの客が、私の海の家で何時間でもずっと焼きそばを食べ続けてくれる。

テーブルの隅に置かれた当店のメニュー表を開く。

かき氷、アイス、ラーメン、たこ焼き…約50種類のメニュー。

各々1000皿生産し、NPCに食べてもらえれば、そのレシピをマスターしたことになる。

さっき作った焼きそばが残り最後のメニューだった。

これで、私の海の家のメニューは―いえ、このゲーム『Heaven Blue』は完ぺきにコンプリートした。

私は海の家から砂浜に出た。

屋根の下から空の下に出ると、太陽の光が眩しい。

と言っても、VR世界の空と太陽だけど。

そのままサクサク砂浜を突っきって、海に踏み込む。

―ザザーン……ザザーン……ザザーン……

海から寄せてきた波が私の足をさらって、また海に返っていく。

このゲームは海辺のレジャーに特化したゲームだ。

私はすでに水泳の全ての泳ぎ方をマスターした。

ビーチボールだって、最強のキャラに勝利した。

サーフィンだって最高難易度の波を乗り切った。

フィッシングだって全種類の魚を釣った。

そして先ほどついに海の家のメニューもコンプリート。

私は数歩下がって、波が来ない場所にペタリと座り込んだ。

そして、砂のお城を作り始める。

砂遊びスキルは一番初めにスキルマスターしたっけ。

懐かしい。

でも。

このゲームを完全クリアしたけど。

私はまだ本物の海を見たことは無い。

目の前に広がる仮想の海を見ると、太陽の光を反射して、目がチカチカする。

砂浜はずっと向こうの岩場まで広がっている。

私がビーチボールの賞金や海の家の売り上げをつぎ込んで拡張した広さだ。

これ以上は広くならない。

海を見てみたいという望みを解消したくてこのゲームに打ち込んだ。

そして、コンプリートした。

でも、私の望みはまだ心の中で、静かに穏やかに広く深く波打っている。

本物の砂浜で風に吹かれてみたかった。

きっと海辺の風は一味違う気がする。

海水をちょっとだけなめてみたかった。

汚いらしいけど。

このゲームはよくできているけど、現実世界じゃなきゃ感じられないものはあるはずだ。

仮想世界じゃなきゃ見れない景色があるように。

本物の海を見てみたかったな。

もう一生叶わない願いだ。

私は海の家を見た。

屋根の下の薄暗がりの下で、NPCがたった1人でモクモクと焼きそばを食べている。

手元にVRマシンのメニューウィンドウを出して、時間を確認した。

そろそろ時間だ。

私は海の家にもどって、NPCの傍に近付いた。

NPCは私に見向きもしない。

当然だ。

このNPCは食事する以外のプログラムは設定されていないんだから。

皿の淵の数字はまだ減っていなくて200のまま。

この数字がゼロになるまで何時間、何日が必要だろう。

計算しようとして、止めておいた。

どうせ今から現実世界に戻って、眠りについて、次に目覚めたころにはゼロになっている。

さあそろそろ戻らなくちゃ。

大きな船の中のベットに横たわって、VRマシンを装着している私に。

最後に私の海と砂浜を目に焼き付ける。

砂浜の広がりは岩場までだけど、海は水平線まで遠く遠く広がっている。

こんな景色、この水の惑星・地球以外には実在しないだろう。

出ていかなきゃならなくなる前に一目見とけばよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る