第2話 お化け屋敷クリエイトゲーム・恐怖の館

―キシ…キシ…

古びてはいるけど清潔な廊下を歩くと、木がきしむ音がした。

格子窓から日の光が差し込んで、天井から下がっているボール型の電灯がつやつやと光を反射している。

―クスクスクスクス

木製の重たそうな机と椅子が並ぶ無人の教室から、少女の笑い声が聞こえる。

―パタパタパタ…

後ろから誰かが走る足音が近づいてきて、人影は無く足音だけが私を追い越していった。

廊下には私以外誰もいない。

いや、廊下だけじゃない。

今この学校には私以外誰もいない。

だって、まだ公開していないから。

さきほどやっとこの学校のカスタマイズとセッティングを終え、現在はその出来ばえのチェック中なのだ。

VRゲーム『恐怖の館』。

その名前の通り、お化け屋敷のゲームだ。

もっと厳密に言うと、バーチャル世界で自分だけのお化け屋敷を作り、そのお化け屋敷を他のユーザーにも遊んでもらえるゲーム。

しかもその際、ゲームコインとはいえ、いささかの入場料までもらえる。

そしてその稼いだゲームコインは、他のゲームで使っても良し、お化け屋敷の設備を充実させるのに使っても良し、という寸法だ。

―ポロンポロン…ポロロン…

音楽室からゆったりとしたピアノの音色がする。

選択できる曲の中で最も優しい曲を選んだ。

よし、霊現象の設定はバッチリだ。

いや、これでは霊現象と言うより、心地よいBGMと言った方がしっくりくる。


このゲームでどんなお化け屋敷を作るかはプレーヤーそれぞれだ。

ゾンビに襲われるお化け屋敷ばかり作っている人。

病院が舞台のお化け屋敷ばかりいくつも持っている人。

丸ごと1つの遊園地をホラーテイストにして、ひたすら広さを拡張している人。

変わり種では、イケメンのゴーストやモンスターばかりが出現するゴシックなお城を作っている人もいる。

かくいう私は―穏やかな廃校。

レトロで美しい廃校のお化け屋敷をすでに3つ公開しており、現在チェック中のこの学校が4校目の作品だ。

お化け屋敷と言っても、誰もいないはずの場所からちょっと物音がする程度で、このゲームの中での恐怖度は最底辺。

それでも、まあまあの人数のファンはいてくれる。

私の学校に来るのは、『廃墟が好き』、『レトロな建物が好き』、『お化け屋敷に興味はあるけどあんまり怖いのは嫌』、というユーザーだ。

そういうユーザー層のおかげで一定の入場者数をキープしている。

そして一定の入場者がいるということは、ゲームコインの収入も一定して入ってくるということ。

頭の中でそろばんをはじく。

…新しい学校の公開もあるし、この調子なら今月中にはあの秘密の学校を増築できそうだ。

そう、私が他のユーザーに公開するお化け屋敷はこの学校で4校目。

でも、もう1校。

私は誰にも公開していない私だけの秘密の学校を1つ所持しているのだ。

4つ目の廃校のチェックを終えた。

手元にメニューウィンドウを出し、管理者ページで、この廃校も他ユーザーに公開する。

そのままメニューウィンドウを操作し、私は秘密の学校に移動した。


真っ暗な視界の中、数秒待つと、目の前には普通の学校の廊下が伸びていた。

先ほどまで歩いていた、大きな芸術品と言っても良い美しい廃校とは大違い。

本当に普通の学校だ。

それもそのはず。

私の秘密の学校は、現実で私が通っていた学校を模倣しているのだ。

それでも、この私だけの秘密の学校は、現実の学校よりはマシだ。

静かで安全。

悪口も聞こえないし、暴力を振るわれることも無い。

お化け屋敷クリエイトゲームの学校より、現実の学校の方がよほど怖くて、私は通い続けることができなかった。

リノリウムの廊下を歩く。

ガラス窓から日の光が差し込んでいるけど、なんだか寒い気がする。

あの廃校もこの学校も、感じる気温は変わらないはずなのに。

『〇年〇組』とプレートが付いた教室の前まで来た。

教室を覗くと、床には数十体の死体が所狭しと転がっている。

そして、黒板の前には4体の少女の死体が天井からぶら下がっていた。

この死体達も、1体1体、現実のクラスメイト達を模倣している。

特に黒板前の4体はかなり精巧に作り上げた。

本人達そっくりの力作だ。

人に知られたら、軽蔑されるだろう。

『悪趣味』『執念深い』と罵倒されるだろう。

でも、私には必要なのだ。

だって、この教室を作り上げるにつれて、されたことを思い出すことが少なくなっていったのだ。

フラッシュバックの回数がガクリと減ったのだ。

『復讐は何も生まない』なんて嘘。

もう傷付けられることは無いと思うことができたなら、安心できる。

現実に何かしたならともかく、バーチャル世界ならいいじゃない。

この架空の世界の学校くらいは、穏やかで、美しくて、静かで、安全な物でいいじゃない。

この私だけの小さな世界の中だけのことなんだから、いいじゃない。


もっとゲームコインが貯まったら、思い切って西校舎を増築しよう。

西校舎は特別教室が多かったから、完全に模倣するのは長い道のりになるだろうけど、それだけやりがいがある。

楽しみ。

そしていつかあの学校と完全に同じものを自分の手で完成させることができたなら、また学校に行けるかも―と思っていた。


この私だけの秘密の学校には、私以外誰もいない。

そして、現実の学校も、もうすぐこんな静かな無人の建物になる。

私が通っていた学校だけではなく、日本中の学校がそうなる。

今、世の中を賑わせているあの事件で。

私はもう学校に通うことは無いだろう。

でも別に良い。

私には、穏やかで、美しくて、静かで、安全な学校があるんだから。

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