都右京大学物語~オンライン授業にご用心!~

スヴィドリガイロフ

オンライン授業にご用心!

***

『ええーこれがかくがくしかじかで…』

「うにゃああああああ!」

『これがこうなってああなって…』

「うひょ!うひょうひょ!」

『あれはこうなのでああではなくて…』

「ズズズズズ」

『この人はだいたいこんな感じのこと言ってて…』

「シコシコ」

『はい。皆さんついてこれていますでしょうか』

「ついていけるわけねえだろ!バーカ!」


いや、オンライン授業楽しすぎか?

俺は都右京大学邦楽部3年、水土雨橋(すいどうばし)。感染症対策のため、俺の大学でもオンライン授業が導入されたが、これを最大限に楽しんでいる。ここでは何をしても許されるのだ。授業中教官に罵詈雑言を投げかけても、排泄しても、ラーメンをすすっても、シコっても、誰にも知られることはないのだ。対面授業だったら俺は狂人になるが、ここではまともな人間なんだ。

***

よし、今日は授業を聞きつつAVを流してこの間取り寄せたオナホを試そう。

『ええーこれがかくがくしかじかでー』

「ヤン❤︎ヤン❤︎」「シコシコ」

『これがこうなってああなって…』

「ヤン❤︎ヤン❤︎」「シコシコ」

『…』

「ヤン❤︎ヤン❤︎」「シコシコ」

なんだ、教官が急に黙り込んだな。まあ気にせずシコろう。

部屋にはAV女優の喘ぎ声と、俺のシコる音だけが響いている。

しばらくするとラインの通知がピコン、と鳴った。安芸羽薔薇男(あきはばらお)、という奴からだ。邦楽部ライングループで名前は見たことがあるが、喋ったことはないし、顔すら思い出せない。

『どうも、邦楽部の安芸羽です(*'▽')勝手に友達追加してすみませんm(__)m』

『多分だけど、水土君、マイクがミュートになってないですよ( ゜Д゜)』

『その…エッチな音声、聞こえちゃってます(+o+)』

え?

***

それから俺と薔薇男は、ライン友達になった。

『水土くんに勧められた熟女もの、見ました!意外とハードで楽しめました(^^)v一日中シコっちゃいました(≧▽≦)』

『草 絶倫かよ』

『かもです(^^♪』

薔薇男は、今時語尾に顔文字を使う、束縛フェチのヤバい奴だった。

***

17時くらいに起きたら、薔薇男からラインが来ていた。『暇だし電話しません?( *´艸`)』

『電話?いいけど』相変わらずキモい顔文字だな、と思った。

『やったー(*^^*)』秒で返信が来た。暇かよ。まあそりゃそうか。

「暇だから他人と電話する」、という習慣があまりなかった俺だったが、最近はTwitterのオタクでもオンライン飲み会とかやってるしそんなのかもしれないな、と思った。

3分くらい経って、電話がかかってきた。

「もしもし…」

「ブフォ!かすれすぎンゴ大草原」めちゃめちゃキモい喋り方だな。

「仕方ねえだろ、寝起きなんだよ…」

「ブフォ!一人暮らし乙!そうだ、アダルトビデオ、画面共有して一緒に見ません?」突然普通の口調になって面食らった。

「お前、AVのことわざわざアダルトビデオ、っていうのかよ…」

「?口頭で言うとき普通略称使わなくないですか?水土君はプーシキンのこと、A.C.プーシキンと書いてあってもアー・エス・プーシキンとは読まないで、アレクサンドル・セルゲエビチ・プーシキン、と読みますよね?」

「何言ってんのか全然わかんねえ…まあ、見ようぜ、一緒に。」

「やった!ちょっと待ってくださいね~初めての画面共有なので緊張するでござる!」

ラインの文面通り、薔薇男がキモいオタクであることに安堵しつつ、向こうのガサゴソという音を聞きながら、真っ黒な画面を眺めていた。

すると突然黒い画面に、画像が映った。それは、AVの画面ではなく、男の顔だった。

「あ、すいません、間違えてビデオオンにしちゃいました!」

男の口の動きと、薔薇男の音声は、数秒のラグをはさみながらも概ね連動していた。男は非常に美しい顔で、髪の毛は茶色に染め挙げられていた。背景の部屋は、壁にスポーツ選手のポスターが貼ってあり、本棚に本が整然と並べられていた。俺はあっけにとられてしまった。

「すみませんね、あれ、カメラオフの仕方がわからないな…あれ?どうしました、水土君?」

「…お前、なんなんだよ」

「え?…あ、できた!画面共有!」

画面は、茶髪のウェイの写真から、全身の穴という穴をガムテープで固定された女の写真に切り替わった。

「…よし、再生…っと。あれ、どうしました?水土君?」

「お前、馬鹿にすんなよ。」

「え…?」

「俺はお前を…同類だと思ってたのに…」

俺はそのまま通話を切った。家から飛び出したいくらいだったが、ステイホームと言われている。

仕方ないので、洗面所の鏡で、自分の顔を見た。一重。団子鼻。にきび。デブ。若白髪。そして薔薇男の顔を思い出した。二重。高い鼻。陶器のような肌。茶髪。全てが憎かった。

***

それからひっきりなしに電話は鳴った。10回目くらいにやっと出た。

「…もしもし」

「水土君!嬉しいンゴ、出てくれて…」低くて魅惑的な声だった。

「なんなんだよ。俺のことなんでどうでもいいだろ…」ああ、俺の声。微妙にキモい高さで嫌になる。

「どうして?拙者はただ君とアダルトビデオが見たいンゴで…」

「なんなんだよその喋り方!本当のキモオタはそんな喋り方しねえんだよ!」

「え…」

しばらく沈黙が流れた。そして薔薇男は、意を決したように言った。

「水土君。ビデオ通話しませんか?」

「いやだよ!だいたいビデオ通話なんて、お前みたいなイケメンには楽しいかも知れないけど俺みたいなキモいブスにとっては地獄でしかな」

「水土君。好きです。」

「は?」

は?

「本当は君の目を見てちゃんと言いたかったけど…仕方ないね。僕はずっと君だけを見ていたんだ。」

「は?」

スマホが手から滑り落ちた。液晶が割れた。しかし音声は流れ続ける。

「大教室で、君を見かけるたび、胸のときめきが抑えられなくて、君に会うためだけに講義に出ていたんだ。でも…授業がオンラインになってしまって…君に会えない日々が、苦しすぎて…それで…」

こいつ、正気か?

「それで君が、講義中アダルトビデオの音声を流した時、やった、と思った…僕もちょうど、在宅中暇で、アダルトビデオが気になっていたから…。本当は君と、ライン上でお話出来るだけで良かったんだ…でも…つい…君と同じアダルトビデオを見て、一緒にシコれたらって…そんな邪な気持ちになって…そのために君の好きそうな言葉も覚えて…その…その…君を傷付けるつもりはなかったんだよ…」

なんなんだこれは。

沈黙が流れた。薔薇男はずっと泣きじゃくっている。俺はなかなか言葉が見つからなかった。

「あのさあ…なんというか、その…」言葉に詰まりながら、俺は言った。

「シコろう」

***

AV女優、そして互いの嬌声を聴きながら、俺たちはシコりにシコった。シコった後は、心地よい疲労感に包まれた。

「俺童貞だから難しいことはよくわからんけどよぉ…事後ってこういう感覚なんじゃねえか?」薔薇男はそう言って笑った。

え、お前童貞なの…?そんなにイケメンなのに…?てかその構文何…?そんなくだらないことを考えながらも、俺はイってしまいそうだった。

***

「この自粛期間が終わったら、すぐにでも君を抱きしめたいくらいだよ」

薔薇男は電話でそう言った。俺は笑った。

薔薇男のことを俺はどう思っているのか、自分でもよくわからない。そもそも生身でしゃべったことすらないのだから。

でも考えれば、俺は今まで当たり前のように、生身で会ったことのないAV女優、ましてや二次元のキャラクターでシコってきた。

そして今、このスマートホンという無機物を媒体に、母親の胎内以来の「人のぬくもり」を、確かに感じている。

とりあえず、この自粛期間が少しでも早く終わるように、そして健康な状態で薔薇男に会えるように、ステイホームを徹底しよう。そう思った。

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