第25話 そういうことだ、わかったか

 地下から湧き上がる魔力が脈打ち、森に広がる。森に広がった魔力はゴーレムたちの動力となる。そして、血液のように森を巡ったのち、再び『樫の宮殿』へ戻ってくる。いわば、樫の宮殿とその地下にあるティーゼローファは森を駆け巡る魔力の心臓部だ。


 その制御を行っているのが『王の指輪』とカルダモン自身だ。今や、カルダモンは森そのものを自分の体のように感じることができる。


 パステシュに放ったゴーレムたちは、多少の苦戦を強いられている。炎で焼かれ、再生を封じられている。


(だが、押し返すのは時間の問題だ)

 セージらと相対しながら、カルダモンは同時に感じていた。


(ティーゼローファの魔力は高まる一方だ。ウッドゴーレムの数が三倍になれば、街ごと覆い尽くすことができる)


 そして、森が広がったぶん、王であるカルダモンにはさらなる魔力が集まる。王の指輪がある限り、カルダモンは森で、森がカルダモンだ。


(私を倒せるものなどいない。かつてのセージェリオンさえ超えている)

 全身に満ちる力を、カルダモンは楽しんでいた。


 🌳


 グリエの胸の前で炎が渦巻き、みるみる膨らんでいく。それは火球と化して、グリエの怒りを表すように膨れ上がっていく。グリエのこぶし大だった炎はすぐに頭より大きくなり、やがて上半身を隠すほどに。


「やめろグリエ、まともにやってかなう相手じゃない!」


「かまうもんか!」

 グリエの胸にうかんだ火球が張り裂け、爆炎となって玉座の間に広がった。床の隙間から伸びる雑草を焼け焦げさせながら、玉座に座るカルダモンに炎が迫る。


「くだらん」

 カルダモンは指輪を着けた手を軽く掲げる。銀色の指輪から緑の光が溢れた。その光は壁のように炎を遮る。カルダモンの前で炎はぱっと霧散した。


 強火のグリエの炎は、ただ壁を焦がし、玉座の気温をわずかに上げただけに終わった。


「もう一回……!」

 グリエが両手を突きだす。掌の間に熱が高まり、先ほどよりも凝縮された炎がともる。


「やみくもに燃やしてもやつには通じない。まずはやつを玉座から離すんだ」

「セージは黙ってて!」


 火線がほとばしる。ロウソクに火をともすために身につけた、炎を凝縮する術だ。先ほどのように放射状に燃え広がるのではなく、まっすぐに、集中させた熱がカルダモンに迫る。


「何度やっても同じだ」

 再び、カルダモンが手を振った。それだけの動作で、魔力はグリエの炎を歪曲させ、天井を引っ掻くように焦がす。天井にいくつかの焦げ目がついただけで、やはりカルダモンは無傷だ。それどころか、手首以外を動かしてすらいない。


「どうした、私は立ってすらいないぞ」

 余裕の笑みを浮かべてみせるエルフを見返して、グリエはきゅっと唇をかんだ。


「何回だって……」

「グリエ、よく聞け」

 グリエの髪を引っ張って、セージがその耳元にささやいた。


「俺が隙を作る。その間に何とかしてやつを玉座から引きはがせ」

「ダメだよセージ、危ない!」

 グリエの制止を聞かず、妖精はグリエの肩を蹴って浮かび上がった。


「カルダモン、お前がそんなに王になりたがってたとは思わなかったぜ」

「貴様さえいなければ私が王になっていた」

 言い捨てるようなカルダモンに対し、セージは小さな体で屹然と向かい合った。


「お前を見ていてわかった。俺はただ俺自身の王であればいい」

「何を言っている?」

 セージの言葉に、妙な引っ掛かりを覚えたカルダモンは、整った眉をぴくりと羽させた。


「そんなにほしいならお前にくれてやる。玉座も、宮殿も、指輪もな」

 玉座に座るエルフの王に対して、フェアリーはにやりと笑った。

「だが、他の種族まで永遠に支配することはできないぞ」


「知ったような口を!」

 怒りをあらわに、カルダモンが叫ぶ。

「これはすべて貴様がやっていたことだろう!」


「だからこそ学んだ教訓だ。お前自身が、俺を止めたんだろう。王としてふるまっても、王を否定するものは必ず現れる。支配できない相手がいるんだ。必ずだ」


「そこのしっぽ族がそうだと思ったのか?」

 カルダモンは鼻を鳴らして、視線をセージの横へ滑らせる。そっと死角に回り込もうとしているグリエが、鉤尻尾をぴくりと震わせた。


「私に歯向かったのはただ単に愚かだからだ。こんなやつを抑え込むことは簡単だ」

「何を!」

 グリエが何かを言い返そうとした直後、カルダモンが拳を握った。魔力の塊がグリエの体を覆い、締め付けるように身動きを封じる。


「うわっ、く……動けない……!」

 手足を動かすこともできない。だが、それでもグリエの目は戦意を失っていない。


「セージェリオン、これだけの戦力でなぜ抗う? おとなしく私に従えば、命は助けてやるぞ」

「わからないか? ……ふっ、言ってやれ、グリエ!」


 びしっ! と指を突きだして、堂々と叫ぶ……が。

「何を?」

 当のグリエはきょとんとまばたきしていた。


「お前なあ、俺が言わせたいことくらいわかっとけよ」

「そんなの、わかるわけないじゃない。あたしは奴隷じゃない」


「そういうことだ、わかったか!」

 ……と、再びカルダモンに向けて指を突き出す。


「貴様らの茶番にはもう飽き飽きだ」

 カルダモンが指を軽々とはじいた。ごく小さな動きが魔力の奔流を巻き起こし、グリエの体が吹き飛ばされる。


「……ぐうっ!?」

 グリエの全身が壁に叩きつけられた。強く頭を打つことだけは防いだが、激痛が全身を襲う。


「あ……く……くう……!」

 ずるりと床に崩れ落ちたしっぽ族は、なんとか片手を突き出す。だが、痛みで意識が途切れかけている。グリエにできたのは、ただ、

「……ふっ」

 と、息をつくことだけだった。


「逆らうな。力を抜いて楽になれ」

 カルダモンが指を広げてみせる。魔力の力場でグリエの頭が後ろに押され、ぐ、っと壁に押さえつけられた。


「う……ぅ……」

 うなり声は小さくなる。もがくように身をよじろうとするが、意識を保つのももう限界だ。やがて突き出した腕もくったりと下に垂れた。


「グリエ!」

 その時、新たな人影が玉座の間に飛び込んできた。青い髪、ふさふさのしっぽ。マリネだ。


「マリネ、こっちだ!」

 セージが必死に羽ばたいて、新しく現れたしっぽ族のほうへ向かう。


「違うだろう、セージェリオン。お前のほうが弱いんだから、『助けてくれ』と言わないと」

 いまだに、カルダモンは玉座に深く腰掛けたままだ。楽しむようにセージの背へ指を突きつける。


「《ゲイル》」

 その指先から、ごう、と音を立てて風が巻き起こる。ひ弱なフェアリーを、ゆうに吹き飛ばすことができるつむじ風だ。


「《ソリディファイ》!」

 その風がセージを飲み込むより一瞬早く、マリネが魔法を唱えた。空気を凍りつかせて、巻き起こる風を押しとどめる。


「セージさん、こっちに!」

 マリネが手を伸ばし、セージを引き寄せる。妖精の小さな体が、マリネの胸へと抱き留められた。


「情けないな。貴様ほどもあろうものが、無策に私に立ち向かうとは。しかも、配下はしっぽ族が二人だけ」

 カルダモンが巻き起こす風は、さらに強まっていく。マリネはさらに氷の壁を分厚くする。氷が視界を遮るほどだ。


「あれを出せ、早くしろ!」

 セージが小声でささやく……その声すら、カルダモンには聞こえていた。その気になれば、森の中でささやかれるあらゆる言葉を聞き分けることができる。なにせ、森そのものと一体なのだから。


「……いや、三人か。宮殿の裏にも一人いるだろう。相変わらず、手下を使い捨てにするのだな、貴様は」

 カルダモンがにやりと笑った。


「ラビオリさんに何をする気ですか!」

「抵抗する力が戻る前に、一思いに殺してやる」

 強烈な風圧が氷の壁を押し倒していく。ぐらりとかしぐ壁の裏から、あわててマリネが飛び出した。その胸には、変わらずセージが抱えられている。


「合図をしたら俺を投げろ」

 再び、小声でセージがささやくのがわかった。


(その体で何ができる?)

 カルダモンは嘲笑っていた。無敵の王である自分を、非力なフェアリーが倒せるわけがない。腕力も魔力も、比較するのもばからしいほどの差がある。


「エルフの王カルダモン、お前の負けだ」

 しっぽ族に守られてなんとか立ち向かってきているはずなのに、焦りがない。確信に満ちた口調だ。


「何をたくらんでいる、セージェリオン!」

「たくらみはもう終わってる。後ろを見てみろ、カルダモン!」

 カルダモンはとっさに振り返ろうとした。だが、玉座の背もたれのせいで、振り返っただけでは後ろを見ることはできない。玉座から立ち上がり、背後を見る……


「馬鹿な……」

 エルフは目を見開いた。


 赤い炎が燃え盛っていた。

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