第二章 王の指輪

第7話 指輪を求めて

 小ぢんまりした平屋が彼女の店で、家でもあった。


 青い髪は背中まで届いて、くるりとカールしている。

 ふさふさのやわらかい毛に包まれた、犬の尻尾。

 人呼んで、『冷たいマリネ』。道具屋で、凝固術師でもある。


 学院を卒業して一年足らずで、小さいとはいえ自分の店を持つことができたのも、彼女自身の才能と、そして並々ならぬ好奇心の賜物だ。

 今日も、彼女は大好きな魔道具に囲まれて過ごしていた……そして昨日とまったく同じように、その時間は打ち破られた。


「マリネ!」

 勢いよく扉を開けて、赤い髪のしっぽ族が駆け込んできた。マリネは、彼女がそっとドアを開けたところを見たことがない。


「グリエ、あれからどうなったの?」

「指輪を返してくれ」

 マリネの問いかけを無視して、グリエの頭上から飛び出したセージが聞く。


「フェアリーさん」

「セージだ、とりあえず」

「セージさん。話すのは初めてですね。ボクはマリネです」

「ああ、はじめまして。それで、本題なんだが……」

「聞いてよマリネ。すごいんだよ」

 うずうずした様子のグリエが、今度はセージの言葉を遮った。親友の顔を見て、話しをしたい気持ちが抑えきれなかったのである。


「はいはい、どうしたの?」

「セージってば、実はエルフの王様だったんだって。それが、封印されてフェアリーの姿になっちゃったの。昔の力はほとんどなくなっちゃってるけど、幻影術はちょっと使えるみたい」


「……」

 グリエの話をやめさせて、さっさと自分がイニシアチブを握りたい。だが、セージは短い時間で理解し始めていた。しっぽ族は話し好きなのだ。特に親しい相手とはよくしゃべる。それを遮ろうとしたら、また文句をつけてくるだろう。そうなったら、かえって時間を食う。


(まずは、好きに喋らせてやるか)


「それじゃあ、フェアリーもボクたちと同じで一種類だけ魔法が使えるのかな?」

「俺はすべての魔法を使えた」

「昔の話でしょ。いまは、髪の色を変える魔法しか使えないんじゃない?」

「そんなことはない。魔力が戻れば他の魔法も使えるようになるはずだ」

「じゃあ、どうして今は幻影術だけを使えるんでしょう?」

 と、これはマリネ。不思議そうに首をかしげている。


「親和性だな」

「親和性?」

「むかし習ったでしょ」

 大きく首を傾げるグリエに、あきれたようにマリネの尻尾が下を向いた。


「ひとりひとり顔や声が違うのと同じで、生まれ持った魔力の質にも差があるの。魔法にもいろんな系統があるけど、ほとんどの魔法使いはその系統のどれかに親和性を持ってる。グリエの場合は発火術、ボクの場合は凝固術」

「そうだった。覚えてる覚えてる」

「ほんとかよ」


「エルフにも魔法との親和性があるの?」

「ああ。どんなエルフでも、得意な魔法はある。最初に一つの系統を身につけてから、その応用で他の魔法を学ぶのが普通だ」

「セージの場合は、その『最初の魔法』が幻影術だったの?」

「そうだ。俺は天才だったから、五十年で他の魔法もすべて身につけた」

「それってすごい! そんなことが可能なんですか?」

 感動のあまり身を乗り出すマリネ。今度は、尻尾がぴんと上を向いていた。


「空前絶後の魔法使いならな」

 セージは身長とほとんど同じ長さの髪をたなびかせ、余裕綽々の笑みを浮かべてみせた。


「でも、しっぽ族はエルフと違って、複数の魔法を使えるようになることがほとんどいないんだよね」

「しっぽ族の性質だな。ガンコで、自分の技に対するこだわりが強い」

 二人の間をちらちらと飛び回りながら、セージが解説を加える。


「あたしは、こだわってるつもりはないけどなあ」

「ううん、グリエはすっごくこだわってるよ」

「嘘だあ」

「ほんと、ほんと」

 怪訝な顔をするグリエに、すっかり彼女の対応をするのに慣れた、というような表情のマリネ。


(そろそろだな)

 話がひと段落した、と見計らって、セージは元の話題にもどっていく。学習しているのである。


「わけあって、俺を封印していた時に一緒にあったアイテムを探している。像と、指輪だ」

「そうだった。それがないと、セージを助けられないの」

 もくろみ通り、グリエは彼の言葉に同調する。

 見回してみても、部屋の中にそれらしきモノはない。しまわれているのか、それとも……


「あ、あー、それはね」

 マリネは答えにくそうに視線をさまよわせる。

「おい、もう無いっていうんじゃないだろうな?」

 ぐい、と詰め寄るセージ。十センチの距離まで詰められて、マリネは顔を守るように手を上げた。


「ゆ、指輪は調査がすぐに終わったから、店頭に並べておいたの。そしたらすぐに買い手がついて……」

「お・ま・え・も、王の指輪を売ったのか?」

「あの指輪は鍵みたいなものでしょう? でも、指輪だけだったら、魔力を多少強化するだけの機能。でも、エルフの作った魔道具に対して、かなり強い強制力を発揮できる」

「ちゃんと調べたらしいな」

 言葉では褒めつつも、セージはマリネの耳をつかんで引っ張っている。それほど痛くはないが、しゃべりにくそうだ。


「だ、だから、高額でおいておけば冒険者の誰かが買っていくと思ったんです。エルフの遺跡を探索する時に有利になるはずだから」

「確かに! そうだと知ってれば、売らずにあたしが使えばよかった」

「お前が何の考えもなしに金に換えるからこんなことになったんだぞ」

 じと、と睨みつけるセージ。だが身長二十センチの妖精では、迫力に限界がある。


「で、だれが買っていったんだ?」

「顧客の情報はお話できません」

 きりっと眉を吊り上げて、マリネが突っぱねた。

「そういう意識ばっかり向上させやがって……」

 猫の額より小さな額を押さえて、セージは飛び上がった。二人より高いところから話そうと思ったのだ。


(グリエとは違うな。商売をしてるが、学者肌だ。理詰めの方がいい)

 青い髪のしっぽ族を眺めて、セージはそう判断した。そして実行に移す。


「いいか、あの指輪は俺のものだ。だから、本来なら俺の所有物であるものをお前たちは勝手に売り買いしたことになる。これは強盗だ」

「あたしが見つけたんだもん」と、グリエ。

「お前ら冒険者が、今まで樫の宮殿からものを持ち出してきたことは大目に見てやる。だが、王の指輪は別だ。あれを扱っていいのは、エルフの王だけ。エルフのものじゃない。俺のものだ」


「じゃあ、ボクが指輪を売ったのは不当行為だと?」

「その通りだ。すぐに買い戻して、俺に返す義務がある」

 マリネが小さな妖精を見上げる。グリエと比べても小柄な彼女でも、その気になればセージを捕まえるぐらいは簡単だろう。


 だが、マリネはそうしなかった。セージの言葉を受け入れた。

「確かに、あなたの言うとおりです」


「なら、だれが買ったか教えろ」

「それはできません」

「なんだと?」

「ボクは間違ったことをしました。セージさん、本当にごめんなさい」

「お、おう。だったら……」

 マリネは正面から尻尾が見えるほど深く腰を曲げて頭を下げた。


 驚くほど素直な謝罪に、今度はセージが目をしばたたかせる。

「でも、指輪を買った人はそれがあなたのものだと知らなかったんです。だから、その人は悪くない。名前は教えられません」

 セージをまっすぐに見つめ返すマリネ。セージは腕を組んで、マリネの瞳を見返した。彼女の瞳はマリーゴールドの色をしていた。


「じゃあ、どうする? お前の責任は残ったままだ」

「ボクがその人に話をして、返してもらいます」

「返してくれなかったら?」

「ボクの責任だから、少し多めに払ってでも。それでもだめなら……考えます」

「信用できないな」

 自信満々、という様子ではない。おそらく、手ごわい相手なのだろう。だが、セージは確信がほしかった。


「大丈夫だよ、マリネはこう見えてとっても頭がいいんだから」

 しばらく黙っていたグリエが、何の根拠もなさそうなお墨付きを与えてくれた。


「こう見えてってどういう意味?」

「え、いや、あはは……」

「そもそも一番最初に責任を負ってるのはお前なんだぞ」

 セージの全身が怒りで震えている。グリエは立場が悪くなるとすぐにごまかすタイプだった。


「そ、それより、像は? 像も売ったの?」

「あれは、指輪よりも複雑な魔法がかかってるし、ボクひとりでは解析しきれないと思ったから人に預けたんだ」

「それじゃあ、マリネが交渉に行ってる間に、あたしたちはその人に会いに行こうよ。像も返してもらわなきゃ、だよね?」

 じ、っとグリエの上目使いがセージに向けられる。しばし考えて、セージはうなずいた。


「確かにそうだ。そっちは誰に渡したか、話しても問題ないだろ?」

 セージはとにかく行動し続けたかった。マリネの交渉が終わるまで待っているより、何かしていたかった。


 マリネはほっとしたように息をついて、窓の外を示す。パステシュの街には珍しい、小高い建物があった。

「学院です。ボクたちの先生に預けました」

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