第6話 ブルギニョン

「あらためて、冒険者ギルド長のブルギニョンだ」

 深々とソファに座り、老人が言う。


 セージは封印される前にもしっぽ族の外見にあまり関心を持っていなかったが、それでも彼がかなりの年かさなのはわかった。エルフだったころの記憶では、多くのしっぽ族は50年から60年ほどで寿命を迎えていた。


 ブルギニョンは、少なくとも70歳以上に見える。髪は薄く、顔には深いしわが刻まれている。だが、眼光は鋭い。

 油断のならない相手だ、と思えた。


「セージェリオンだ」

 迫力で負けないようにできるだけ声を低くしたが、それでもフェアリーの体から出る声は甲高かった。


「グリエです」

「知っているよ、強火のグリエ」

 つられて名乗ったグリエに、のんびりとした口調でブルギニョンが返す。


「そうだった」

 三人がけのソファで肩身が狭わそうに座っているグリエは、恥ずかしそうに頭を掻いた。


 ブルギニョンはほほえましげにその様子を眺めてから、彼女の膝の上に目を移した。変な意味ではない。念のため。

 グリエの膝の上にセージがいるからだ。一転、その目つきが真剣さを増す。


「最初にして最後のエルフ王を名乗るとは、どういうつもりかな?」

「つもりなんてない。正真正銘、俺がそのセージェリオン本人だ。魔法で封印されて、気づいたらこの姿になっていた」

「その名をあまり口にするのはまずい。この街は、かつて彼が築いた王国がある森のすぐ近くなのだ」


(やっぱり、俺のことを信じてないか)

 何せ姿が違うのだから、信じろという方に無理があるのだが。しっぽ族は物事を信じ込みやすいが、その分いちど信じたことにはになる傾向がある。


「俺はつい昨日目覚めたばかりだ。このバカのあやふやな説明でしか知らないが、俺は世界征服を夢見たことになっていたらしい」

「なによー」

 バカ呼ばわりされたグリエが、セージのはねを両手でつまんで抗議する。


「やめろ、翅をひっぱるな」

 妖精の翅は見た目よりもよほど強靭だが、本気で引っ張られたときにどうなるかは分かったものではない。何せ、セージにとってはこの体で過ごすのも初めてなのだ。


「すべての記録で、セージェリオンは悪しき王だったとされている。そして、エルフたちによって封印されたと」

「正確には、やったのは一人だ。カルダモンってやつだ」

「どんなエルフだったか、覚えているか?」


(ちっ、疑ってやがる)

 話をさせて、おかしなところがあれば見破るつもりなのだろう。若いしっぽ族のように、かんたんに信じ込ませるのは難しそうだ。


 セージは一度大きく息を吸い込んだ。はるか昔のことを思い出していた……自分にとってはついこの前のことだが。


「エルフは寿命が長いせいか、自分から行動を起こせるやつは少ない。でも、カルダモンは能動性を持っていた。自分で計画して、自分で実行することができた。あいつを取り立てて、側役そばやくに任命したのは、俺が命じた作戦に反発したからだ。俺は、巨人に手を出さずに砦の中にこもるように言った。だが、やつはうって出て、巨人と直接戦った。結果的には、やつが正しかった……巨人は仲間を呼ぶための狼煙のろしを上げようとしているところだった。俺が作戦を間違えることは珍しいが、俺に反発するエルフはもっと珍しかった。そのあとも、カルダモンは何度か俺に忠告をした。ほとんどの場合は俺が正しかったが、計画を見直す機会を与えてくれた」


 話している間、ブルギニョンはじっとセージを見つめていた。その一言一句を検証するように。

 ちなみに、グリエは退屈そうに自分の尻尾を指でくるくるとやっていた。


「もしかしたら、俺が居なきゃ、あいつが俺の代わりに王になっていたかもしれない。もっとも、俺の方が100年早く生まれていたし、あらゆる点で俺の方が優れていた」

「傲慢な方だ」

「ふさわしいだろ?」

 セージは鼻を鳴らして老人を見返した。ブルギニョンはじっとセージの表情を見つめていた。そして、妖精の言葉が嘘でも虚勢でもないと感じていた。


「しかし、最後にあなたは彼に敗北した」

「永遠に封印されていたなら、その通りだ。でも、今や俺の封印は解かれている。あとは王国を再興する手はずを整えるだけだ」

 ブルギニョンが話を信じ始めている、とセージは感じていた。わざと尊大に腕を広げて、ますます自分の話に食いつけていく。


「再び王になるつもりなのか?」

「今も俺は王だ。国のほうが一時的に消えているだけ」

 さらに、挑発を続ける。怒らせれば、考える余裕が失われるからだ。

(グリエみたいにな)

 そのグリエは話についていけなくなっているらしく、ななめ上の天井を眺めていた。尻尾がぺたぺたとソファを叩いていた。


「ここが森のすぐ近くなら、本来は俺の土地だ。そこに住ませてやってるんだから、俺が国を取り戻す手伝いをするべきだと思わないか?」

「あなたはすべての王国を滅ぼす戦いを起こした。ほとんどすべての種族から憎まれている」

「それは俺がやったことじゃない。封印された後に起きたことだ」

 自分が封印された後に何が起きたか、まだわかっているわけではない。戦いの準備をしていたことは事実だが、戦いを挑んでいないのもまた事実だ。


「ほんとにぃ?」と、グリエ。

「当たり前だろ。俺は平和的に大陸を治めようとしてたんだぜ」

「それなら!」

 とつぜん、ブルギニョンが声を荒げた。グリエは、この老人が怒りを表明する瞬間を初めて見て、驚きに目をしばたたかせた。


「……失敬」

 だが、ギルドの長はすぐにその怒りを飲み込むように、深く息を吸い込んだ。四角い肩が上下するころには、もとの柔和な顔を取り戻している。


「それなら、あなたがエルフの王本人であるという証拠が必要になる」

「証拠だと?」

「私は冒険者たちに、あなたへの協力を促すこともできる。それに、議会にあなたの存在を説明し、情報を集めることも。だが、人を従わせるには確固たる証拠が必要だ。誰も、真実かどうかわからないことに力を貸そうとはしない」

 静かに、老人が告げる。


「……よほど特別な場合を除けば」

 と、グリエを見てぽそりと付け加えた。


「あたしも、証拠もなしに信じたわけじゃないよ」

「なに?」

 二人の声が重なった。ぼんやり話を聞いていた少女が、にわかに会話の中心に飛び込んできたのだ。


「あたしは、セージが封じられた像を見た。ぴかーっと光って、中からセージが出てきたの」

「他に何か、なかったかい?」

 ブルギニョンが話を促す。


「証拠っていうなら、その像があれば十分だろ。封印魔法の痕跡こんせきが残っているはずだから、それを調べれば……」

「あっ!」

 セージの言葉をさえぎって、グリエが声を上げた。ぴーんとカギ尻尾が上を向く。


「大声出すなよ、俺は小さいんだぞ」

 妖精は文句を言おうとしたが、すぐにそれどころではなくなった。


「あった! セージと一緒に指輪が出てきたんだ。エルフの文字が書いてあるってマリネが言ってた」

「ゆ・び・わ・だ・と?」

 今度は、セージの声が怒りに震えていた。


「それは確かに?」と、ブルギニョンも身を乗り出す。

「ちょ、ちょっと、二人とも怖いよ。間違いないよ、マリネに売って、銀貨50枚と交換したんだもん。まだマリネが持ってるはずだし……」

「お前、王の指輪を売ったのか!?」

 セージは思わず叫んでいた。怒号というよりは、悲鳴に近い。


「それはエルフの王の証明になる、とっっっっても大事なものなんだぞ!」

「でも、エルフの王様はセージだけだったんでしょ?」

「形式上そういうものが必要なんだよ!」

 グリエの胸のあたりをぺしぺしと叩く。もっとも、グリエにとってはカナブンが連続でぶつかったくらいにしか感じないのだが。


「俺のものを勝手に売るんじゃねえよ。ったく……」

 怒りに声を震わせながら、セージはブルギニョンに向き直った。


「でも、王の指輪があれば、俺がセージェリオンであることに文句はねえだろ?」

「うむ……」

 ギルド長は白いひげをなでて、ゆっくりうなずいた。


「それを私の元に持ってきたなら、間違いなくあなたがエルフの王だと認めよう」

「よし、話は決まりだ。行くぞ、グリエ」

 そう言って、翅をはばたかせて浮き上がる。


「マリネがどこにいるか知らないくせに」

「お前のせいで苦労してるんだろうがっ!」

「ちょっと、髪をひっぱらないでよ!」


 二人はぎゃあぎゃあと騒ぎながら退室する。ソファに深く座ったブルギニョンは、彼らの元気に付き合わされて疲れた、というように目を閉じた。


「うまくいくといいのだが」


 だが、彼はこれまでの長い人生でよく知っていた。

 ものごとは、そうそう都合よくは進まないことを。

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