第11話 危機一髪



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ! うっ……!!」


 祐樹は梓を背負いながら、一心不乱に砂の上を走り続ける。ケガレの群れから、逃げ続ける彼女たちであったが、遂に体の限界がきたのか。足をもたつかせて、転んでしまうのだった。


「まっ……まだまだぁ!」


 祐樹は震える足で立ち上がろうとする。しかし、痙攣しているのは梓から見ても一目瞭然であった。

 それを見た彼女は力なく笑うと、手足を投げ出して寝転んだ。全てを投げ出したかのように。


「祐樹さん、最後に貴方と死ねて良かったですわ。一人で死ぬなんて悲しすぎます……ぐすぅ」


 梓は目に大粒の涙を溜める。その様子は泣き出す一歩手前であり、祐樹は梓を全力で励ます。


「イヤイヤイヤ⁉︎ まだ、いけるって諦めなければいけるからぁーー!!」


 祐樹は梓の肩を掴むと前後に大きく揺らす。

 そうして祐樹が無理やりにでも引き出している希望に対して、彼女は絶望を振りまく。


「ならば、私は見捨てて下さい。足手まといですから!」


「なっ⁉︎ ななななな、なぁーー!! ふざけたこと言ってるとぶん殴るよ!!」


 その無神経な発言に、祐樹は目を吊り上げると、彼女の頬を思いっきり引っ叩いた。


「なっ……! 何するんですか! 祐樹さん、痛いじゃありませんか――がはっ!!」


「死んじゃったら痛いも何もないんだよ⁉︎」


 祐樹は声を張り上げる。それでも梓の目の光は消えたままである。


「ですから、祐樹さんだけでも逃げて」


「――バカバカバカァ!」


「ふぐぅ! ぶば! ばべ!」


 彼女は、梓の襟を掴み上げると往復ビンタを浴びせる。梓はそれに抗議じみた声を上げるが、彼女は一向にやめない。


「ぶば⁉︎ ちょっと! ちょお⁉︎ 止め刺さないでくれます⁉︎ 鼻血⁉︎ 鼻血出てますから⁉︎」


 梓は鼻からボタボタと血を落としながら、彼女の手を止める。


「あずっちを見捨てられるならとっくに見捨ててるよ! それができないから、こんなに苦労してるんでしょーー⁉︎ うわぁぁぁぁぁぁん!!」


 彼女は張り詰めていた糸が切れてしまったかのように大声で泣き出す。それがあまりにも寂しさを連想するものだったのか、梓もつられてしまうのだった。


「うっうっうっうっうっうぅぅ!! 折角、折角私が静かに死のうとしてたのに、祐樹さんのせいで怖くなっちゃったじゃないですかぁーー⁉︎ もぉ超痛いしーー!!」


 彼女らは大声で泣き出す。しかし、アリの軍勢は足を止めない。奴らは、円形の囲みを徐々に狭めてくる。少女たちが死ぬのは時間の問題であった。


 霊気も妖気も尽きた肉体の頑強さなどたかが知れている。そうとなれば、アリの腕力に太刀打ちできるはずがない。


 少女たちは砂漠の中でワンワン泣き続ける。手足と胴体を生きたまま解体されること。その悪夢を想像すると泣かずにはいられなかったのであろう。


 アリが彼女らの肌に触れるその時、奴らは汗の匂いと共にバラバラにされるのであった。


「ふぅ……なんとかなったわね。さて、命の恩人の登場よ。喜びなさい。貴方たちは助かったのだから」


 助けに来た少女は長い黒髪を振り乱しながら、腕を組む。


 保奈美は頭から蒸気を出しながら、友達のピンチに颯爽と駆けつけるのであった。




(ふぅ、どうやら怪我はしてないようだな……良かった、良かった)


 保奈美と視覚を繋いだ幸彦は、クラスメイトが負傷していないことにほっとするのだった。保奈美が無事、保護したことを確認すると彼女にテレパシーで体調を確認する。


『おい。そのペースで体力は持つのか? まだまだ時間はかかるんだぞ?』


 彼女は、次々とアリの群れを紙屑のように葬っていた。そのペースは尋常ではなく、幸彦は焦るのだった。


『えぇ、むしろすこぶるいい具合ね。本当に全滅させちゃうかも。ふふふ』


 余裕ありげに彼女は答える。それは疲れを感じさせない声であり、楽しげに弾んでいた。


(改めてやばいな……あの時妖気使われていたらと思うと……うぅ)


 彼女は鬱憤を晴らすかのように、アリどもを蹴散らす。本当に絶滅させそうな勢いだ。

 敵なら恐ろしいが味方だとどこまでも頼もしい。彼女の強さに安心すると、幸彦は一気に妖気を練り上げて行くのだった。




『よっしゃあ! たまったあ!! 保奈美、二人を連れて逃げていいぞ!!』


 ようやく必要な妖気がたまった。保奈美に触発されたのか、彼も限界以上の集中力を発揮して妖気を練り上げた。


『はぁ、はぁ、はぁ、おっけぇ〜〜。しっかり結界はってよぉ〜? 私も苦労したんだからぁ〜〜』


 彼女はいつも以上に伸ばし調子で返答する。やはり、二人を守りながらの戦闘はかなり体力を酷使したのか、疲労感が強くにじみ出ていた。今も後ろ向きで逃げているのでだいぶ辛そうである。


『あぁ、バッチリ決めてやる。俺に任せとけ』


 ここまでお膳立てされては成功するしかない。幸彦はアリの集団をしっかり見つめる。そして詠唱を唱え出すのであった。


「我の妖気を持って命ず氷雪よ。その姿を現せ。


 ――それはいかなる攻撃も通さぬ雪壁。

 ――永久に溶けぬ雪でその全てを受け止め跳ね返して見せよう。


 氷中級術 雪倉 氷室!!」


 彼女らの足元から大きな氷が迫り上がってくる。それは瞬く間にアリの身長を超えて奴らを閉じ込めるのであった。


 しかし、アリの一部は翅を生やして逃げようとする。


『幸彦君、天井の穴からアリ飛んで逃げようとしてるけど⁉︎』


『そう来ると思ったぜ! 奴らは常識外れだからなぁ⁉︎」


 かなり結界を広く広げたからだろうか。中級の術なのに上級分も妖気を使ったからか、少ない妖気が失われ頭を頭痛が襲う。

 しかし、ここで止まるわけにもいかず彼は続け様に術を発動させるのであった。


「我の妖気を持って命ず。氷雪よその姿を現せ


 ――原初の氷山の一部よ。立ち塞がる敵を全てすり潰せ。


 ――それを受け止めることは不可能。なぜならば圧倒的な質量で滅ぼされるからだ。


 ――それを回避することは不可能。なぜならば、避けられる範囲まで逃げられないからだ。


 ――我が生み出すは大いなる自然の、ただの一角


 ――されど、汝らを潰すにはこれで十分であろう。圧倒的恐怖の中、虫けらのように潰されよ。


氷特級術 氷山頂ひょうざんちょう


 それは丁度、ドームの穴にすっぽり収まると次々とアリを締めに叩き落とすのであった。


「――ヒャッハァーーーー!! 死に晒せ! とと……落ち着かんと……ふへへへぇ」


 過剰に妖気を使ったからか、反動でドバドバと脳内麻薬が溢れ出てくる。


 幸彦は気持ちを少々落ち着かせる。久々に、術をぶっ放せることに予想外に気持ちがたかぶっていたようだ。早くケガレを殺したくて殺したくてたまらない。


 彼は深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「――よっしゃああああああ!! つぶれろ! 潰れろ! 潰れろ! 潰れろぉぉぉぉぉ!!」


 彼はもはやクラスメイトを助けるということを忘れて、殺すことだけを全力で楽しむ。


「ヒャハハハ!! そうくると思ったぜ。なんのために氷塊の大きさ調整したと思ってるんだ! 一匹たりとも抜け出るスキマなんてねぇよ バァーカ!!!!」


 氷塊は何回も地面に叩きつけられる。それはもの凄い衝撃であった。


「うわわ、わわぁ⁉︎ 何これ⁉︎ ナニコレ⁉︎」


「なんなんですの⁉︎ このとてつもない術はぁ!!」


 当然、衝撃は近くにいる少女たちを襲う。

 地面は氷塊が落ちる衝撃でグラグラと大きく縦揺れするのだった。

 

 その大きな揺れに梓と祐樹は地面にへたり込む。しかし、保奈美だけは楽しげに笑うのであった。


「あはは! これ楽しいわね! サーフィンみたい! あははははは。本当に幸彦君って最高!!」


「しねぇ、しねぇ、しねぇ、しねぇ!!」


 場所は全く違うのに己の楽しみだけを追求する桁外れな委員長と副委員長。


 そんな変わった二人に助けられた。

 保奈美の言動からそれを察知した祐樹と梓は、汗だくの彼女にすぐさま抱きつきに行くのであった。


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