第4話 三マス待機
「あーちょっとそこの君、止まりなさい! 先程通報があってね。高校生ぐらいの少年がナイフを持って路上を歩いていると。多分君がそうなんだよね。その腰のナイフ何に使うつもりなんだい?」
「ごめんね〜〜。これも職務だから聞かないとダメなんだ。勿論疑ってるわけじゃないんだけど、聞かせてもらえないかな?」
「早くして下さいね……学校に向かう途中なので」
家からレタスをこっそり外に連れ出し、無事逃げるのを確認した後。幸彦も色々準備をして学校へと向かっていた。
それなのに、彼は二人の警官に絶賛三回目の職務質問をされている。一人は黒髪の三十代ぐらいの
幸彦は思う。やはり腰のものはしまわなければいけないのだろうか。
しかし、仕舞っても仕舞わなくても、職務質問はされる。その時かけられる言葉は決まってこうであった。
『そこの君、止まりなさい! なぜナイフを持っているんだ! 署で詳しい話を聞かせてくれないか?』
『そこの君、ちょっと止まってくれないかな? カバンに入ってる物ちょっと見せて欲しいんだけど……』
この二つから幸彦は逃れられなかった。前者は持ったナイフが見えるから仕方がない。
問題は後者のカバンの中に仕舞っているナイフを発見されることである。
金属探知機でも警官はデフォルトで付いているのだろうか?
諦めた幸彦はナイフを見えるように持った。それが、職務質問がすぐに終わるコツだと悟ったからである。
「わかったよ。なるべくて早く済ませるからね。えーと、それでナイフを所持している目的は?」
一般住人からの通報を受け取った二人は明らかに犯罪者予備軍のように幸彦を扱っている。それらの不快な視線に、彼は心底不機嫌な顔をするのだった。
「はぁ〜〜……これは護身用です。最近身の危険を感じる事が多々有るので。これ身につけておかないと不安で不安で外を歩けないんですよ。しょうがないんでしょう? 最近なにかと物騒ですし。ほらストーカーとか色々あるし?」
ストーカーと花粉は春によく発生する。前者はマスクで防げても、後者は武器でも持たないと対処不能だった。
奴らはこちらがたじろぐとすぐさま襲ってくるので非常に困る。
「君がストーカーをするんじゃなくて? うーん……銃刀法違反って法律知ってるかい? ここじゃ詳しく聞けないから、ちょっと署に来てくれないか?」
「大丈夫だよ。君の詳しい話を聞きたいだけなの。護身用だったら厳重注意か少しの罰金だけで済むからどうか私たちに着いて来て貰えない? このぐらいで逮捕とかしないから」
二人の警官は丁寧に頼みつつも、実際は幸彦を挟んで逃げられないようにしていた。
彼はそれを見ると腰に手を当て、頭をポリポリとめんどくさそうに掻いた。
(逃げられるけど、逃げたらこれ絶対ダメだよなぁ〜〜)
振り切るのは簡単だったが、無用な混乱を招く可能性が大いにある。なので幸彦はいつものようにポケットからある物を見せることにした。
「いえね、俺ちゃんと武器所持してもいいんですよ。確かここに……あぁ、ありました。ほら見て下さいって……うぇ?」
その時酷く渇いた、パンという音がなる。それは安全装置を外し、空に向かって撃ち出された空砲の音だった。
住宅地に火薬の臭いが充満する。幸彦には焦った警官の顔と、拳銃は実に危なそうな組み合わせに見えた。彼は思わず頭に手を置いて
その危険さは、こちらを興味深そうに見ている野次馬たちも感じたのだろう。家から窓を開けて見ていた連中も、すかさず窓を閉め部屋にいそいそと閉じこもっていくのだった。
銃撃戦が始まるとでも思ったのだろうか。一般人には、このヒリヒリした空気は少々刺激が強すぎたようだ。
(ふっ……やれやれ、このぐらいでビビって情けない。お前らどれだけ遠くから見てるのに何引きこもってるんだ。おい、お前らいっぺんここに立ってみろよ。ちびりそうなほど怖くなるから)
幸彦は一般人をなじりながら細かく足を震わせていた。実は彼も大概ビビっていたのである。
至近距離で黒いリボルバーを向けられたら、誰だって反射的にこうなる。
冷静に会話出来てるだけで自分は彼らとは違う。……大違いであって欲しいなと、切に願う幸彦であった。
「すいません……もう動かないので。流石にそれは痛いんで、出来れば撃たないでくれますか?」
「――撃ちませんよ。二発目は。でも、なるべく大人しくしていてくれますか。うっかり事故がないとも言い切れないので」
幸彦がポケットに手を突っ込んだ事に驚いた女性警官は、すかさず空に向けて空砲を撃った。日本の警官はすぐ撃たないというのは嘘だったようだ。いつ抜いたのか分からないぐらい早かった。よく訓練されているのだろう。
彼女の銃は既に幸彦の太
「あの〜……一つだけいいですか?」
「何ですか? その場で動かないで答えて下さい」
彼女は、幸彦が奇妙な動きをするとすぐさまトリガーに指がかけられるようにこちらの挙動をじっと確認していた。本当によく出来た警官である。
「分かりました。動かないので、どうか手の中にある物確認してくれませんか? 一応証明的な物になるかと……」
まさか、朝からこんなスリリングな事になると思っていなかった。幸彦の胸中はヒヤヒヤである。持ってて良かった。生徒手帳。
「先輩、取ってくれますか? 私はこの子見張ってないといけないので……」
彼女は、少し迷ったのち男性警官に声をかける。彼は、頭に手を付いた後、深く長いため息を吐くのであった。
「佐藤……お前後で始末書な……えーと。ごめんねー学生さん。おっと……これのことかな? 少し確認するね」
幸彦はようやく生徒手帳を男性警官に差し出せるのであった。男性警官は最初
そこで気を抜いたのがいけなかったのだろう。リラックスした彼は頭から手を下ろしてしまった。拳銃を構えられている事も忘れて。その時パァンと甲高い音が
「あっ……あーーーーーーーー!」
本当に彼女は腕がいいのだろう。霊気を纏った鉛の弾丸は幸彦の左太
「佐藤ーーーーーーーー⁉︎ お前何で実弾撃ってんじゃーーーーーー⁉︎ さっ、さっさとトリガーから指下ろせ!! 早く、早く!!」
だが、トリガーにかけられた彼女の指は外れることはない。
一種の興奮状態にあるようだった。続け様にパァン、パァン、パァンとリレーのピストルのように音が響き渡る。
「おぅ! おぅ! おぅーーーーーーーー!!」
オットセイのように幸彦は野太い声を出してしまう。ここを通り過ぎる人はさぞかし困惑しただろう。
なにせ朝から膝を抱えオットセイの叫び声を上げる一人の青年と、三十代の男性警官にこっ酷く叱られる二十代の女性警官という珍しい光景が広がっていたのだから。
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