第5話 ヨシ!

ローリィ 「さて、家庭教師としての私の仕事は、あなたたちに魔法と一般的な勉強を教えることよ。特にアレンくん、あなたは極めて優れた魔法の才能の持ち主だそうね。授業を始める前に十分余りも歩いてこの野原に来たのは、あなたたちに魔法の実演をしてもらうためよ」


アレン 「この野原、平たくて草も生える土壌なのに、どうして木が生えず、それでいて誰にも開墾かいこんされていないんですか? 魔獣でも出るんですか?」


「出たけど、私が退治したわ」


「……なるほど、さすが複合魔道士マルチソーサレス。でも、ローリィちゃん、僕はまだ――」


「こぉら♡ 私を子供扱いするなぁ♡」


「……」


「私のことは『ハンバート先生』って呼びなさい、プンプン♡」


「――お互い台本に書いてあることをやっただけですけど、なんと申し上げたら良いか……」


「言わないで。見た目がロリっ子の女性キャラが登場したら、主人公に子供扱いされて、『子供扱いするなぁ、ムキィーッ!』って可愛くキレるものなの。そこまでがお約束なの」


「いくらテンプレとはいえ、体つき以外は全く子供っぽくないハンバート先生が可愛い子ぶりっ子しても、不気味なだけなんですけどね」


「あ゛?」


「ところで、僕はまだ土魔法を――」


「い ま 何 つ っ た 、テ メ ェ ?」


「ハンバート先生、本筋ではない部分にまで細かいこと言い始めたらキリがないですから……」


「そうね、この件については後でじっくり話しましょう」


「――先生、僕はまだ土魔法を中心に初歩的な魔法をいくつか学んだだけで、大した魔法は使えないんですが」


「大丈夫。魔法の癖を見たいだけだから、派手なことをする必要はないわ。使い慣れている魔法で結構よ。男爵閣下からうかがった話では、アレンくんは土を変形させたり変質させたりする魔法だけでなく、魔法で石を作り出す『石礫いしつぶて』も使えるそうね。木のまとをあそこに用意してあるから、あれに当てるつもりでやってみてちょうだい」


「資料として見た作品の大半に共通する流れですが、ナーロッパの方々は木の的に親でも殺されたんですか?」


「私も理由は分からないけど、魔法の実演にはこれが一番と考えられているようよ。あなたも主人公なら、この踏み絵を踏みなさい」


「分かりました。――前後左右、上方、および足元に危険物、なし! 発射方向に人影、なし! 右前方、ヨシ! 左前方、ヨシ!」


「どうしたの?」


「指差し呼称です。1発でも誰かに当たったらそのかたの人生をめちゃくちゃにするかもしれませんから、安全確認を習慣として体に叩き込んでいるんです」


「なるほど……。でも、周囲の安全は私が確認しているから、あなたがいちいちやらなくても大丈夫よ」


「そういう気のゆるみが、思わぬ事故をまねくんです」


「そりゃそうだけど……、ここは工場や鉄道じゃなくナーロッパだから、魔法を見せることに文字数を使ってちょうだい」


「分かりました。 撃 ち ま ぁ す !」


「そういう声かけもいいから」


「はぁっっ!」


「……っ!」


「すみません、先生、今のはさすがに――」


「おかしいわ!」


「そ、そうですよね。いくら何でもお粗末そまつすぎますよね」


「バカ言わないで、その反対よ。魔法が強力すぎるの。

 12歳って言ったら、ようやく簡単な魔法を使えるくらいに心身が成長したっていう年頃よ?

 それなのに、まさか本当に手から石礫が飛び出して、猛スピードで命中して的を粉砕、その勢いのまま50m以上飛んでいくなんて。魔法の威力は『石礫』というより、上位互換の『石弾せきだん』――『だん』ではなく『だん』あるいは『ストーン・バレット』――相当、いいえ、普通の魔道士のそれを超える威力よ。しかも呪文の詠唱なし……。あなた一体どうなってるの?」


「……あれですね。長々と説明セリフで称賛ヨイショされるのって、わざとらしすぎて笑う気も起きないと思ってましたが、自分がめられる立場だと、ニヤケをおさえられないですね。『この人、僕と僕の魔法をめちゃくちゃよく見てくれてる!』って、感動さえ覚えます。この充足感を、お客様が感情移入できる形でお届けできないのが残念ですが……」


「あなたの魔法は人徳や努力で勝ち取ったんじゃなく、たまたま女神様から与えられただけものね。たしかに、お客様が一緒に喜ぶのは難しいわ。それはそうと、ほら、『あー、この人は褒めて伸ばすタイプなんだなぁ、子供扱いされてるなぁ』とか白々しい独白をしなさいよ。そこまでがワンセットよ」


「ふと思ったんですが、ナーロッパってメートル法を採用してるんですか?」


「そこはいいのよ。独自の尺度を使ってしまったら、お客様に伝わらないでしょ。フィートとインチでさえいやがる人が多いのに」


「地理も歴史も民族も、宗教や神話さえ史実のヨーロッパとは似ても似つかないのに、今さらそんなこと気にします?」


「それを言ったら、みんなが日本語を使ってることだっておかしいでしょ。

 ――えーっと、アレンくん、今まであなたたちを指導なさってきたミラー先生って、どんな方なの?」


「台本には、『悪い人じゃないですが能力的には凡庸ぼんような人で、教科書に書いてあることしか教えてくれません。魔法は僕が自分で試行錯誤してみがき上げました』と書いてあるんですが、そんなことは言いたくないので、『僕たち生徒のために尽力してくれる真面目な先生です』と答えさせてもらいます」


「律儀な性格してるわね」


「僕、ミラー先生みたいな人って嫌いになれないんですよ。実際、僕が土魔法を使えるようになったのは、先生がご指導くださったからこそです」


「そう、良い先生なのね。お会いできないのが残念だわ。アレンくん、さっきやったこと、できればじっくり見返したいんだけど、もう一度同じようにやることって出来るかしら?」


「『もう一度同じように』? それより、中級土魔法の『陥穽かんせい』を練習している最中さいちゅうなので、今度はそちらを見てもらってもいいですか?」


「取り消すわ、何も見せなくていい。そんなものを見せられたら、あなたに何か教える前に私が自信喪失しそうだから」


「そうですか。どうして先生が自信喪失するのか分かりませんけど、土魔法の続きをお見せするのは別の機会にします」


「……さっき私のこと『可愛い子ぶりっ子しても不気味なだけ』って言ってたけど、あなたも大概たいがいよね」


「言わないでください。監督からはそういうお約束だと聞いてます」


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