第1章 臨時の家庭教師
第4話 聞いてませんが
プロスペロ帝国の家庭教師は、貴族や金持ちの家に雇われて様々なことを教える。
国語(古語を含む)、数学、歴史(宗教的・政治的教義を含む)、地理(動植物の生態・各地の産業・地政学を含む)、天文学(暦学を含む)、作法など、日本で言えば小学生から中学生くらいの範囲を1人で教えるのが一般的だ。
貴族の家に家庭教師がいないことはめったにないが、一般科目に加えて魔法・魔法理論を教えられる人間はそう多くない。
バーロン男爵家に仕える家庭教師ミラー(52歳・男性)も、魔法理論については初歩的かつ少々古い知識しか持ち合わせていなかった。
バーロン男爵は妻エマリアとも相談し、アレンの才能を伸ばすため、ミラーには一時的な休暇を与え、その間により優秀な家庭教師を臨時で
相談役に話を聞くと、数ヶ月単位で授業を引き受ける教師たちの内、有名な者たちは数ヶ月先まで予定が埋まっているが、無名の教師なら1ヶ月以内に見つかるだろうとのことだった。
どうせなら優秀な教師が良いが、無い
バーロン男爵夫妻が悩んでいた折、話を聞きつけたラージタウンの神官がとある家庭教師を推薦してきた。
神官によると、この教師は魔道学園を中退したという経歴があって格安で仕事を受けてくれるが、2系統の魔法を使う
バーロン男爵夫妻はさらに1週間ほど悩んだが、結局、エマリアが決断する形で、その人物にオファーを出した。
そういった何やかんやがあって、アレンが新しい家庭教師と会ったのは、魔力測定から2ヶ月近くが経った、7月1日のことだった。
家庭教師 「さっき男爵閣下が紹介してくれたけど、改めまして、臨時家庭教師のローリィ・ハンバートよ。よろしく」
アレン 「名前が……、あ、いえ、何でもないです。バーロン男爵家の三男、アレンです。12歳です。よろしくお願いします」
エルネスト 「
ジナン 「次男のジナン、13歳だ」
アレン 「いや、やっぱりこの台本おかしいですよ。貴族社会なのに三男の僕が真っ先に自己紹介したら、兄さんたちの
ローリィ 「この世界は主人公を中心に回っているんだから、もっと堂々としなさい」
アレン 「そんな狂った世界の話、面白いですか?」
「面白いかどうかを決めるのはあなたじゃなくてお客様よ。何にせよ、
「では、先生が小学生くらいにしか見えないほど小柄で、黒髪のショートボブは可愛らしいのに、目つきはやたら
「そこは大事なキャラ付けだったはずよ。特に私のぺったんこの胸については、独白で大絶賛するんじゃなかった?」
「遠慮します。『どうしてこんな小さい子が僕たちの家庭教師なんだろう?』って思う程度にさせてください」
「珍しいタイプね。ナーロッパの主人公と言えば、新しいヒロイン候補が登場したらまず胸に目を向けるものなのに」
「さすがにそんなことないでしょ。というか、『ヒロイン候補』って何です? 『ヒロイン』とは違うんですか?」
「平たく言えば、『ヒロイン候補』は主人公のハーレムに入るかもしれない女の子で、『ヒロイン』は実際のハーレム要員よね。ちなみに、最終的に主人公に最も愛される女性のことは『正ヒロイン』とか『正妻』って言うのよ」
「ハーレムを作るなんて聞いてませんが」
「主人公の意志に関係なく、女性キャラに『美少女』あるいは『美人』に見える要素があるなら、実年齢も、性格も、立場も、身体的な性別も、性自認も、本人の恋愛対象も、恋愛や結婚への興味の有無も、ぜんぶ関係なく、みんなハーレム候補生よ」
「分かったような、分からないような……」
「何でもいいから、ほら、早く」
「まず胸、でしたっけ?」
「髪型や服装を見ないときでも、胸が大きいか小さいかだけは毎回きちんと観察するわね。体を動かすたびに揺れてるとか、他の誰かと比べてどうだとか品評することもあるわよ」
「そんな奴、本当にいるんですか?」
「現にあなたも見てるじゃない」
「これは……、すみません」
「謝らなくても、ナーロッパじゃ普通のことよ。
『心の声や視線の動きでしかないんだから、恥も後ろめたさも自己嫌悪も感じない』
『男はみんな女の胸に注目するものだから、文句をつける方がおかしい』
『女性キャラは何かを察しても、その瞬間イヤな顔をするだけで根に持たない。主人公を嫌いにもならない』
それがナーロッパの世界観であり、倫理観であり、ジェンダー観なのよ」
「えぇぇ」
「元々ネットの一部でしか通じないような、悪ふざけとか、憂さ晴らしとか、傷の
友達とファミレスで『宝くじで10億当たったら何しようかな?』って妄想しているのと一緒ね。実現しないこと前提で夢を膨らませてるんだから、リアリティや倫理観にツッコミを入れる方が野暮なのよ」
「まさに『寝る前の妄想』……」
「でも、そんな作品を楽しみにしているお客様もいる。作品自体を楽しめないお客様も、他のお客様を心の中やネットでバッシングすることで優越感に
「そこまでして拍手が欲しいんですか」
「そこまでして拍手が欲しいのよ。言っておくけど、いま私たちが演じているこの舞台だって、お客様によってはそういう作品の1つに見えてるのよ」
「……で、でも、僕には、お客様がそんな人ばかりだとは信じられません。
物語を見にくるからには、ストーリー性にせよ、テーマ性にせよ、ギャグセンスにせよ、面白い作品が求められているはずです。
みんな心のどこかで期待しているから、期待を裏切られて怒るんだと思います。
僕はこの作品を少しでも良いものにしたいです!」
「そう……。主人公の代役に選ばれたあなたが言うなら、私は止めないけどね」
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