天界は資本主義

 玄関を開けると、いい匂いがした。


「あっ、お帰り司。もうご飯出来てるからね」

「別に気を遣って作ってくれなくてもいいのに」

「1人分だけ作るって、意外と難しいのよ」


 まあまあ座りましょう。と促され、セラの手料理を食べた。


「そういえば、介護って嘘だろ? 本当は何してるんだ?」

「あら、気づいてたのね。……本当は天界の仕事をしているわ」


 意外と天使も多忙なんだな。と思いながら、質問を続ける。

「例えばどんな仕事?」

「基本は死期の近い人間のお迎えよ。天界も人材不足でね、一人で何百人も見ないといけないのよ」

 嫌んなっちゃう。とセラが呟く。




 天界の人材不足って……なんか夢が壊れるな。




「あとは、司のように再起を許された人間を監視するのも大事な仕事なのよ」

 監視する天使を担当と言うらしい。再起はどんな基準で選ばれ、何をするためなのか、天使でも分からないと言う。


「基準はなくても、誰かが決めてるんだろ?」

「そうね。上級天使様の誰かが決めているとしか聞いていないわ。下級天使には公開されていない情報が多いのよ」

「天界に階級があるのも夢が壊れるなぁ。もっと、みんな平等なイメージなんだけど」

「何甘っちょろいこと言ってんのよ。ゴリゴリの資本主義よ。偉い天使様がいて、下級天使がせっせと労働するのよ」


 昔見たアニメや絵本とイメージが違い、私は顔をしかめた。



「でも、私たち下級天使は上級天使様を尊敬しているの。階級を上がるには、それはそれは多くの人間を導かなければいけないのよ。一人の人間を導くのも大変なの。後悔なく死を迎えられる人間って少ないのよね」

 セラは少し俯きながら、言葉を続ける。


「多くの人があと少しだけ生きたい、大切な人に会いたい。と強く願う中で、私はその想いに耳を塞いで、大切な誰かとの思い出を断絶しないといけないの」

 優しく、けれど力強い目でセラが私を見る。


「……だからね、再起の許しを得た人間は特別なの。司、あなたの今日は、昨日亡くなった人が生きたいと願った明日なのよ。その事を忘れないでね」




 その言葉に思わず目を逸らしてしまう。私はどうして……




 パンッとセラが両手を叩いた。

「さぁ、お片付けしよーっと。司はお風呂入ってきなさいな」




 ◇◇◇

 浴槽に体を沈め、セラとの会話を思い出す。


『大切な誰かへの想いを絶たれてしまった人』

『どうしても生きたい、と願った人の明日』




 どうして私が生きる事を許されたんだろう。もっと、他に生きるべき人がいたんじゃないか。私が生きたい理由は、復讐なのに。


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