再生

 幽鬼のように、フラフラと家路に向かう。



 あれだけの苦痛を抱えたまま、健は天国へ行ったのだ。



 帰宅すると、華撫はハンバーグを作って待ってくれていた。


 コタツテーブルの上で、小さくて形のいい料理が、湯気を立てている。


「おかえりなさい。夕飯できて――」

 エプロン姿の華撫の前に、オレはしゃがみ込む。

 小柄な彼女の身体を、両手で強く抱きしめた。


「ちょっと博巳、離してよ」

 華撫の体温が熱くなる。身体をねじって、オレから逃げようともがいた。


 オレは尚も、抱きしる力を強くする。

「ちくしょう」

 気づかないうちに、オレの口から悔しさが漏れ出す。


 結局、オレは健が死ぬまで、あいつがどれだけ苦しんでいたのかを知らなかった。


 何が友達だ。友達面して、すべて理解した気になって。


「何かあったのね?」

 華撫が、何も聞かずにオレの頭を撫でる。


 少し落ち着いたオレは、華撫から腕を離した。


「座ったら? お腹が空いてたら、気持ちまで沈んでしまうわ」

 華撫が、テーブルの椅子を引いて、オレを促す。


「ああ。悪いな……?」



 ピンク色のリュックが、オレの視界に入った。


 一枚の紙切れが、チャックからはみ出ている。



 オレは、ハイハイでリュックまで近づいた。紙切れを掴んで、中身を開く。


……これだ。天啓が降りた気がした。オレは、大友先生に連絡を取る。



「すいません。この曲は、ボツでしょうか?」


『イヤなことを言えば、ボツかな?』


「是非、ボツにしてください!」


『本気で言ってる?』

 オレが懇願すると、大友さんが呆気にとられたような声を出す。



「大真面目です! オレにその曲を扱わせてください!」


 連絡を終えて、スマホを切った。

 オレは着席して、ハンバーグを一気に頬張る。


「すごい食欲ね」

「うまい! サンキュな、華撫」

 オレはサムズアップして、残りの野菜も一息で平らげた。本当はもっと味わいたかったが、これから用がある。


「ごちそうさま! うまかった!」


 オレの不安は、華撫のおかげで一気に開放された。


「そんなに急いで食べなくても」

「悪い。これからちょっと出てくる」

「こんな遅くに?」

「ああ。やるべきことがある」


 席を立とうとしたオレを、華撫が「待って」と呼び止める。


 コタツの側に置いてある箱からティッシュを一枚出して、オレの口元を吹いてくれた。


「お、サンキュ」

「いってらっしゃい」


「今日は帰れないから、先に寝てろ」

 オレは靴を履いて、会社へと向かう。 




◇ * ◇ * ◇ * ◇


 

 会社にはジュニアしかいなかった。バッテラをお茶請けに、緑茶を嗜んでいる。二〇代なのに感性はオバチャンだ。


「あれ、帰ったんじゃないんですか?」

 モゴモゴと寿司が口に入ったままの状態で、ジュニアが聞いてきた。


「おいジュニア、高林健の所属していたレコード会社に繋いでくれ」

 オレは副社長に用件をお願いする。


「どうしたんです、トクセン?」

 バッテラを熱々のお茶で流し込み、ジュニアが茶碗を置いた。


「いいから頼むよ!」


 オレの真剣さを察知したのか、ジュニアは素早く動く。


「あのですね、高林健の遺作を……そうです。楽譜を」

 ジュニアに繋いでもらった後は、自分で用事を依頼する。


「はい。よろしいですか。無理を言って申し訳ございません。ありがとうございます」


 よし、許可が下りた。オレは小さくガッツポーズを取る。


「粋なことをなさいますね、トクセン。親友の遺作を再生させようなんて」


 オレが事情を説明すると、ジュニアはお茶をすすった。


「よせよ。気の迷いだ」


 そう。これは、単なる気の迷い。


 オレなら、この曲を生まれ変わらせられる。

 

 いや、華撫なら……。

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