昔話

「で、稲垣、どうよ調子は?」

「まあトントンだな。ライブよりドリンクの方が流行ってるけど」


「ダメじゃねえか」と、稲垣の光る頭を軽く小突く。


「んだよ、俺の作るラムソーダは評判なんだぜ、なあ母ちゃん?」


 ビール瓶を持ち上げ、稲垣は厨房にいる奥さんへ話を振った。


 奥さんが厨房で、手の平を口の前で開いたり閉じたりする。


 漫才のような二人のやりとりがおかしくて、オレは吹き出した。


「冗談だよ。演奏レベルは高い。ただ、ヴォーカルが総じてカラオケの歌い方なのが引っかかるかな。熟れてるんだけど、突き刺してくるモノがない」

「芯がねえってか」

「自分がねえんだよ。誰かに褒めてもらいたいのかなって。下手でもイイから、自分を目一杯出せばいいのによぉ」


 確かに、舞台上のバンドは演奏自体はうまい。だが、丁寧すぎる印象があった。リスペクトしているのはよく分かるのだが、物足りないのだ。ふざけろとは言わないが、暴れて欲しい。


「腹だけで歌ってる。もっと魂を込めろってアドバイスしても、精神論扱いでさ」

 少し寂しげな表情を、稲垣が見せる。


「時代かねえ?」

 頬杖をつき、枝豆に手を伸ばす。しかし、もう一粒も残っていない。


「そんな年寄りじみたこと言うなよ、老けるぜ」

「とっくに老害扱いだよ」


 自分たちがここで育ったから、倒産危機に瀕したこの店を買った。音楽を志す若い世代に、思う存分表現できる場所を、と願いを込めて。


 だが、今は誰しも表現者になり得る。ネット上でも、道ばたでも。


「稲垣よぉ、覚えてるか? 深歌」

「ああ。健と結婚した」

「そうそう。でな、健と深歌の娘と話したんだ」 


 稲垣が、拭いていた皿を落としそうになる。

「お前、独身こじらせて誘拐を?」


「バカか。お前じゃねえよ」


「なに言ってやがる。俺は三人の子持ちだぜ」

「お前も、駆け落ち同然だったよな?」


 稲垣はオレの問いかけに答えず、真面目な顔に。


 華撫の事情を、稲垣に話す。一緒に住んでいることは伏せたが。

 ここに来た理由だって、オレの方も、センチメンタルな気分をどこかに置いてきたかったのかもしれない。


「何年だっけ、健が死んで」

「もう十四、五年か」

「早いな。今でも思い出すよ。お前と組んでた日のこと」


 オレをバンドに誘ってくれたのは、健だった。


 元々いたバンドとケンカになって、新しいバンドメンバーにオレと稲垣が呼ばれたのだ。


「深歌は元気だったか?」

「レコード会社の社長だってよ」

「器用だったからなぁ、あいつ。人当たりも良くて。あいつの歌声も至高だったぜ」


 オレが音楽を続けられたのも、深歌のフォローあってのことだった。彼女のプロデュース能力に依存していた部分が大きい。

 オレもあいつには苦労をかけたと思う。

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