麦に支配された世界にて

@dekai3

米人・初霜

『今日も始まりました、簡単小麦粉クッキング。今回は特別に麦アイドルのそらちゃんにお越しいただいております。こんにちは~』

『こんにちは~。アイドルをやらさせて頂いてますそらで~す☆ 今日は私の品種のさとのそらを使ったおっいしぃ~スイーツの作り方だよ~☆』


ピッ


『へ~、ほなみちゃんは比較的新しい品種の子なんだ』

『そうなんです。でも、今は北海道の小麦はほとんど自分なんですよ』


ピッ


『明日の天気は晴れ。比較的穏やかな一日になるでしょう』

『では次は麦価情報です』


ピッ ビジュン


 適当にテレビのチャンネルを回した後、特に興味を惹かれる物が無かったのでテレビの電源を切る。

 この数年、どのチャンネルを見ても麦、麦、麦だらけで、今や麦が関わっていない番組はアニメか過去のドラマの再放送ぐらいになってしまった。

 スポーツの世界にもやれ麦芽飲料が体に良いだの麦の健康食品だのの話題が出てくるし、そもそもスポンサーが麦関連企業ばかり。

 新聞や雑誌もエコとかいう理由で麦インクによって刷られているし、SNSでも連日麦について議論している。


 端的に言おう。世界は麦に支配された。


 麦と言うよりかは麦人の方が正しいのだろう。

 麦人というのは今から十年ほど前に世界各地の麦畑から発生した新人類らしく、今や人類の生活には必要不可欠な存在となっている。

 たった十年だ。たった十年で世界は大きく変わった。

 当初は麦人を人類に関わらせる事に人権団体や植物愛護団体が色々と騒がしかったらしいが、麦人側が『麦を世界有数の植物にしてくれてありがとう』と言いながら積極的に人類の生活環境の向上に力を貸してくれたらしい。

 最初の計画では今よりも効率的な麦の栽培の仕方を協力して模索していこうって計画だったらしいが、麦人達はある程度なら麦の遺伝子を操作可能らしく、それにより様々な問題が解決した。

 大量生産と機械を合わせたオートフォーメーション化の成功で世界中の食糧問題をあっさりと解決し、水の少ない土地でも育つ麦への品種改良で環境問題も解決し、バイオ燃料に適した麦の作成でエネルギー問題も解決した。

 ついでにアレルギーに関しても遺伝子操作でなんとかしたみたいで、今や麦アレルギーの人間は一人もいない。

 更には衣類や建材までも麦で作成可能にし、今や麦を使用していない製品は前時代の物しか残っていないとされてる。

 噂では麦によるCO2削減等の環境問題の解決や無重力下でも栽培可能な品種の作成による宇宙開発の促進なんかもあるそうだ。


 これを麦による支配と言わずしてなんだと言うのか。


 そもそも麦人がどういう物なのか未だはっきりと分かっていないのに、どうしてあいつらやあいつらが関わった物が安全だと思えるのか。

 全く、頭がおめでたい奴らばかりだ。俺みたいに麦人を危険視して自給自足で暮らしている人間は多少は存在しているが、役所から『畑で危険植物を栽培していないか』だの『麦人との交流会に参加するべき』だのとのたまる人間が来て、執拗なまでに人を麦と関わらせようとしてくる。

 奴らから見たら俺が変わり者なんだろうが、俺からしたら奴らのほうが変わり者だ。いや、変わってしまった者達だ。麦人に洗脳された何かに過ぎない。

 今日もそろそろ役所から麦人と関わるべきだと言う輩が来るのだろう。前回は猪の解体を手伝わせる事で疲弊させて帰らせたが、今日は山菜採りにでも付き合わせてみるか。もしかしたら麦以外の植物にも目を向けるかもしれんしな。


ピンポーン


 ほら、思った通りのタイミングでチャイムが鳴った。

 俺の家は俺が所有する山の中にあり、私道に入ってからも車で15分はかかる。

 そもそも町から山の入り口に来るまでも時間がかかり、今時は万能麦のお陰で山菜や果物を取り窃盗に来る奴なんかも無いから人が訪ねて来る事は全く無い。

 宅配も私道入り口の小屋の宅配ボックスに置く様に言ってあるし、訪れるとしたら役所からの人間か宗教の勧誘のみだ。


「今出る!」


 インターホンなんていう便利な物も付けていないので、玄関に居るだろう人物に大声で呼びかけ、山菜採り用の道具を詰めたリュックを掴んで玄関に向かう。

 役所の人間なんか待たせておけばいいという考えもあるが、以前それをしたら俺が家を出るまで外でずっと待っていたので結局は対応をせざるを得ない。

 相手も上からの指示でやらされているだけなのだろうが、流石に半日中ずっと人を待たせるのは申し訳なくなってくる。だからと言って猪の解体を手伝わせた時は泣きそうになっていたがな。今回は山に登って山菜を採るだけだから大丈夫だろう。


ガチャ


「おう、今日もお疲れさ……誰だ?」


 仕事熱心な下っ端に労いの言葉をかけながら玄関のドアを開けると、そこにはいつものくたびれた顔をしたスーツ姿の若者では無く、

 透き通るような白い肌をし、

 艶のある黒髪で、

 豊満な胸を曝け出し、

 こちらへはにかんだ笑顔を見せる、

 ふんどし一枚の鼻の赤い相撲取りが立っていた。
















「えーっと、初霜さんはお米から産まれた米人で、麦による人類の支配から人類を助け出す為、俺にお願いしたい事があってやって来たと?」

「ごわす!」


 役所の人間かと思ったら正体不明の相撲取りが居た事で混乱し、とりあえず家に上げてお茶を振舞い、どうしてこんな所にまで来たのかを聞き出し、その理由を聞き返して出てきた言葉がこれだ。

 ごわすってなんだよごわすって。今時そんな喋り方する奴居ないだろ。

 いや、そんな事よりも『米人』というのが本当ならこれは驚くべきことである。

 新人類は今まで麦から発生した麦人しか確認されておらず、麦人達も『自分達麦が人類に一番愛されてきたからこうして人の形を取れた』という発表をしていて、自分達以外に新人類が発生する可能性を否定していた。

 ただ、麦人達は全員が美しい女性であるのに対して、この自称米人は相撲取りだ。

 確かに透き通るような白い肌は人間離れしているが、それだけで新人類という証拠にはなるまい。俺が所有する土地を狙ってきた新手の詐欺の可能性もある。

 麦による人類の支配から人類を助けたいというのが本当ならば話を聞いてみたい気もするが、まずは本当に新人類かどうかの証拠を見せて貰わねばなるまい。


「すまんが、俺にはあんたが本当に米人かどうかというのが分からない。まずはそれを証明してみせてくれないか?」


 とりあえず新人類としての何らかの何かを見せて欲しいと頼んでみる。

 麦人ならば麦に関する事が出来るはずなので、米人ならば米に関する事が出来るのだろうか。


「しょ、証明でごわすか……?」


 だが、俺の頼みに対して初霜さんは眉を寄せて困った顔をする。

 その上、膝に置いた手を小刻みに動かしたりと、そわそわし出して心なしか顔が汗ばんでいるようにも思える。


「そうだ、言葉だけじゃ信じる事は難しいだろう?」

「そ、そうでごわすが……」


 初霜と名乗る相撲取りはこちらの言葉に対して曖昧な返事しかしない。

 やはり米人などと言うのは出まかせで、俺を騙しに来た詐欺師か、そうじゃなかったら頭のおかしくなった変人なのだろう。

 特に被害は無いし警察も麦に洗脳されていて厄介なので、ここは猟銃でも出して脅して帰ってもらったほうがいいかもしてない。

 物理的に追い返すのは難しそうだからなそうだからな。


「すまないが、証明出来ないのなら帰って…」

「分かったでごわす! これを!!」


 俺が『帰ってくれ』と言いかけた時、相撲取りは叫びながら立ち上がると、両手を腰に付けているまわしにかける。

 おいおい、ここで四股でも踏むのか? そんなに丈夫な床じゃないからそれは勘弁してくれ。


「見るでごわす!!!」


スポーン!!!


「うおっ!? な、なにを!!?」

「これが米人の証明でごわす!!!」


 まわしにかけた手をそのまま下に ズルッ と下げ、股間をあらわにする相撲取り。

 こんな所で露出とは、やはり頭のおかしい奴なのだろう。嫌だが警察を呼ぶか、若しくは救急にでも連絡をしたほうが…………おい、待てよ?


「何も無いじゃないか!!」

「そうでごわす! これが初霜が人間じゃない証明でごわす!!!」


 まわしを外した相撲取りの股間には男には必ず付いている竿と玉が無かった。

 それどころか女に付いている割れ目も無い。つるつるだ。毛が生えていないとかでは無く、何もないつるつるだ。


「お、お前…それは一体…」


 思わずその奇妙な光景を間近で見ようと身を乗り出すと、相撲取りは恥ずかしいのか股間は晒したままだがへっぴり腰になって股間を遠ざける。


「こ、米人や麦人は動物みたいに性器を使って子孫を増やさないでごわす…自分と同じ品種を育てる事で子孫を増やすのでごわす……」


 成程、確かに麦人の説明でそういった事を聞いたことがある。

 麦人はああ見えて植物なので動物の様な食事は必要とせず、水と太陽の光で栄養を作っていたり、子孫を増やすのは元となった麦を増やす事で賄うと。

 性行為をせずとも子孫を増やせれる人類という部分も、新人類と呼ばれている由縁だった筈だ。

 この相撲取りが本当に米人かどうかは置いといて、麦人と同じ様な新人類の可能性はある。よく見ると肛門も無いしな。


「も、もういいでごわすか…? そんなに見られるのは恥ずかしいでごわす…」

「そ、そうか、すまん…」


 性器が無くても股間を注視されるのは恥ずかしいのか……。

 そういえばまわしを付けていたな。という事は隠す事が前提ではあるのか。

 中々興味深い生態だが、俺は植物学者でも動物学者でも無いので細かく調べるつもりは無いし、調べる方法も知らない。

 とりあえずこの相撲取りを新人類だと認めて視線を股間から外すと、相撲取りはいそいそとまわしを絞め始めた。


「……………」

「……………」


 なんだ…この空気……

 俺の家の中で自称新人類の相撲取りが股間を見せつけた後、恥ずかしがりながらまわしを締めている。

 無いなら無いで堂々としたらいいじゃないか。なんで俺も気まずくなってんだよ。


「こ、これで初霜が米人だと信じて貰えたでごわすよね?」

「あ、ああ。とりあえず人間では無いという事は信じよう。ただ、俺には麦人と米人の区別はつかないからな…」

「それは……そうでごわすね。でも、新人類だという事だけ分かって貰えればいいでごわす」


 相撲取りはまわしを絞め終わると、そう言いながら俺に向けて両手で何かを抱えるような仕草をしながら俺へと突き出す。


「なんだ? 托鉢か何かか?」

「初霜が貴方にお願いしたい事は一つ」


 そして、何も無い筈の相撲取りの手にもりもりと現れる、籾殻に包まれた米。


「うわっ、なんだこれ」

「このツシモの種籾を元に、立派な田んぼを作って欲しいんでごわす」


 俺が驚いてる間にも相撲取りの手の中にはもりもりと米が現れ、それは パラパラ と机の上に落ちる。

 確かに俺が持っている山は水田がある。俺の爺さんが趣味でやっていた物で、今でも俺が自給自足の為に使っている。

 今年はまだ苗を作っていないからそろそろやらなくてはと思っていた所だが、まさか、それを調べて俺の所に来たのか?

 あの水田は俺の家族以外は知らない物で役所の人間にも言っていない。なのに存在を知っているという事は普通の相手ではない事は確実だ。

 ならば信じるしかないのだろう。この相撲取りは初霜という品種の米の米人で、麦人の支配から人類を助けたいという気持ちで俺の所までやってきたのだと。

 というか、こんな事が出来るのなら最初からこれを見せてくれれば股間を曝け出さなくても新人類って信じただろ。なんだったんださっきのやり取りは。


「どうかお願いできないでごわすか? 初霜に出来る事ならなんでもするでごわす」


 こいつが本当に新人類というのなら、麦人と同じ様に米を加工して様々な物を作る事が出来るのだろう。

 そうなれば俺の力で麦人を世界から排除出来るかもしれないし、その後にこいつをどうにかすれば新人類事態も排除出来るかもしれない。新人類が現れる前の時代に戻せるかもしれない。


「分かった。その代わり、お前にも米作りを手伝ってもらう。収穫までの間は俺の言う事には従ってもらうからな」

「い、いいでごわすか! 望むところでごわす!」


 こうして、俺は春の終わりに米人の初霜という新人類と出会い、暫くの間一緒に生活する事になった。

 米を作るだけで麦人を排除出来るなんて到底信じれないが、やらないよりかはマシだし、どうせ何もやる事が無いのだから丁度良いだろう。





 しかし、不思議なもんだな。

 米も麦もどちらも人類の発展に関わってきた植物だと言うのに、米が麦を敵対視しているなんてな。

 これも自然界の生存競争という物なんだろうか。植物も大変なんだな。同じだろうに。

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