第55話 信濃と甲斐

「キャンプに行ってみたい」


「…ジョンは何を観たんだ?」

「ゆるっとキャンプ」


『ゆるっとキャンプ』はキャンプ場でアウトドアを楽しむ女子高校生たちの日常を描くほのぼのアニメだ。観るとキャンプに行きたくなると評判のアニメでジョンが影響を受けるのも納得だった。


「それは甲斐領が舞台のアニメね!」

 ヒロよりも早く甲斐領の長女、玄子くろこが反応した。


「実在するのか!?」

「モデルになった学校や、通学で利用される駅があるのよ」


 キャンプ場などの施設やアウトドア用品の店舗名などは架空のものに置き換えられているものの、知っている人が見ればモデルとなったことがすぐに分かる施設や店舗が劇中に登場する。


「甲斐まで行くならもう少し足を伸ばして『サマーウォーズ』の聖地にも行ってみたいな」


クラスの空気が凍った。


「…あれ?みんな『サマーウォーズ』好きじゃないのか?数学が出てくる作品なんだけどな」

 世界の名門プリンセストン大学で数学を研究する天才らしいご意見だ。


「もちろん歓迎するよ」

信濃領の長男、杜夫もりおだ。


「ジョン、こう言ってはなんだけど、信濃は『サマーウォーズ』以外、見どころが少ないのよ。まあ… 未だにいたるところでサマーウォーズのようだけど?」


 玄子くろこ杜夫もりおをちらりと見て続ける。


「甲斐は小説やアニメの『スーパー原付』や漫画やアニメの『トザンノススメ』の舞台でもあるから、きっと気に入っていただけるわ」


「いたるところに『サマーウォーズ』というが、甲斐はどこにでも何にでも、とりあえず信玄じゃないか。信玄餅とか信玄豚とか」

「し ん げ ん こ う ! 信玄公を呼び捨てにしないでよ!」

「俺たちは武田信玄が大っ嫌いだ」


玄子くろこがプルプルと震える。

「信玄公が、あと5年長生きしていたら甲斐が日本の中心になってたはずなんだから!」


「武田信玄はただの侵略者だ。武田信玄が治める国など認めらるか!俺たちは武田信玄の信濃への侵攻を忘れていないぞ」


 ジョンのアニメの話題を置き去りに玄子くろこ杜夫もりおが喧嘩をはじめてしまった。


「なあヒロ、モーリーたちが話している戦いって、いつの話だ?」

「天文11年(1542年)6月に武田は諏訪への侵攻を開始した」


「…500年近く前なの!?」


「もともと関係は悪くなかったらしい。しかし甲斐領で信玄への当主交代が起こると信濃侵攻が本格化したらしい。でも戦国時代だから、そんな話はそこら中にある」


「もう喧嘩はやめなよ!1542年て!いつの話なんだい?メイフラワー号がケープコッドに錨をおろしたのは1620年だよ!それより78年も前の話じゃないか!自分たちが生まれるはるか昔のことに囚われるなんてナンセンスだよ。モーリーもクロも自分の人生を生きなきゃ!」


「自分が当事者でもないことで喧嘩をするのは愚かであるというジョンの意見に俺も賛成だ」

ヒロもジョンに賛同した。


「わたくしが観光で甲斐領へ行った時、信濃領から来た観光バスをたくさん見たわ。観光客の皆さんが信玄餅をたくさん購入されていたわ」


 桜子の言葉に杜夫もりおが『信じられん…』とつぶやいた。


「それに信濃領へ旅行に行った時は、甲斐からの観光バスがたくさんだったわ。五平餅を買いたくて並んでいた時、すぐ前に並んでいたご婦人のグループとお話ししたら、甲斐では信濃領が特に人気のスポットでよく遊びに来るし、来たら必ずお蕎麦を食べてリンゴのスイーツや九幡屋礒六郎商店の七味唐辛子を買って帰ると言っていたわ。領民の皆さんは過去を水に流して楽しく交流されているようよ」


 玄子くろこが『そ、そんな…』と言って座り込んだ。



 このあと『領民を手本にお互いの良いところを認める努力をしたい。すぐには無理だけど』と、玄子くろこ杜夫もりおが歩み寄ることになった。


 まだ数年続く学園生活で2人の気まずい関係に気を使う必要が無くなったクラスメイトは安堵してジョンに感謝した。

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