第50話 ジョン、がっかりする

「今日の体育は僕たちがペアだね。僕は伊賀

堅だよ、よろしくね」


 13歳の日本人男子として標準体型の堅がジョンに自己紹介した。

 毎回、体育の授業はペアを組む相手を変えて柔軟から始まる。今日は堅とジョンがペアだった。


「よろしく!俺はデカいから、やりにくかったらごめん」

「そんなことないよ、始めようか」

 13歳なのに176㎝と大きめなジョンは、これまでの体育で誰と組んでもお互いにやりにくかった。比較的大柄な真太郎しんたろうとのペアが早く回ってこないかと思っていた。


しかし159cmの堅とのペアは快適だった。


「ケン…お前すごいな」

「どうしたの?」

「俺と17㎝も身長差があるのに自然だった」

「そう?それなら良かった」



「…って、ことがあったんだ」

「今日は俺たちと昼飯を食いたいと言った理由はそれか?」

「ああ…」

「やりやすかったのなら良かったじゃない」

「そうよね」

きよも桜子も肯いている。


「そうじゃなくて…」

「どうしたんだ?」


「ケンの名前は伊賀だろう……あいつ忍者なんじゃないか?」


ぶっはー!


真太郎しんたろうが噴き出した。


「いつの時代の話だよ!ジョンは最先端の科学や数学を研究しているんだろう?」


「それと忍者は別だ」


「ジョンの夢を壊すつもりはないけど、国内で争いがあった時代は昔のことよ」

「桜子は分かっていないな!シノビだから忍んでいるに決まっているじゃないか!」


あ、これは話が通じないやつだ。と4人が確信した瞬間だった。


「ケンはどんなクラブ活動をしているんだ?体術だろう?」

「短歌愛好会じゃなかったかしら?」

「確か堅さんのご親戚に優れた歌人が何名もいらっしゃったわね」


ジョンの目が点になった。

「嘘だろう…伊賀の里の領主が歌人だなんて」


「伊賀は松尾芭蕉の生誕の地ですもの。おかしくないわ」

「観阿弥の出身地でもあったな、あいつは確か能も嗜んでいるはずだぞ」

「アニメ嫌いな日本人もいてもいいし、卵かけご飯が好きな外国人がいてもいいし、短歌を嗜む領主がいたっていいじゃないか」


「そうだけど…」


「体育の授業がやりやすかったのは堅さんが気づかいの出来る方なことと、たまたまバランスを取りやすかったとか、いくつかの理由が重なったんじゃないかしら」

「ほかの方だって気配りされているはずよ」

「そうか…」

「まあ、がっかりするなよ。忍者が過去の存在でもロマンがあっていいじゃないか」

「うん…」



ジョンは諦めていなかった。


「ケン!」

「なんだい?」

「俺、ケンは忍者じゃないかと思ったんだ。でもヒロやシンが現代に忍者は居ないって言うんだ」


 昼休みを早めに切り上げたジョンは真っ直ぐに堅の元へ行き、直球で質問した。


「ジョン…」

「あいつ…」

「こそこそせずに堂々と質問するところがアメリカ人ぽいわよね」

「桜子がイメージするアメリカ人のイメージがだいたい分かったわ」


すぐ後ろでハラハラと見守る4人。



「うん、忍者は過去のものだよ。期待を裏切ってごめんね」

「そうか…勝手に期待して悪かった」

「平和な時代になったから必要無くなったんだ。僕は現代に忍者が存在しなくて良かったと思っているよ。でも忍者は御伊勢参りとF1日本グランプリ、8耐と並んでうちの領の観光の目玉だから機会があったら是非来て欲しいな」

「そうか…」


 忍者は観光資源と聞いたジョンのガッカリ感が半端無い。コバたんが少しだけジョンの心配をするほど落ち込んでいた。ヒロが沖田さんに頼んで夕飯を伊賀牛のすき焼きにしてもらったらジョンは伊賀牛を気に入って少し元気になった。





「殿下はアホですか?」

 その日の夜、誰もいない部屋で皇太子が叱られていた。


「亡くなった愛犬の縞子しまこに似た犬を見かけて、ふらふらと車道に踏み出すなんて」

「悪かったよ、ちょっとぼーっとしてて。気をつけるよ」

「………」


気配が消えた。


「ふう。また御庭番に怒られてしまったな」

皇太子が息を吐いた。

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