第32話 2つの体で幸せに


 イリアの研究室。


「——圭人!? マシュー!?」

「圭人!?」

 

 イリアとアレックスは部屋に転移してくるなり、悲鳴をあげるように叫んだ。

 それは当然の反応だった。

 全裸の圭人が大の字になって床に仰向けになり、その上にミラが跨っていたからだ。

 その上、その横には同様の体勢で服を着たマシューも横たわっていた。


「アレックス様、圭人の身体検査がちょうど終わりました」


 ミラはかけていた透視メガネを外しながら立ち上がり、アレックスに向かって一礼した。

 拘束魔法を解かれたマシューは慌てて立ち上がり、アレックスに頭を深く下げる。

 顔が真っ青の圭人は放心状態で、拘束が解かれたことさえ気づいていなかった。


「そうか……」


 アレックスとイリアは困惑しながら圭人の側に行く。


「圭人、大丈夫かい?」


 アレックスはしゃがみこみ、圭人に手を差し出した。


「アレックス!」


 アレックスを見た圭人は涙を浮かべながら慌てて起き上がり、アレックスに抱きついた。

 アレックスは優しく抱きしめる。


「服を持って来たよ」

「ありがとう」


 圭人は横に立っていたイリアから服を受け取ると、急いで服を着た。


「男性の姿の圭人もいいね。この目で見れて嬉しいよ」


 アレックスの微笑んだ顔を見て圭人は胸を熱くする。

 自分の姿が変わっても態度を変えないアレックスの優しさが身に染み、圭人はアレックスの腕の中で顔を埋めた。

 イリアはその様子を見て微笑む。


「アレックス様、圭人の体についてご報告が」

「聞こう」


 アレックスは圭人を抱きしめたまま、ミラの方に視線を移した。

 圭人は体を動かさず、耳だけを傾ける。


「マシューと比較したところ、基本的に体のつくりは一緒でした。唯一気になったことは、血液がアイリスと全く同じだったことです」


 アレックスはミラの話で少し目を見開く。


「違う体なのにかい?」

「はい。イリアが圭人に使った魔術は元の体に戻す方法でした。ですから、血液も異なっているはずなのですが……」

「イリアはこの報告をどう思う?」

「もしかすると……鏡を使用した魔術だったので、圭人の姿は虚像……体は圭人ではないのかもしれません。圭人の人格が鏡の力で体表面に顕在化しただけで、根本的にはアイリスのままなのかもしれません……」


 それを聞いた圭人は驚いて顔を上げ、イリアの方を見る。


「まだイリアの発言は推測に過ぎません。しばらく様子を見るしかないと思います」

「わかったよ、ミラ。圭人はしばらく地下と寝室のみでしか行動しくれるかい? 部外者に見られないよう移動は全て転移魔法で頼むよ。まだアイリスは魔術に失敗して男になった、とは公表してないから」

「わかったよ、アレックス」


 その後、アレックスは王都へ、ミラとマシューはそれぞれの研究室へ戻った。


「——はあ……怖かった……」


 2人きりになると、圭人はイリアに抱きついた。


「ミラに変なことされた?」


 イリアは圭人の頭を優しく撫でる。


「うん……特殊な器具を使っていろんなところ見られたり、触られたり……」


 圭人は顔を真っ青にしながら言った。


「ミラは相変わらず強引ね……」

「イリア、怖かったから癒してくれる?」

「いいよ」


 イリアは頬を赤くしながら返事をした。


 その後、2人は寝室へ移動して体を重ねた。





 夕方。

 アイリスとイリアの寝室。


 日が沈みかける頃、圭人は1人でシャワーを浴びていた。

 イリアはまだベッドですやすやと眠っている。


「えーっ!」


 バスルームでシャワーを浴びていた圭人が大声をあげた。


「圭人、どうしたの——ええっ!?」


 バスルームに慌てて駆け込んできたイリアは、圭人の姿を見るなり驚きの声を上げた。


「圭人!? どういうこと!?」

「俺が知りたいよ! この体、どうなってるんだ!? 女になってる!」


 シャワーで体を洗っていた圭人は、突然体が女に変化して慌てていた。

 声も高くなってしまっている。


「圭人、あなたはアイリスに戻ってるわ……」

「嘘だろ!?」


 圭人はびしょびしょに濡れたままバスタブから出て、姿見の前に立つ。


「本当だ……」


 姿見に映る圭人は、金髪碧眼のアイリスそのものだった。


「とりあえず……ミラのところへ行きましょう。体を調べないと」

「また……?」


 圭人は顔を真っ青にする。


 この日から1ヶ月間、圭人はミラの研究室からほとんど出してもらえなかった……。





 1ヶ月後。

 ミラの研究室。


 薄暗い部屋にアイリスの姿をした圭人、イリア、アレックス、ミラ、マシューが集まっていた。

 圭人はバスローブのような形の服を纏い、サングラスのような魔道具で目を覆っている。


「圭人について報告します。圭人が男性の外見を維持するために必要なものは『魔力を含んだ特殊な光』です。その光がないとアイリスの外見のままだということがわかりました」


 4人の前に立つミラはそう言うと、右手の人指し指を立て、その先に小さな光の玉を出した。


「圭人、魔道具を外してこの光を見て」

「はい」


 圭人は立ち上がり、ミラの前に立った。

 そして、魔道具を外してミラの出した光をじっと見つめる。


 数秒後——。


「これはすごいね……」


 アレックスは男性の姿になった圭人を見て感嘆の言葉を漏らした。


「先ほどの光は特殊な魔力を豊富に含んでいます。それを吸収すると、圭人は男性になります。しかし、その魔力は永遠に体内に残るわけではありません。時間が経つと、圭人はアイリスの姿に戻ります。先ほどの光量と時間の組み合わせだと、持続時間は1分くらいです」


 ミラが話している間に1分が経ち、横に立っていた圭人はアイリスの姿に戻った。


「面白いね」


 アレックスは圭人を興味深そうに見つめていた。


「圭人は今後、この不思議な体をどうしたい?」


 アレックスの質問に圭人は考え込む。


「んー……いろいろ面倒なことが多そうだから、基本はアイリスのままでいいかな。必要な時だけ男になるよ」


 そう言った後、圭人は意味深な視線をアレックスとイリアに送った。

 2人はそれぞれ圭人に微笑みかける。


「わかった。圭人の意見を尊重するよ」



 圭人はそれ以降、寝室にいる時やミラの身体検査の時だけ男性の姿でいることに。

 この特殊な体のことを知っているのはフランケを含めた6人だけで、公表はしなかった。



***



 約1年後。

 圭人とイリアの寝室。


 ベッドで昼寝をしていたイリアは、目を開けると体を起こした。


「——イリア、体調はどう?」


 男性の圭人がベッドに腰掛けてイリアの頭を撫でた。


「圭人のおかげでよく眠れたわ」

「よかった。『アイリ』はしばらく起きないと思う」

「そう」


 イリアは横のベビーベッドで眠る女の子——アイリを愛おしそうに見つめる。

 アイリは昨日産まれたばかりで、圭人はずっとつきっきりで面倒を見ていた。


「ミラとマシューの子供を育てたから問題ない、と思ってたけど……。実際に産むとなると大変ね。疲労度が全然違う」

「俺も経験したからよくわかるよ。そうだ、お腹は空いてない? そろそろお昼だけど」

「空いたかも」

「じゃあ、10分くらいでアイリスに戻るから、その時に使用人に頼んでくるよ」

「ありがとう」


 イリアは圭人に抱きついた。


「ねえ圭人、私の願いを叶えてくれて本当にありがとう。圭人と私の子供ができるなんて本当に夢のよう」


 圭人は優しくイリアを抱きしめ、頭を撫でる。


「俺も夢みたいだよ。まさか俺が父親になるとは思ってなかったから」

「ふふふっ。本当だね」

「アレックスの子供として育てるから俺は父親と名乗れないけど、第2の母親としてアイリを一緒に育てるよ」

「うん。この子も他の子たちみたいに愛情をいっぱい注ごうね」


 2人はそっと唇を合わせた。


 

 END


 最後まで読んでいただきありがとうございました!


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乙女ゲームの女主人公になった男の恋愛事情 香月 咲乃 @kohakukinashi

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