第12話 イリアの尋ね人


 王宮、アイリス専用部屋。


 アイリスは今までに、偽イリアのミラから2回の魔術訓練を受けていた。

 今日はまだ3回目だが、あまりのスパルタに心は折れていた。


「——アイリスさん、今日はご気分が優れませんか? 顔色が良くない気がします」


 イリアは心配そうにアイリスの顔を覗き込んでいた。

 その優しい表情やしぐさにアイリスは顔を真っ赤にさせる。


 ——えっ……今日は久しぶりの甘々イリアさん!? この一瞬で俺、イリアさんに夢中なんだけど……。飴と鞭の配分が絶妙〜!


「いえ、大丈夫です!」


 一気に憂鬱が吹っ飛んだアイリスは、満面の笑みを浮かべた。


「よかったです」


 イリアもつられて微笑んだ。


 ——可愛い〜。悪役令嬢のふりした聖女かよ〜。きっと、心を鬼にして魔術練習はわざと厳しくしてるんだな〜。元の世界に帰りたいけど、やっぱりイリアさんは置いていけないよな〜。『一緒にこいよ』っていったら、ついてきてくれるかな〜?


 アイリスの妄想は膨らんでいた。


「——前の2回はかなり厳しくしてしまったので、今日はゆっくりしませんか? 王室へ入るまでの教育もお忙しい、というお話も聞きましたし」

「いいんですか?」


 ——正直助かる……。クリスとマシューと遊んだ以来、レベッカ先生と悪役イリアのスパルタでかなり参ってたし……。


「今日はたくさんお話をしましょう。いろいろ愚痴も聞きますから。美味しいお茶菓子もあることですし」

「はい!」


 2人はお菓子とお茶が置かれたテーブルにつき、談笑を始めた。


「——イリアさんは普段、何をされているのですか?」

「そうですね……主に魔術の研究ですね」

「具体的に伺っても?」

「話せる範囲は狭いですが、いいですか?」

「はい」


 イリアはお茶を一口飲んだ後、ゆっくりと口を開いた。


「私はハミルトン家繁栄のための魔術を研究しています。人体と魔力の関係性などですね。他には、世界中を旅して魔術に素質がある人物を探したりもしていますわ。今のところ、2人しか見つかっていませんが」

「2人ですか? 私以外に?」

「ええ。とても遠い国に住む少年です。この国に呼び寄せたのですが、残念ながら今は行方不明なのですよ」


 イリアは肩を落とした。


「それは大変なことになりましたね……。いつから行方不明なのですか?」

「約1ヶ月前です」


 ——1ヶ月前か……ちょうど俺がこの世界に来た時だなー。


「外見の特徴をお伺いしても?」

「ええ。黒髪、黒目、背は私よりも高くて……私よりも顔は薄めですね——」


 ——日本人系の顔か? 俺がイリアさんの探してる人だったらなー。まあ、外見がアイリスだから、違うよな……。


「あとは……」


 イリアはそう言いながら異空間収納を開き、黒い上着を取り出した。


「……これを着ている可能性がありますね」

「え!? それって……」


 アイリスは驚きで固まった。

 イリアが手にしていたのは、圭人の高校の制服だったからだ。


 ——なんで? 俺の高校の学ラン……。もしかして……。


「あの……『日本』という国を知っていますか?」

「え!?」


 今度はイリアが固まった。


 ——気のせいじゃないかも。


「えーっと……、もしかして、一ノ瀬圭人って名前の少年を探してます?」

「どうしてその名前を知っているのですか!? 私が探している人物なんです!」

「イリアさんはその少年のこと、どう思ってます?」

「どうって……」


 イリアは顔を赤くする。


「……魔術の才能があるので貴重な人物だと思ってます」

「それだけですか?」


 アイリスはドキドキしながら質問を続ける。


「ここだけの話ですが……実は、その人に恋を……」


 イリアは顔を真っ赤にし、もじもじしながら言った。


 ——まじかー! イリアさん、やっぱり立川さんだよ! やったー!!! いや、待てよ……俺は圭人だが、今はアイリスだ……。どうやって説明しようか……。


「そんなことより、アイリスさんはなぜその方の名前をご存知なのですか?」

「えーっと……イリアさんは立川愛梨さんで合ってます?」

「なぜその名前も? 私がその国で使っていた名前です。いったいなぜ!?」


 イリアは混乱していた。


「あの……立川さん、俺、こんな体だけど、一ノ瀬圭人なんだよ。信じてもらえるかわからないけど……」

「え?」


 イリアはさらに混乱し、口をパクパクさせていた。


「実は、携帯で乙女ゲームをダウンロードして始めようとしたら……この世界のアイリスの体の中に入ってしまってて……」

「えーーー!?」


 イリアは椅子を倒しながら勢いよく立ち上がった。


「一ノ瀬君なの!? ちょっと待って……さっきの言葉は聞かなかったことに……」

「いやいや無理だよ、立川さん。俺、ずっと立川さんのこと好きだったから。隣の席になってから」


 アイリスは自分の外見を忘れ、今は圭人として話していた。


「でも、数ヶ月しか一緒の高校に通ってなかったのに?」

「期間なんて関係ないよ。俺、今でも立川さんのことが忘れられなくて……。でも、この世界に来てからイリアさんに会って、好きになってた」

「あの……どっちのイリアが好きなの?」


 イリアはもじもじしながら聞いてきた。


「どっちって……?」

「3日前のイリアと、今日のイリア……」

「今日のイリアさんの方が好きだけど? イリアさんは2人いるの?」

「……うん、双子なの。内緒だよ?」


 イリアは顔を赤らめ、上目遣いで言った。


 ——かわいい〜!!! 写真ほしー!


「イリアは私の名前なの。私が世界を旅している時、双子の妹のミラが私を演じてくれてたの。あの子、ひどい振る舞いだからだんだん私の評判が悪くなって……。もう、本当に困ってるのよね」


 イリアは頬を膨らませた。


 ——その顔も可愛いから!


「イリアさんは、俺が圭人だって信じてくれる?」

「外見は違うけど、話し方とか、その人物しか知り得ない情報も知ってるし……信じるよ」

「よかった……」


 アイリスはホッとして脱力した。


「でも……その外見のままじゃまずいよね? アレックスとの婚約も不本意でしょ? 私のせいなんだよね……」


 イリアは気まずそうな表情を浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る