第4話 仔 犬

 ヒロは紫色のアサシンの装束に革で仕上げた胸当て、そして格闘術に適したグローブ。背中にはネーレイウスの残した刀を背負っていた。 


 その姿では、目立つので昼間は上に大きな布の真ん中に穴を開けたポンチョのような物を羽織っていた。


 それはネーレイウスが仕事あんさつに出かける時の正装を真似たものであった。


 長く伸ばした少し茶色がかった髪は後ろで結んでいた。ヒロは同じ年頃の男達と比べて決して背が高い方ではない。当目で見るとその容姿は女性と間違われるかもしれない。


 里から少し外れた場所に作られたネーレイウスの墓に手を合わせる。

 里におけるネーレイウスの存在は一目置かれており、墓も他の物と比べると少し上等に作られているようであった。


「爺、俺行ってくるよ。きっといつか俺があんたの仇を取ってやるからな」ヒロは立ち上がると墓を後にした。


 今回、ヒロに与えられた任務はアテナイ王国の若き王子であるオリオンという男の暗殺であった。君主として国を治める前に色々な物を学びたいと諸国を漫遊しているそうだ。それもお供も無しに一人で……。よほどの手練れなのか、もしくは世の中を知らない馬鹿な王族の王子なのだろうとヒロは考えていた。


 ヒロには馬などは与えられておらず、移動手段は、ひたすら歩き続けるだけであった。


 ちょうど小さな街にたどり着いた時に夜が暮れそうになっていた。ヒロには任務を遂行する為に五十万ガンの金銭が支給されていた。街で毎日真面目に働いて一月で稼げる金額が約十万ガンであるので相当な金銭であった。


 そんな金銭を見たことが無かったヒロにとっては、その価値を正確に把握することは出来ていないようであった。


「さすがに疲れたな……、ひとまず泊まる所と飯だな……」しかし何処に行けばいいのか皆目見当が着かずに結局あちらこちらを徘徊するような形となった。

 ふと目をやると、ある場所で人が沢山群がっている場所があった。なにか解るかと思いヒロもそこを覗きこんでみた。


「はい、見てらっしゃい!世にも珍しい珍獣だよ!!」男が手に手綱を握りしめている。そして反対の手にはむちがあった。男の手綱の先には三匹の小さな可愛らしい仔犬が繋がれている。


 犬自体は珍しい物では無いのだが、その仔犬達は普通のそれではなかった。彼らの体毛は、それぞれイエロー・マゼンタ・シアンと美しく、なかなかお目にかかれるものではなかった。


「さあ、お客様に芸をお見せしろ!」そう言うと男は容赦なく鞭を仔犬に放った。


「キャン!」そう鳴くとマゼンタ色の仔犬が倒れた。それを見てイエローの仔犬が牙を剥いて男に飛びかかり腕に噛みついた。


「痛てててて、この糞犬が!」そう言うと腕を振り落として、仔犬を地面に叩きつけた。その様子を見てシアンの仔犬が震えている。


「この!役立たずが!!」男は言いながら仔犬に鞭を奮おうとした。


「やめろ!」ヒロは反射的に飛び出して男の鞭を取り上げた。


「小僧!なんだ、俺の商売の邪魔をするつもりか!!」男は立ち上がるとヒロの顔を睨み付けその胸ぐらを掴んだ。ヒロにとってこの程度の男を足腰が立たない程度にしてやる事は容易たやすい事ではあったが、公衆の面前でその技を披露する訳にはいかなかった。


「すまなかった……、そうだ、この仔犬達を俺に譲ってくれないか?」ヒロは自分の胸ぐらを掴んでいた男の手を振りほどいた。

 男は捕まれたヒロの力が思いの外強かったのて驚いた。


「か、買うって言うのか?この犬達は珍しい犬種だ。なかなか言うことは聞かないが値段は張るぜ!」言いながら頭の中で、計算をしているようだ。

 ヒロはしゃがみこむと、倒れていたマゼンタ色の仔犬を抱き上げて傷の具合を確認した。


「そ、そうだ一匹につき十万ガンだ。三匹で、……さ、三十万ガンだ。びた一文負けねえぞ」男なりに吹っ掛けているつもりのようであった。


 ヒロは胸元に手を差し込むと財布を取り出した。男は刃物でも飛び出すのではないかと驚いた様子であった。


「これで足りるか?」ヒロは財布の中から鷲掴みにお札を掴むと無造作に渡した。

 男は受け取った札をゆっくりと数えた。どうみても男の要求した三十万ガンより多かった。


「あ、ああ……」男に差額を返す気は無いらしい。


「それではこの三匹は俺が貰っていくぞ」ヒロは三匹の手綱を受けとると、その場から離れた。そして、食べ物の匂いを頼りに店を見つけて中に入り鶏肉を炒めた料理を食した。そして店主に器を三つ借りて自分の残した食料を仔犬達に与えた。どうやら、仔犬達ははお腹を空かせていたようで、むさぼるように食らいついた。


「ゆっくりお食べ。食べ物は逃げないからね」言いながらヒロは仔犬達の頭を優しく撫でた。


 先ほどこの仔犬達を助ける為に、所持していたほとんどを金を男に渡してしまったので、ヒロには宿に泊まるほどの金銭は残っていなかった。

 仕方なく先ほど食事をさせてもらった店の店主にお願いして隣接する物置の中で一晩泊まらせてもらう事を了承してもらった。


 仔犬達の空腹が満たされたようで、寝転ぶヒロに甘えるようにじゃれついてくる。

「あはは、お前たち……、くすぐったいよ」イエローの仔犬を持ち上げると、仔犬はヒロの顔をペロペロと嘗めた。緊張の糸が切れたようにヒロの気持ちがずいぶんと楽になった気がした。


 ふと目をやると仔犬達の首には、黒い首輪が巻かれている。ヒロは、それを一匹ずつ外してやる。仔犬達は嬉しそうにその尾っぽを激しく振った。


「これでもう、お前達は自由だよ。好きな所に行くといい」仔犬を自由にしてやるといっても、彼らが自分達で生きていけるかどうかは、ヒロにとっても懐疑的ではあったが、アサシンとして定住する場所のない自分に、仔犬達を飼ってやることは出来ない。せめて、今夜だけはこの仔犬達を安心して寝かせてやろうと思った。


「おやすみ」ヒロはそう言うとゆっくり目を閉じてた。そして、仔犬達もヒロに寄り添うように眠りについた。


 久しぶりにゆっくりと眠れた気がした夜であった。

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