第5話 最悪な別れ 後編

「...........は?」


 思わず呆けて口を半開きにしてしまった。僕をパーティーから追放する理由は、散々今まで言われてきたことなので理解できる。

 けど、今ロットは、死んでもらうと言った。それはつまり.......?


 僕の内から湧き出た疑問を察して答えたのは、リィナだった。


「ユーリスがいると、辛いの.......。自分のしてることの罪悪感に、押し潰されそうになる」


 彼女は涙を絶え間なく流しながら、訴えかけてくる。


「ユーリスのことがいつも頭によぎって、もう一人の私が私のことを軽蔑するの。お前は何をしてるんだ、なんで愛しの幼なじみを裏切るんだ、て」


「リィ、ナ.......」


「ユーリスのことは、好きだよ。でも、私はロットのことも好き。積極的に愛してくれるロットのことも、大好きなの.......!」


 声が出ない。思考も回らない。口の中が、急速に乾いていく。


「そんな矛盾が、すごく苦しいの。だから、私は選んだ。私を選んでくれないユーリスではなく、私を率直に愛してくれるロットと生きようって」


 ────脳内に、昨日の出来事がフラッシュバックしてきた。昨日のあの問いは、恐らく彼女の決断を左右する最後のターニングポイントだったのだろう。

 僕は、想いを告げなかった。まだ僕には、その勇気がなかったから。しかしそれは、彼女にとっては『自分を選ばない選択をした』ということになるのだろう。

 これからいくらでもチャンスがあると思っていた。彼女は待っていてくれると思った。そんな僕の、落ち度だったのだろうか。


「もう、一緒にいられない。けど、単にパーティーを脱退してもらうのも、ダメなの」


「どうして.......?」


「ユーリスが生きてる。どこかで私のことを見ているかもしれない。私の知らないところで幸せになっているかもしれない。そう思っただけで、私は気が気じゃないの」


 彼女は両手で顔を覆いながら、消え入りそうな声で告げてきた。そんな言葉が、彼女の口で紡がれたことが信じられなかった。まるで彼女そっくりの傀儡に話しかけられているように感じる。

 いつの間に、彼女はここまで変わってしまったのだろう。これも全部、僕が悪いのか.......?


「ふざけんのも大概にしな」


 自己嫌悪の渦に飲まれそうになった時、隣の少女の声が響いた。


「そんなの全部、あんたの都合の押し付けじゃん。なに遠回しにユーリスが悪いみたいな言い方してんの、気色悪い」


「キリカは、わかってくれないの.......?」


「あのさ。人に無条件で理解を求めるの、やめてくんない?それなりに長い時間過ごしたかもしんないけど、それでも他人のあんたの気持ちを理解するなんて無理。それはユーリスだって同じことだよ。幼なじみだからって、あんたの全てを理解するなんてこと、できっこない。ユーリスに自分の抱えている想いをちゃんと告げなかったあんたも悪いに決まってんでしょ」


 キリカは一つため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。


「最初出会った時は、いい友達になれるかもとか思ってたんだけど。見当違いだった」


「.......もういい!ジェイロ、ゴード!」


 唐突にリィナは声を張り上げた。それに呼応するように、僕達の後ろで気配を消していた二人がにじりよってきた。


「ちっ.......!」


 キリカは舌打ちしながらレザーシースに手をかける。


「.......え?」


 しかし、そこにナイフはなかった。


「お探しのものは、これかい?」


 そう言ってジェイロが見せびらかしてきたのは、キリカが愛用していた二丁のダガーナイフだった。


「いつの間に.......!」


「こういうのは得意分野なんでね」


「確かにお前は強いが、武器がなければただの女だ」


「ゲスが.......!」


 キリカが毒を吐くと、ロットは高らかに笑った。


「そいつらは元々、性犯罪や窃盗罪を犯した咎人だ。手口が鮮やかだったろう?」


「はぁ?そんなヤツらをパーティーに入れるって、あんた正気なの?」


「実力は確かだからな、そこのポンコツよりはよっぽど役に立つ。けど、条件があってな〜。お前を抱かせろって言ってきたんだよ」


「なっ.......!」


「まあ、お前は絶対に応じないだろうとわかっていた。だから、このクエストを受けたんだ。洞窟であれば、強姦しようと誰かに見られる心配もない。そしてお前の動揺を誘える話しをして、その隙に丸腰にしちまえば、お前は抵抗できない。ついでに洞窟ならば無黒インフェリアの処分にも使える。どうだ、我ながら天才だろう?」


「.......ほんと、落ちるとこまで落ちたね。クズ野郎」


「なんとでも言えよ。現にお前は得物を奪われ、無防備だ」


 ジェイロとゴードは、瞳をギラつかせながらキリカに近づいていく。


「大丈夫だ。そいつらは上手いからな。すぐにハマるさ」


「そ、安心しろよ。すぐにヨがらせて、俺たちから離れられなくしてやるよ」


「ああ、早く抱きてぇ.......。こんな美人、一生縁がないと思ってたから、滾っちまうぜ」


 男達は、遂にキリカに手を伸ばした。


 しかし、それが届く寸前で、僕はそれらを片手で弾いた。


「やめろ!」


 ダメだ。彼女だけは守らないと。こんな僕を最後まで見捨てないでいてくれた、彼女だけは.......!


 しかし、無黒インフェリアの僕では歯が立つはずもなかった。


「ってぇなッ!!」


 ゴードの振るった拳をモロに受けて、背後へ吹き飛ばされる。地面を擦過していき、ロット達の足元にまで至った。


「ゴホッ.....ゴホッ.....!」


「ユーリス.......!」


「お前はこっちだ!」


 こちらへ走り寄ろうとするキリカの手をゴードが掴み、後ろ手に縛る。


「放せ、クズども!」


 キリカは振り払おうと必死にもがくが、到底抗えるようなものではなかった。

 完全に手中に収めたと確信したゴードとジェイロは、キリカの体を情欲にまみれた手でまさぐる。


「そんじゃ、楽しませてもらいますか」


「服が邪魔だな」


「やめ、ろ.......!」


 僕は未だ衝撃と痛みの残るみぞおちを抑えながら、無理やり立ち上がった。


「キリカ.......!」


 そして、がむしゃらにキリカの元へと駆け出す。


 しかし、その一歩目で肩を掴まれ、動きを止められた。


「てめぇはそっちじゃねぇ、よ!」


 ロットに肩を引っ張られ、そのまま後ろに放り投げられる。


 そこは、奈落の入口。浮遊感が体をつつみ、恐怖が脊髄を突き抜けていく。


「ユーリス......!!!」


 重力に引かれ、奈落の闇に引きずり込まれていく。


 その刹那、時間がゆっくりと流れるような感覚に陥る。キリカの叫声。ゴードとジェイロの獣のような唸り声。ロットの薄ら笑い。


 そして────。





「じゃあね、ユーリス」





 恍惚とした表情を浮かべた最愛の幼なじみが、そこにいた。

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