第4話 最悪な別れ 前編

 進むこと、数十分。少し開けた場所に出た。


「なんだ、これ」


 先頭を歩いていたロットは不意に立ち止まる。そして、ランタンを前に突き出し、下を覗き込む。


「下が見えねぇ」


 そこには、奈落と呼んでも差し支えないほど深く、大きな穴が空いていた。

 他に通じる道もないため、ここで行き止まり。恐らく、終着点だ。


「ここらが潮時か」


「ああ、そうだな」


 ロットはそう言うと、不気味に口角をあげた。


「こんなおあつらえ向きの穴があるとは思わなかった」


「.......?」


「周りにゴブリンの気配もないしな。少し、話しをするか」


 ロットの笑みが深まる。なんだろう.......。と、首を傾げていた僕に、ロットは人差し指を突き立ててきた。


「───ユーリス。お前は、クビだ」


「え.......?」


「このパーティーから追放するっつってんだよ」


 クビ.......?追放.......?


 唐突な宣告に、頭の理解が追いつかない。そんな僕に代わり、キリカが口を開いた。


「は?何言ってんの?とうとう頭イカれちゃった?」


「これは俺が決めたことじゃない」


 そう言うと、ロットは隣にいたリィナを抱き寄せた。


「俺と───リィナで決めたことだ」


「は.......?」


 まるで、言っていることが理解できない。ロットとリィナが決めたって、そんなこと、あるはずがない。

 だって、リィナは───。


「お前はなんにも知らないんだな」


「なんの、こと?」


「リィナはもう、俺のもんなんだよ」


 ロットはさらに強くリィナを抱き寄せた。しかし、リィナは反抗どころか、抗議の声すら上げない。まるで、そうされているのが当たり前のような。ロットの胸の中にいるのが心地良さそうな。

 そんな感情が、見え隠れしていた。


「お前、リィナに惚れてたんだろ?」


「..............!」


「見てりゃわかる。そして、リィナも同じように、お前のことが好きだったんだよ」


 思わず目を丸くし、リィナを見やる。リィナは何も言わず、ただ一度頷いた。

 そうだったらいいなと、もしかしたらそうかもしれないと抱いていた、微かな希望。それが、思わぬ形で成就したのだ。

 本当なら歓喜に打ち震え、涙を流していたことだろう。けど、こんな状況では、とても手放しで喜べはしなかった。


 そんな僕の心情を察してか、ロットは言葉を続けた。


「けど、いつまで経っても仲は進展しなかった。互いに奥手だったからだ。そんな状況が続いて、リィナの中では鬱憤と寂しさだけが溜まっていったんだよ。お前、気づいてたか?」


 ロットに問われ、ドクンと高く心臓が跳ねた。そんなこと、知らなかった。だって、そんな素振りを見せたことなんて、今まで一度もなかったから。いつも活発で、明るくて、臆病な僕の手を引いてくれて───。

 いや、それこそ無理をさせていたのかもしれない。僕に心配させまいと、彼女は僕の望む『リィナ・レイレル』でいようと努めていたのだろう。不安も、不満も、抱え込んだまま。


「そんな寂しさを、俺は埋めてやったんだよ。最初は嫌がってたけどな。一度無理やりした後は、段々リィナの方から求めてきたんだ」


 ロットは愉悦に浸った顔で、軽快に言葉を紡ぐ。


「元々リィナを堕とす目的でこのパーティーに入ったんだがな、こんな簡単に籠絡できるとは思わなかったぜ」


「や、めて.......」


「知らなかっただろ?お前の隣の部屋では、息を必死に潜めながら、俺の上でリィナが喘ぎ散らかしてたってことをな.......!」


「やめろ──!!!」


 無意識のうちに、喉を削るような叫声を上げていた。頭のてっぺんから足のつま先まで、全身の力が抜けていく。膝から崩れ落ち、その場に蹲った。


「やめて、くれ.......」


 行き場のない感情が、胸の中で暴れ狂う。脳は焼ききれそうなほど熱く煮えたぎっていた。しかし、体は異様に肌寒く、震えが止まらない。歯を食いしばりすぎて、口の中に血の味が広がる。涙が地面を濡らし、視界を歪ませる。

 聞きたくない。聞きたくなかった、そんなこと。知らないままで良かった。知ったとしても、僕自身が気づけばよかった。他人の口からなど、知りたくなかった。

 そこら中に散らばっていた違和感を、一つ一つ拾い上げていれば、こんな想いをすることはなかったかもしれない。


「ユーリス.......」


 リィナの弱々しい声が響き、僕は顔を上げた。彼女は頬に涙を伝わせ、僕に語りかける。


「ごめんね。私、もう汚れちゃったの」


「リィナ.......」


「けど、あまり後悔はしてない」


「......え?」


「だってロットは、私を素直に、ストレートに愛してくれる。私を、満たしてくれるから」


 リィナは自分から唇を差し出し、ロットに口付けをした。二人はそれだけに飽き足りず、互いの唾液や舌を粘っこく絡ませた。


「ん........ちゅる.......ちゅ.......んちゅ.......はぁ.......」


 その光景を、僕は呆然と眺めていた。僕を嫌悪し、罵り、迫害し続けた男と、僕を庇い、鼓舞し、励まし続けてくれた幼馴染。そんな二人が愛し合うその様は、まるで臓物を見せびらかされているような気持ち悪さがあった。

 生理的嫌悪に肌が泡立ち、吐き気が止まらない。


「ん、はぁ.......はぁ.......。まあ、そういうことだ。わかったか?」


「.......わかったか?じゃないし」


 僕の横に座り、優しく背中をさすってくれたのは、キリカだった。


「ようするに、女が弱ってるとこにつけ込んで強姦しただけでしょ?それに流される方も流される方だけど」


「こいつは俺のテクに溺れちまったんだよ」


「きっしょ」


 キリカはそう吐き捨てた。その表情には鋭い怒気が纏われていると言うのに、言葉も雰囲気も恐ろしく静かだった。明確な理由はわからないが、彼女も相当頭にきてるらしい。


「そもそも、お前に俺達を責める権利があんのか?」


「は?」


「気づいてたんだろ?俺達の関係を。知っていて、黙っていた。これはもう共犯と言っても差し支えないんじゃないか?」


「知ってた、キリカが.......?」


 僕は彼女の横顔を見やる。キリカは唇を薄く噛み、眉をひそめていた。


「どうせ、ユーリスが知ったら可哀想、とか思ってたんだろ?けど、そのせいでユーリスは今こうして深く傷ついてる。これは、お前のせいでもあるだろ?」


「それは.......!」


 キリカはさらに表情を歪ませた。声を何度か発しようとしていたが、キリカはその度に言葉を呑み込んだ。

 反論の声が来ないことに、ロットは満足気に微笑む。

 僕はそれが我慢ならず、思わず声を上げた。


「それは、違う」


「ユーリス.......?」


「キリカは、何も悪くない。責められる筋合いもないよ」


 たとえ、キリカが知っていたとしても。それを隠していたとしても。キリカを責めていい人間など、この場にはいない。

 普通に考えて、彼女は余計な騒ぎに巻き込まれた被害者だ。そこに落ち度など、ありはしない。


 だから、僕は彼女の瞳を見つめながら、告げたのだ。


「ありがとう、キリカ。ごめんね」


「..............」


 彼女はどこかバツが悪そうに顔を伏せた。罪悪感か、悔しさか。明言はできないけど、彼女が傷ついているのは確かだった。

 そんな様子に、申し訳なさがより一層僕の中で増していった。


「ふん。なんにせよ、お前はパーティーから追放だ」


 ロットはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「役立たずでどうしようもねぇ野郎だからな。このパーティーにいる価値なんてねぇんだよ。無黒インフェリアがいるFランクパーティーだとバカにされる日々も、今日で終わりだ。デメリットしかない穀潰しには───ここで死んでもらう」

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