大海の彼方へ

雨世界

1 ある日、世界は海の中に全部沈んでしまった。

 大海の彼方へ


 プロローグ


 ある日、世界は海の中に全部沈んでしまった。


 みずみずしい世界へ、ようこそ。


 ……君の夢のいい匂いがする。……それから、私の希望の匂いがする。二つの匂いが混ざり合う。

 風に乗って、……遠くの世界に消えていく。


 本編


 今、私たちは、大海の向こう側へと漕ぎ出していく。


 海のなかから、物語(世界)は始まる。


 私は深い海の中にいた。

 その中で丸くなって、ただじっと、息が続く間、すごく安心できる世界の中で、穏やかな気持ちのままでいた。


 やがて、私は目を開ける。


 するとそこには、透明な海の水と、そして海面から差し込んでくる、きらきらとした太陽の明るい光と、暖かい海の中を泳ぐ、たくさんの魚たちの姿があった。


 私はそんな美しい景色を見て、思わず海の中でにっこりと笑った。

 私の周囲には、ごつごつとした岩肌のような地面があって、そこには色とりどりの珊瑚礁が生息していた。

 

 私はその珊瑚礁を少しの間、見つめてから、ゆっくりと丸まっていた体を大きく動かして、手と足を広げて、くるりと海の中で一回転すると、そのまま海の水を両足で、蹴って、少し上のところにあるきらきらとした明るい海面を目指して、海の中を上に、上に向かって、ゆっくりと泳いで行った。


「ぷはぁ」

 と、海面に顔を出すのと同時に私は、思いっきり新鮮な空気を体いっぱいに吸い込んだ。

 気持ちいい。

 そのまま私は、ゆったりと海の上に浮かびながら(私の体は半分くらい、海の中に沈んでいた)青色の空と白い雲の中に浮かんでいるとても高い場所にある美しい夏の青空を、明るくて眩しい太陽の光に目が痛くならないように注意しながら、手で影を作ったりして、しばらくの間、じっと見つめていた。

 それは私のいつもの午後の時間の過ごしかただった。


 こうして海の中にいると、すごく安心できた。

 私にとって、世界とは、つまり海のことであり、海とはつまり、世界の全部のことだった。


 気持ちのいい風が吹いている。

 静かな風。

 透明な目に見えない風。

 ……私の知らない世界の果てから、強く、意志を持って、吹いていくる風。


 目をつぶり、私は少しの間、私自身ではない、違うものに変化した。


「いつまでそうしているつもり?」

 そんな声をかけられる。(その声で、私は私に戻った)

 見ると、私の漂っている海のそばに、小さな白いボートがあった。


 その小さな白いボートに、君が乗っている。

 そこからじっと、ボートの縁に両手を乗せるようにして、体を少し出した状態で、笑顔で私を見つめていた。


「ごめん。もう少しだけ、こうしていてもいい?」

「いいよ。でも、本当に、もう少しだけね」

 そう言って、君は世界を浄化する、綺麗な風の中で、にっこりと笑った。


 青色の空の高いところで、かもめが小さな声で鳴いている。

 それから、今までよりも強い風が、吹いた。


 ……今までとは少しだけ違う、なんだかとても、……不吉な風。

 今夜は、もしかしたら、嵐になるかも知れない。

 そんなことを私は思った。

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