黄金の旅路

 ***

「熱が下がらない。今夜が山場かもしれない」

「あなた……。やっぱり街に行って治癒師を…………」

「駄目だ。ジグの体は魔力不足でかなり弱っている。治癒師が行っている治療には耐えられないだろう。あれは魔力を薬で無理矢理増幅させる物だし、それに街に行ってもここに帰って来られるのは一〇日はかかる……やれる事は全てやった。悔しいが後はジグの生命力に賭けるしかない」

「ジグに私の魔力を注いであげられれば……!」

「その話はやめろ。そもそも禁忌の類だ。どんなに相性が良い魔力でも必ずどこかに後遺症が残る。精霊か神でも無い限りな」

「じゃ、じゃあリンなら!」

「やめろ! あの子が無の魔力を宿しているのは知っている。だが、存在していないとされる魔力を人の体に移したらどんな事が起こるかわからん。最悪の場合、ニゲル・アーラに感づかれて私達一家は罰せられる……」

 パパとママが灯りを落とした一階で話している。暖炉の火がパチパチと音を立て、赤い光だけが二人の顔を照らしていた。

 ああ……これはジグが熱を出した時の夢なんだ。私はぼんやりと理解する。そのまま私の体はまるで映画を観ているように勝手に動き、足音を立てないように二階に上がるとジグの部屋へ忍び込む。ベッドで寝ているジグは苦しそうな呼吸を繰り返していた。

「ジグ、今助けてあげるね。パパとママは心配していたけれど、私の魔力は大丈夫だよ」

「……お、姉…………ちゃん?」

「シー……。静かにね」

 息も絶え絶えなジグの目にそっと私は手を置き、つむらせる。魔力を息と一緒に吹き込むイメージを浮かべ、ジグの額に唇を落として……そして私は意識を失った…………。

 ***


「ん……。あれ? ジグ?」

 まだ夜は明けていないが、早起きな鳥の声で目が覚めた。隣で寝ていたジグはトイレにでも行ったのか居ない。

「んー。時間的には丁度良いし用意しますか」

 モソモソと起き出し、ランタンを灯して鏡台の前に座る。

「髪、かさないとね」

 ママが私の髪は綺麗だから絶対にお手入れを欠かさない様にって言うのよね。お金に困った時売れるからって。

 ……この世界で初めて鏡を見た時、驚いたのはリン……つまり私の容姿だった。

 透き通るような銀の髪。しかし、朝陽に当たると太陽の色に似た金、夜の月に照らされると氷のような銀色。そしてブルーアゲート……青瑪瑙めのうに似た淡く青い蒼い瞳。肌は日本人とは異質の白さだった。つむぐの時もあまり建物から出ないせいで肌は白かったけれど、黄色人種のそれとは違い、ミルクのような白さだった。肌が弱いせいか太陽の光を素肌に浴びるとすぐに赤くなってしまってよく両親に心配されたけれども。

 クスリと笑みを漏らしてしまい、少し反省。感傷に浸ってしまった自分ごと置いていくように櫛を置いて寝間着から着替えて貝殻のネックレスを着ける。これは太陽の熱と光を軽減する魔術がかかっているものだ。草で編まれたサンダルから旅用にしつらえたブーツに履き替えて、魔術師見習いが着る足元まで覆うローブを被る。サラサラと滝の様に零れ落ちる髪を魔力糸で編んだ紐でくくって居ると唐突にドアがノックされた。

「リン起きてるかい?」

「起きてるよ。どうぞー」

 私が返事をするとドアが開けられ、パパとジグが入ってきた。

「おはようリン」

「あ、パパおはよう。ジグもおはよう」

「おはよ……」

 ジグがちょっと拗ねたような照れたような複雑な表情をしている。んー、昨日一緒に寝たのが恥ずかしかったりするのかな?

「ホラ、ジグ。渡す物があるんだろう?」

 パパがジグの肩を両手でそっと押すとジグは私に近付いて、後ろ手に隠していた手袋グローブを差し出した。

「わ、凄い!? どうしたのこれ!?」

 黒い革手袋グローブ。光沢は無いが手首をしっかり固定する為にベルトが付いており、実用的に作られているのが一目でわかる。

「ジグと二人で作ったんだよ。沼に棲む黒曜こくよう蛙。そのボスの皮だ」

「姉ちゃんに喜んで貰いたくて。水に強いし光も通さないから魔術師が実験の時によく使うんだって」

 パパとジグの説明に私は目がうるりと滲む。

「ありがとうジグ! パパ!」

 そのまま二人を交互に抱きしめて手袋グローブを受け取り、着ける。サイズもピッタリで手に馴染んだ。ヒンヤリとした感触が指に心地良い。

「旅行鞄を持ってあげなさい。ジグ」

「わかった。姉ちゃん、忘れ物は?」

「ありがとう。ドール入れて帽子被るからちょっと待ってね」

 ドールとハンドルを鞄にそっと入れて頬を撫でながら呟く。

「しばらく窮屈だけれどごめんね」

 トンガリ帽子を被り、鞄をジグに任せる。身軽なので軽快に階段を降りた。後ろから付いてくるジグが重いとか何とかブツクサ言ってたけど気にしない。そりゃ生活必需品一式入ってるし、姉とは理不尽な物なのだ。ふはははー。

 ……なんて、もうこんな事しばらくできないんだけれどね。一抹の寂しさを感じながら外に出ると空はもう白み、明るくなって様々な鳥がさえずっていた。

「リン、はいこれお弁当と箒。日焼けしないように気をつけてね」

 ママが小さめのバスケットと私の箒を持って待っていてくれた。

「ありがとうママ。それから私も皆にプレゼントがあるの」

 私はポケットから布で作った四体の人形を取り出して皆に渡した。

「お守り。家族皆の分を作ったの。いつまでも無事に暮らせますようにって」

「まぁ、可愛いわね。フフ、ジグもパパもそっくり」

「オレこんなに性格悪そうな顔してねーし!」

 照れたような態度のジグが鞄を私に背負わせるとその重みで少したたらを踏んでしまったが、パパがそれを支えてくれた。

「おっと危ない。……そう言えばゲルドも見送りに来るとか言ってたが。来ないようだな」

「ありがとパパ。ゲルドかぁ……まだ寝てるんじゃない? 朝も早いし」

 私は二歳年上ないじめっ子の顔を思い出してゲンナリした。少なくとも旅立ちの日にちょっかい出されるのは嫌だ。転生して精神的にこちらが大人だと言っても体格の差があるのでちょっとした悪戯でも怖いのだ。

「そうか。ま、修行が終わって会う事があったらお礼の一つでも言っておきなさい。黒曜こくよう蛙を捕まえるのもよくウチの食卓に出していた鳥や獣の肉もゲルドが猟を手伝ってくれたからな」

「え、初耳」

 パパの言葉に耳を疑う私。

「男って照れ屋さんが多いからね。パパも私が魔術修行している時はヤンチャだったのよ~」

 ホホホと笑うママに釣られて微妙な笑顔を浮かべるパパ。あのゲルドがねぇ……知らなかった。ちょっと見直したかも……イヤイヤ! 違うでしょ! そんなに私はチョロくないんだからね! ご、ご飯なんかに釣られないんだから!

「じゃ、じゃあ行ってきます。ジグも元気でね!」

 少しだけ物思いに耽ってしまった私はかぶりを振り、箒に腰掛けてトンと爪先で地面を蹴る。ゆっくりと浮かぶ私にジグの声がかけられた。

「姉ちゃんガンバレ!」

 見下ろすとジグの目の端に光るたまが浮かんでいた。マズイ、口を開いたら私も泣いちゃうじゃん。無理矢理に笑顔を作って片手を振る。段々と小さくなる家族の姿を目に収めて、私は気持ちを切り替える為に青く晴れ渡った空を仰いだ。


 ***


 村の端まで行くと麦畑が広がる農地だ。朝焼けに照らされた麦達はまるで金色の絨毯みたいに見えて、私の門出を祝ってくれる気がした。

「あー……。感傷的になっちゃってるなぁ私。でもいっかな、ここまで来たら泣いちゃっても。……ってアレ?」

 麦畑の真ん中で赤い旗みたいな物を振っている案山子かかしが居た。

「いや案山子かかしじゃない! ゲルド!?」

 しかも満面の笑顔で。

「何してんのよアイツは」

 私がゲルドの存在に気が付いたと察した彼は次に地面を指差した。

「何……って、ええええっ!?」

 そこには倒された麦で文字が書かれていた。まるでミステリーサークルのように。

『ガ・ン・バ・レ・リ・ン』

 私が文字に気付くとゲルドは胸を張りながら旗を大きく振り始めた。はためく音が空高く飛んでいる私に届くほどに。

「もう、馬鹿ね……。収穫近い麦を踏み倒しちゃって……後で怒られても知らないから」

 私は苦笑すると大きく円を描くようにゲルドの上を飛び、小さく手を振った。彼は視力良いしこれで見えるでしょ。

 旗の音は応援するように私の背を押していつまでもいつまでも響いていた……。



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ぽむぽこりん! 春川ミナ @minaharukawa

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