第15話 友人の妹が作ってくれた味噌汁が美味しい話

「お待たせしました~」

「うわぁ、いい匂いだね……!」


 一緒に食材を買いに行ったので驚きはないが、食卓に並んだのは焼き魚、味噌汁、漬物、そして白米というザ・和食。

 普段、なにか食べたいものと考えると、焼き肉とか寿司とかラーメンとかが浮かんでくるけれど、なんやかんやで一番嬉しいのはこういうシンプルな和食かもしれない。

 誰に刷り込まれたでも無いだろうけど感じるこの安心感。日本人は米と醤油でできてるというのもあながち間違いではない……!


 頂きますと手を合わせ、早速味噌汁から食べる。


「美味ぁ……」


 期待を裏切らない味噌と出汁の風味に、ちょっと爽やかさも感じる。なんだか落ち着く味だ。

 つまり、美味い。文句なく美味い。高級料理を食べるのとは、多分違う感動がある。


「舌に合ったみたいで良かったです」

「いや、天才的だな、本当に美味しいよ」

「褒めすぎですよ。なんでもない、普通にスーパーで売ってるものを合わせただけですし」

「いやいや、そこがいいんだよ。庶民感……って言うと悪口みたいに聞こえちゃうかもだけど。実際庶民の俺にはスーパーの食材くらいが一番しっくりくるんだよなぁ~」


 まぁ高級料理なんて食べた経験殆ど無いけれど。

 でも今の、食の殆どをコンビニ弁当とカップ麺のみで賄っている俺が高級料理なんて食べたら逆に胃がビックリして腹を壊しそうにも思える。

 その点、朱莉ちゃんの料理は実に丁度良かった。丁度いいオブ丁度いいだよ、これ。


「このちょっと爽やかな感じは? 凄い好きなんだけど」

「すっ……って、お味噌汁の方ですよね。大丈夫、流石に分かります」


 朱莉ちゃんは一瞬動揺したように目を丸くしたが、すぐに気を取り直すと自分に言い聞かせるように何かをぼそぼそ呟く。


「先輩が感じられたのは生姜ですね」

「生姜……なるほどねぇ」

「はい。風邪にいいって言いますけど、私はこの味が大好きで普段から入れるようにしてるんです」

「確かに体に良さそう……でも、俺も好きだな、この味」


 素直にそう言うと、朱莉ちゃんは照れたように俯いた。


「えへへ、ありがとうございますっ」

「俺もまさか1人暮らしで、こんなに美味しいご飯が食べられると思ってなかったなぁ……」

「これからは毎日作りますよ! 大丈夫です、私、料理大好きなので!」

「それは本当に甘えたくなっちゃうな……」

「はい、甘えてください!」


 正直、自分で言っておいてあれだが、年下の、しかも友達の妹に甘えるっていうのは人としてどうなんだろうか……

 などとそれらしいことを考えていた俺であったが、次いで食べた焼き魚も本当に塩で焼いただけかよってくらい美味かったし、買っただけの漬物、炊いただけの白米も美味かった。

 多分、手間暇かけられた味噌汁の味と、言葉にすると少し恥ずかしいが朱莉ちゃんの真心が余計にそう感じさせているんだろうな……。


 程々に雑談しつつ、夕食を終える。凄い満足感……。

 洗い物を手伝おうと思ったのだけれど、「私の仕事ですからっ! 先輩はゆっくり食休みしててくださいっ!」と断られてしまった。良い子すぎる。良い子過ぎて駄目になっちゃいそう。……いや、元々自炊ドロップアウト学生の俺は駄目人間なのかもしれないけれど。


「朱莉ちゃんはいい子過ぎるな……一度この味を知ってしまったら朱莉ちゃん抜きで生きていけなくなるんじゃ……」


 床に転がり、腹を撫でながらしみじみとそんなことを思っていると、洗い物を終えた朱莉ちゃんが部屋に帰ってきて――


「ふぁーっ! 疲れたぁーっ!」

 

 パタパタと足音を立てながらダイブした――俺のベッドに。


「ふぃー……あれ? なんか違和感が――あ」


 頬をすりすりと気持ち良さげに擦り付け、けれどすぐに何かに気が付いて身を起こす朱莉ちゃん。そして、そんな様子を呆然と見ていた俺と目が合った。

 彼女の顔がじわじわと赤らんでいく。おそらく羞恥から。


「こ、これ、先輩のベッド……!?」

「あはは、そうだね」


 なんて返せばいいのか分からず、苦笑しつつ頷く。

 それで余計に自分の状況を理解したのか、顔を真っ赤にさせ、うっすらと涙を浮かべてしまった。


 いや、確かに驚いたけど、まぁ疲れたらベッドでゴロゴロしたくなるっていうのはよく分かるから、責める気なんか毛頭無いっていうか、むしろ俺が普段から使い倒しているベッドだからな……スメルハラスメントになっていないかが心配だ。

 まぁ、俺が寝ていなかったのは不幸中の幸いだっただろう。俺が寝ているところに朱莉ちゃんが飛び込んできていたら本当に悲惨だったと思うし。


 なんてことは流石に言えないので――


「俺のベッドで良かったら好きに使ってもらって構わないよ」


 と、微妙なフォローを入れておく。自分で言っててどうなんだって感じもするけれど、逆にそれ以外に言い方も無かったのだから仕方がない。


「あ、その、先輩。こ、これは癖みたいなもので、その、実家にいた時は、家事とか終えたら結構こんな感じで……」

「別に大丈夫だよ。俺も家事やってた時とか、課題終わった時とかそんな感じだったし、凄く気持ちは分かるよ」


 何故か何かやり遂げると意味無くベッドに転がりたくなっちゃうんだよなぁ……。

 朱莉ちゃんも元気そうに振舞っているけれど、やっぱり疲れているのだろう。今朝も起きなかったし、無理に疲れを貯めさせちゃうのは、彼女には勿論、俺に彼女を預けている昴にも申し訳が立たない。


「朱莉ちゃん、なんだったらそっちで寝る?」

「ふぇっ!!?」

「ベッドの方が落ち着くならその方がいいし。俺は床でも問題無いし」

「わ、わわ、私が先輩のベッドに!!? そんな、いいんですか! これに関しては形だけの遠慮なんかしませんよ!? 即受け入れますよ!?」

「そ、そんなにベッドがいいんだ……もちろん、全然構わないよ」


 まぁ、女の子を自分のベッドに寝かせるというのは色々と恥ずかしいけれど、生憎このベッドだとそんな心配もない。


「ごめん、ちょっとだけどいて。このベッド、マットレスの上に布団敷いてるだけのやつだから、朱莉ちゃんが持ってきた――いや、買ってきた? 布団と入れ替えちゃうから」

「え? あ、そうですか……」


 俺の提案、というか当然の対処に、何故か朱莉ちゃんは勢いを弱めた。まるで落ち込んだみたいに。

 それが何故かは分からなかったけれど、やっぱり俺の布団を敷いたまま寝かすというのは気が引けたので、せっせと入れ替え作業を行うのだった。

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