第22話 最終的解決



「まぁ、一時は払う事になるが連中はボンボンだろ?」


下士官は親指と人差し指で輪っかを作り如何に上手い儲け話であるか続ける。


「謝礼は多分、二万なんてもんじゃないぜ?」



中学を出たら都会へ集団就職させる家庭が大半であり

鴉自身、この実入りの良い仕事が無ければ高校など行けず今頃は町工場で月に一万円ばかり貰いながら働いていただろう。


下士官が言う様に彼等が裕福な家庭の子供である事は間違いはない。


ドイツ側に身柄を拘束されていた子供を親元に帰せば感謝され百万円だって払ってくれるかも知れない。


だが、そんな事になればナチスと通じているとして鴉は憲兵やら特別公安警察にマークされかねないだろう。


冗談ではない…

捕まれば最後、死ぬまで拷問されるだけであり

明日の分からない仕事をしている身とは言え

それは遠慮したい。


「おとなしく神社で世界平和でも願って帰ってくれると思う?」


「帰らないって事か?」


彼等は歓待されると思って来たはずだ。


勇敢な学生が境界を越えヒトラー総統と終戦の会談を行うのだ。

二十年近くも無為な時間を過ごしたドイツ側も提案に乗るに違いない。

その結果に全国の学生連盟が呼応し政府に即時終戦を突き付ける。


そんな夢想に期待を膨らませ、こんな所まで来たのだ。


「もっと話の分かるドイツ軍を探すだけなんじゃない?」


若者の全能感は諦めると言う事を知らない。

後方で再び拘束されれば、彼等を逃がしたとして下士官も無事では済まなくなるだろう。


「あー…どうかな?」


散々、尋問され精も根も尽き果てただろう彼等の姿を下士官は見ており

解放されたなら、ほうほうのていで逃げ帰るとしか思えなかった。


なにより日本人しか居ないのだ。

律儀に行動するよりも皆が幸せになれば良いじゃないか。



「上級分隊指揮官殿!」


運転手が叫ぶと乗用車が急停止した。

助手席の兵が自動小銃を掴み車外に飛び出す。


「どうした!?」


下士官は慌てて帽子を跳ね上げ前を見ると前を走っていたトラックが停止しており

荷台で数人がもみ合ってる状態だった。


「何をしてやがる!早く抑えろ!」


車外に出ていた兵が空に向けて自動小銃を連射し威嚇する。


「あぁ、畜生!」


下士官は悪態を吐きながら不正に貯めた金で買ったピカピカのルガー拳銃を抜くとトラックに近付いて行った。


「ざけんじゃないわよ!こっちは特公とだってやりあってんだ!」


乗用車の水平対向エンジンが停止すると甲高い女の声が山中に響く。


「なんだってんだ!静かにさせれんのか!」


下士官が荷台に向け拳銃を突き付ける頃には騒動は収まっていた。


武内に話しかけた女学生に兵が黙って座っていろと言ったのが発端らしい。


「そんなもん怖いもんかよ!舐めるなよナチ公!」


女学生に負けじと男子学生が下士官に叫んだ。


暫くして再び二台は走り出した。


「あぁ、馬鹿め…馬鹿野郎め…」


下士官は不機嫌そうに帽子の革バイザーを摘まむと目深に被り直し終点まで話す事は無かった。


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