第21話 ムーブメント

乗用車のドアを構成している鋼鈑はブリキ缶レベルの厚さしか無かった。


後席に座らされた鴉は、あまりの薄さにドアの縁を摘まんで厚さを再確認してしまう。



手荒く扱えば簡単に曲がってしまいそうな華奢な作りだが

お陰で車体が軽いのか軽快に走るようだ。



「よぉ、何か言いたい事あるんじゃないのか?」


後席の隣に座った下士官が口を開いた。


「…バケツみたいな車ね」


鴉はドアから手を離した。


「ちげーよ、荷台に四人ばかり先客が乗ってたろ?」


「ん?あぁ…誰あれ?」


ドアへ向けた半分も関心は無いが一応は聞く。


「そっちの大学生らしいんだわ」



数日前、「遊歩道」で立ち往生した所を警備隊に捕らえられ中隊本部に引き渡されたのだと下士官は言った。


たまに先守が居ない日に来てしまい彼等を雇わないまま哨戒線を越えてしまう連中が居る。

大抵は地雷の餌食になるか捕らえられて終わりだ。


踏まなかっただけ運が良かったと言うべきか…


「なんでも総統閣下に会わせて欲しいんだとさ」


此方側の日本


つまり、ドイツ占領下ではない日本帝国では

親米の国民が大半であると言われている。


が、戦前を知る人々の中には親独派も少なくはない。


そして最近の若者達の間で、妙な形での反米親独が流行り出したのだ。


要約するなら、アメリカと手を切る事でドイツとの奇妙な戦争を終わらせ

話し合いの後に領土を回復すると言う物だ。


爆撃等の実害が無いまま、空気だけは重苦しい戦時下である事に疲れた若者達の不満は

ナチよりも状況を打開出来ない政府に向いていた。


彼方も戦争をしたくないなら終わらせれば良いではないか!?


もっともな意見ではある。

大学生を中心にした全国学生連盟が結成され

大きな動きとなっているようだ。


件の四人はドイツ側へ渡りヒトラーと直談判するつもりだったのだろう。


顔を付き合わせて飲み食いしたら皆仲良し、戦争は終わると言う人々だ。



「あー、そういう人居るよね」


鴉は、隣の下士官が何か仕掛けて来るだろう事を見越して実際以上に無関心を続けた。


「買わないか?」


下士官は指を二本立てる。


「四人で二万円!どうよ!?」


やはり仕掛けて来た。


ワルサーを売って来た時は弾倉二本付きで一万円だったと鴉は思い出す。


官給品の使いふるされた拳銃にふっかけたものだ。


ま、ことこの下士官は金儲けに精を出すタイプだ。


彼は鴉に便宜をはかる見返りに円を集め、密かに越境する人々へ割高で売っている。

円を手に入れた者は密かに日本側へ侵入すると

その円で商品を買い占領地域で手間賃上乗せで販売する。


そしてまた彼等の様な愚連隊から円を買うわけだ。

親衛隊などより商売人の方が余程向いているだろう。



「要らないわ」


「…即答だな」


彼は苦笑いしながら指を引っ込めた。


「中隊長は連中の扱いに苦慮されてなぁ…最終的解決を俺に命令しやがった」


突然、ヒトラーに会わせろなんて話を上に持って行くわけにもいかず

彼の上役である士官は、この問題を「無かった事」にした。


あの四人も来なかった事になったのだ。





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