それぞれの戦場・その二


 マリナ先生とヴェントさんが帝国兵に奇襲をかけてからしばらく経った。

 敵は散り散りになってこちらを迎撃するのみとなっている状況だ。

 最早あちらはまともな反撃に出る事は叶わないだろう。


「それにしても数が数ですね」

「そうだな。俺達が相手しても問題ない奴らばかりだが、こうも数が多いとこちらも疲労が溜まって来るな」

「兄様、それにイデアさんもこちらを」


 エルマが取り出したのは疲労回復に効果があるシュガの木の実だ。

 口にすると同時に仄かな甘みが口全体に広がる。


「ありがとう」

「いえ。当然の事です」


 エルマは淡々とした様子で答える。

 彼女は双子の兄であるエルモ以外の事では滅多に感情を露わにしない。

 その様子からは冷静沈着、とは違った何とも言えない危うげな印象を感じる。


(何度か一緒に戦ってみたけど、彼女の支援魔法はかなりの比重でエルモにばかり寄ってたわね)


 彼女は兄であるエルモといつも行動を共にしていた。

 だからかは分からないが、自分が加わっての戦闘の際に連携が上手く取れていないのは明白だった。

 今の所はその粗は問題にはなっていないが、どこかでボロが出てしまうのではないかと思うと少し不安だ……。




「おっ、とと……。あ、みんな大丈夫そう?」


 そんな小休憩中のイデア達の下に降り立ったのは、マリナだった。

 大して苦戦していない様で彼らを気に掛ける余裕すらあるようだ。


「はい。先生はどうですか?」

「私も大丈夫よ。そろそろ帝国も撤退を考えてくれると良いのだけど……」


 帝国兵たちはまだ撤退するような様子を見せない。

 そろそろ戦力が半分を切るだろうに、何故引かないのか……。


(これだけの損害を被れば撤退してもおかしくない……一体何を考えているの?)


 帝国兵達の行動が不可解だ。それに足元の大地が心なしか熱くなってきている気がする。

 早い所この場を離れたいと言うのがマリナの本心だ。


「――また別のが来るわね、三人とも準備を!」


 しかし事はそう上手く運ばないらしい。

 一番最初に反応したのは場数を踏んでいるマリナ。

 飛来して来たのは黄金に輝く雷魔法、こちらに向けられて放たれたそれを全て叩き落す。


 それに続いて炎の雨が降り注ぐ。こちらを防いだのはイデアとエルモだ。

 二人は襲い掛かる炎を全て斬りはらう。


 そして全てを防ぎ終わった所に、極光が放たれる。

 軌道上に在った全ての木々を消し飛ばしながら進んで来たそれを、エルマの援護を受けたマリナが防ぐ。

 【聖煌術・聖域展開サンクチュアリ】によって防がれた光は、その周囲を吹き飛ばして消えて行った。


「まだこれほどの魔法を使える人間が残っているなんて……え?」


 苦々し気に極光が襲ってきた方向に視線を向けると、そこには何やら奇妙な物を取り付けて正気を失ったかの様に呻くだけの人間が三人佇んでいた。


「う……あぁ……」

「おおぉぉぉぉおおおお……」

「あがっ……うぁ……」


「……何だあれは?」


 先程の強力な魔法を撃ったとは到底思えないような状態だ。

 魔法を使うのには少なからず集中しなければならないというのに、あの三人は見る限りではほとんど放心しているのだ。


「あんな状態で魔法が撃てるわけ……」


 そう思ったのもつかの間、その三人がいきなりもがき苦しみだした。


「「「ああああああああああ!!!!!」」」


「不味いわ……。あれ、魔力を無理矢理暴走させてる」

「魔力をですか?」


 イデアが観察した情報によれば、あの三人に着けられている妙な装置が彼らの身体中の魔力を掻き乱して暴走させているらしい。

 先程の強力な魔法は、魔力を暴走させた結果もたらされた物だとわかった。


「どうしますか? あの者達を助ける義理はありませんが、このままにもしておけないでしょう?」

「そうだな。様子を見るに、先程の魔法を無理やり放とうとしているようだ」


 エルマとエルモも冷静に分析する。

 帝国兵がもがき苦しんでいるのは魔力を掻き乱されているからだ。このままでは不味いと判断し、マリナは即座に距離を詰める。


「……!!」


 帝国兵の首に着けられている機械目掛けて振るった剣は、電流の走るような音と共に弾かれる。

 障壁に似た機能だろうと予想を付け、今度は剣に魔力を通して一切の躊躇なく振り切る。


【聖煌術・断罪剣ジャッジメント


 光を纏った剣閃が帝国兵の首を目掛け放たれる。

 若干の抵抗は感じたものの、その一撃の威力に耐えられなかったのか機械は高い音を立てて砕け散り、首と共に斬り飛ばされる。


 そのままの勢いで残る二人も斬り捨てて行く。

 あっという間に三人を倒し終えたマリナは、ふと砕け散った機械の破片を手に取る。


(まるで兵士の命を考えていない兵器ものだった……。いくら帝国とは言え、ここまで自国の兵士を乱雑に扱うとは思えないけど……)


 コルヴァス帝国はエーデリオン王国との戦いで、確かに苛烈な策を弄する事は多かった。

 しかしそれは敵に対しての話であり、自国の兵に対してでは無かった。

 一体何故……、と考える彼女の思考を遮るかの様に地面が震えだす。


「な、なにこれ?」

「わからん……、だが余り良い予感はしない」

「私も同感です、早急にここを立ち去った方が良いかと」


(ここに来た時には何も感じなかったのに、戦闘が始まってからだんだんと地面の揺れが激しくなってる。一旦全員で合流した方が良さそうね)


「皆集まって!! ヴェントや他の子達と合流するわ。出来るだけ急ぎましょう」

「「「はい!」」」


 危険を感じたマリナは、生徒である三人と共に他の仲間と合流するべく動き出した。

 

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