異神封印


 星を灼く炎クトゥグァから発せられた大熱波が、俺達を襲った。

 降臨した時に、教団の洞窟を破壊し尽くし、周囲の森を蹂躙した破滅の炎。


 だがそれは―――




「……なに? 何故、何故何故何故!! 何故!! あの炎を受けて!! 尚、貴方達は生きているのですかああああああ!!!!」


 俺達には届いていなかった。

 あの爆炎が襲い来る直前に、大地の盾が俺達を完全に守ったのだ。


「……どういう、事だ?」


「たすかっ、たの?」


 大地の盾、と言っても俺は何もしていない。

 そもそも神性同期ゴッズトレースの反動で、まともに動けもしなければ簡単な魔法を使う事すら難しい状態なのだ。


 なら一体誰が……


『この魔力……お前なのか、生命の母神マテァ


『……久しぶりね、あなた』


 生命の母神マテァ、それは俺の身体に宿されたはずの神性の名。

 智慧の父神ヴァテァ曰く、神降ろしの儀式の際に前世の記憶が俺に混じった事で、俺と生命の母神マテァ自身の同調率はナディアと智慧の父神ヴァテァより低くなっており、この三年も自我を持って話しかけて来たりと言ったことは無かったはずだ。


 その生命の母神マテァが、どうして俺達を守れたのだろうか。


「もしかして、神性同期ゴッズトレースの影響なんじゃ……?」


「そう言う、事なのか?」


 身に宿る神性との更なる同調を図る秘儀、神性同期ゴッズトレース

 それを用いた事によって、一時的に生命の母神マテァが自我を持って動く事が出来るまでに至った?


『えぇ、そうよ』


 どうやら推測は当たっていたようだ。

 そして生命の母神マテァはゆっくりと、しかし強い口調でフサッグと星を灼く炎クトゥグァを威圧する。


『異端の狂信者、そして外界の神よ。ここはお前たちが居て良い世界ではない』


「何を、何をほざくか!! 邪神に堕とされた堕神如きが!! この高貴なる神の前で、その存在を否定すると!? 何たる不敬、何たる冒涜!!」


 生命の母神マテァの発言の内容に苛立ったのか、フサッグは顔をしかめて怒鳴り散らす。

 だが、生命の母神マテァはそんな彼には興味も示さず、星を灼く炎クトゥグァに向けて更に言葉を紡ぐ。


『私の愛する大地、私の愛する子を絶やす炎の化身、生ける炎よ。お前の存在はたとえ我が身、我が神格すら燃やそうとも、私がこの地に繋ぎ止める』


 ……何を、言っているんだ。

 まさか、自分を犠牲にしてこの神を封印しようとでも言うのか!?


『お前、まさか……』


『あなた、その子達を連れて早くここから遠く離れて。巻き込まない様にするけど、加減は出来ないから……』


 生命の母神マテァがそう言うと、燃えた大地が波打ち蠢きだす。

 俺が神性同期ゴッズトレースで引き出す事の出来た力とは比べ物にならない程の魔力を感じる。


『その子達の事をお願いね』


『……あぁ、任された』


 俺とナディアは、智慧の父神ヴァテァの転移魔法でこの場から飛ばされる。

 それと同時に燃えた大地は重なり、束なり、山となって星を灼く炎クトゥグァを襲う。


 大地は瞬く間に四方八方、上下左右を囲んで行く。

 生命の母神マテァが自身の神格をも引き換えにし、外界の神たる星を灼く炎クトゥグァですら逃げ出す事を許さない大地の監獄。

 当然、フサッグも巻き込まれるように大地に呑まれて行く。


「なんと、呪われた大地をして尚、我が神を貶めようなど!!」


『黙りなさい。これは大地の怒りにして世界の意志。外の世界の神が、この地を汚すなど許されない。ここで、永遠の眠りに付きなさい』


 大地は遂に神をも呑み込み押し潰した。

 飛ばされた地で俺達が最後に見たのは、天高くそびえるかの様な巨山が生まれ行く壮絶な光景だった。



 ◇ ◇ ◇



 この事件の当日、この世界の住人は大慌てだったようだ。


 外界の神格が降臨し、周囲の森を焼き払ったかと思えば、燃えた大地が重なり合い新たな巨山を築き、神をその地に封じ込んだのだから。


 そして二年後―――




 俺達は転移した先にあった小さな村にお世話になっていた。

 村人たちは、ボロボロな姿で倒れていた俺達を介抱して、身寄りのない俺達をそのままここに迎えてくれたのだ。


 その恩返しと言う程でも無いが、俺とナディアは少しでもこの村の助けになる様に力を使った。

 ナディアはこの村の守り人として、時々襲い掛かる小鬼ゴブリン巨大蜂ホーネットの群れからこの村を守り、俺は村の畑を作物をより良く育成出来る土壌に変えたりもした。


 俺の中の生命の母神マテァの気配はその殆どがあの日に消失したが、同期していた影響なのか、能力の一部は衰えずに俺の中に宿ったままだった。


 そうして村で二年の時を過ごした。

 村での穏やかなな日々は、俺達の宝物だ。


 そして今日は村から、王都へと出発する日だ。


 十二歳になる子供たちには、王都の学園から一通の手紙が送られる。

 その内容はどれも共通して「自分の住んでいる所から離れ、学園に来い」と言う様な内容だ。


 この村にも今年で十二歳になるレーヴェと言う少女が居た為、王都から数人の騎士達が手紙を持ってやってきた。

 その騎士達は、本来この村には居ないはずの俺達を見て訝しげに見つめてきたが、村長が事情を聞いて理解してくれたようで、俺達も特例でレーヴェと共に学園へと通う事になったのだ―――



 ◇ ◇ ◇



「王都の学園が楽しみですね! リノ君、ナディアちゃん!」


「そうね、私も楽しみ」


「マジかよ。俺はちょっと緊張でお腹が……」


 迎えの馬車に揺られ、俺達は王都への道を着々と向かっている。

 もうすぐ、王都に到着する頃合いだろう。


 だが俺は村での暮らしが大分性に合っていたのか、一日経った頃にはもうホームシック気味になっていた。

 王都までは馬車で五日ほどかかる距離だ。

 俺達が居たのは本当に辺境の森にある村なんだなぁ、としみじみ思った。


 それにしても学園生活か……。

 転生した直後の状況からは考えられなかったな。


「あ、門が見えてきましたよ!」


 レーヴェがはしゃいで馬車から身を乗り出す。


 はしゃぐレーヴェと同様に俺も内心ワクワクしていた。

 新しい出会いの予感に浮足立ちながら、俺達を乗せた馬車は王都の門をくぐり抜けた。

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