果実酒は甘く

 一息に飲み下す。どろり、と蕩ける甘い蜜を。


 目の前には、静かに眠る少女が一人。ついこの間まで優しく明るい表情を浮かべていたその顔は、いまはただ佇む人形のように動かない。

 手首には、深く深く刻まれた傷跡を隠すように、手厚く包帯が巻かれている。


 ――自殺未遂。出血多量で未だ意識を取り戻さない少女は、私の親友だ。


 花の咲くような笑顔で、人付き合いの苦手な私の手を引いて、いつだって可憐に笑っていてくれた。私にとっては、姉妹も同然の幼馴染。高校でクラスが分かれても、放課後はいつもお互いの家で遊んだり、通話をしたり。

 ――恋の悩みだって、私にだけはこっそりと教えてくれた。本当は少し寂しかったけれど、彼女の頬が桜色にぱっと赤らんで、恥ずかしそうに、いじらしく笑いながら、私にだけ打ち明けてくれたことがうれしくて。たくさん、たくさん話をした。一緒に街へ出かけて、少し背伸びしたリップを二人で選んで。


 それなのに、それなのに、それなのに。


 瓶の底から、最後の雫が落ちる。針の先ほどの粒でも、脳を焼くような甘いその蜜をすべて飲み下すと、かぁっ、と体に熱がほとばしる。


『あなたの望みをかなえましょう。』


 脳裏に、老婆の言葉がよみがえる。怪しげな露天商に、不釣り合いなほどに高価そうな品物。

 自暴自棄にも近い買い物だった。それでも、黄金色の瓶を手に取って、確信した。


 は、復讐のための道具だと。


「是は不和と争いを齎すもの。天と地と人を別ち、災厄を呼ぶ禁断の果実。我は復讐のためにこの身を捧ぐ――」


 老婆から教わった通りに、まじないの言葉を唱える。遂げるべき者たちの顔を、なるべくはっきりと思い浮かべながら。


 篠原アカリ。笹部ユウナ。そして、古城ミヒロ。

 ――嫉妬深く、浅慮な女ども。私の親友を死の淵へ追いやった、傲慢な女ども。


 ゆるさない。ああ、赦すものか。体を駆け巡る熱に当てられて、思考は黒く染まりゆく。瓶の中身――が体をめぐり、細胞へと染み渡る。


「――女神もの。」


 私の体が変わってゆく。自覚できるほどに、が甘く、甘く変わる。

 女を狂わす香り。最も美しいものだけに与えられる果実。、求めずにはいられない栄光。


 口角が、自然と上がっていくのが分かる。この力で、私は。


 復讐を、果たす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る