【ショートエッセイ】承認欲求の水槽

承認欲求の水槽

 型に囚われずに飽くなき欲求を種に物を綴る事を『狂い』と呼ぶ。

創作活動を行う者にとって狂いとは常に在る物ではなく、環境や意思によって左右される。


私の狂いは普段、絵を描く事のために存在していた。

大して上手くもないが絵を描くことに充実感を見出し、狂いを保っていた。

 

 『自己満足』


有難いことに描いた絵をネットの海に流す事によって少なからず評価され始めた。

嬉しい反面、狂いを邪魔する別の欲求が生まれ始めた。


 『承認欲求』


承認欲求が水槽に水を張る様に時間が経つごとに嵩を増し、絵を描いて三年目には溢れ出していた。

謎のプライドを背負う様になり絵が描けなくなっていた。


誰かに認めてもらいたい。誰かに評価されていたい。

認めてもらうためには良い絵を描かなければならない。描かなければ。描かなければ。

筆を持っても進まない、ラフ画の死体が積み上がる。自室は墓地と化していた。

火葬も行なったが燃える死体に骨も残らず灰になって消えた。


そして、それはすぐに数字にも現れた。


私を評価していた人々は、私ではなく私の狂いを評価していた。

数字が減っていく、人々は離れていく、段々と苦しくなっていく。

こうして数字に踊らされている間にも周りは歩む足を止めず、描く事に一心になっていた。

それがとても妬ましく思えた日の夜は悪夢だった。


朝起きると机に置かれた描きかけの絵が、黒く邪魔な存在だった。

破って捨てた、それでもプライドは捨てられない。

そして執筆活動や作曲活動に逃げた。


これら二つは今は狂いを保てている。


今でも絵は描きたいと願うがこの苦しみが捨てられずに水槽に全身を漂わせてしまっている。

水槽の水は今日も抜けずにいる。きっと明日も。

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