楽死庭園

電咲響子

楽死庭園

△▼N/A△▼


「あなたはここに―― ここに墓標を立てるつもりですか」

「……俺はここで終わるのか」


 彼女の脳裏に響き渡る悲鳴を止めようと、私は必死に係累けいるいった。


「あなたはなぜ自らの命運を享受きょうじゅしないのですか」

「俺は一度たりとも命運に逆らったことはない。だが、俺の弟は一度だけ逆らった」


△▼1△▼


 私は人肉を食べた。


 もはやこの世には残ってはいない。そう考えたからだ。

 だが、それははなはだしい勘違いだった。


「持たざる者たちよ、並べ! 並べ!」


 箴言プロバブの連中が絶叫している。それに対し、常々つねづね不遜な態度をとっていた浮浪者が言う。

「お前さん、を信じるのかい」

「……しょうがないだろ。もはや俺らの武力は腰にぶら下がるやいばだけだ」


 浮浪者が跳ねる。ケタケタと跳ねる。


「いいねえ、あんたら。防御手段がなくなっても最悪攻撃ができるからねえ」

「…………」

「ところであんた、人肉を食べたそうだね。あっしらのような下賤の民が食うに困って、ならわかるがね。もしかして、食糧が残っていないと考えたんじゃなかろう?」

「…………」

「……そうか。ひとときの気の迷いは誰にでもあるものさ。気にしなさんな。幸いなことに、この国には無数の植物があり、植物かられる食糧がある」

「それを管理しているのは?」

「管理もなにもない。住民全員で育てているのさ」


△▼2△▼


 血の海のなか、私は果実を喰らう。野菜を喰らう。そしてつゆを飲む。


 数百人を殺すのは簡単だった。彼らから食糧を奪うのも同義。

 飛び散った肉片とは裏腹に、私たちの心身は満たされていた。


 ここに鏡があれば、すさまじく変貌した自身の姿を視認するに違いない。が、ここに鏡はなく、周囲の人間が発する言葉から推測する他はない。


「「「彼女は魔女…… いや、魔王だ!」」」


△▼3△▼


 私は忌み嫌われ、しかし忌み嫌われる者として働いた。

 その結果、千を超える件数の家屋が建った。この地はもう安泰だ。


 あの浮浪者の言葉が脳裏によぎる。

『――気の迷いは誰にでもあるものさ。――住民全員で育てているのさ』

 忌者いみものから英雄になった私は次なる地へ進むため、仲間たちと夜通し話し合っていた。


 が。絶望は突然訪れた。


「叫ぶな! 声を出すな! 通信機を捨てろ!」


 我々に突きつけられた複数の銃口の前にすすべはない。そこにいた七名は腕を縛られ人質となった。


「これから交渉を行う! 貴様らの釈放金額はひとり当たり六十万シラだ。欲求を反故ほごにされた場合、命はないものと思え!」


 私は絶望した。人間一人にこの金額は支払えまい。なぜなら、欲求をめば他の犯罪グループがつけあがる可能性があるからだ。せめてひと息に殺してくれ。そう考えていた。仲間たちは皆、同じ考えだった。


「出ろ! 囚人番号…… お前、お前だ!」


 私の人生は終わった。

 処刑場に着いたと同時に上半身を裸にされる。見世物の銃殺刑か。悪くない。


 構え、狙え、そして、


「撃て!」


△▼4△▼


「あなたはここに―― ここに墓標を立てるつもりですか」

「……俺はここで終わるのか」


 彼女の脳裏に響き渡る悲鳴を止めようと、私は必死に係累を断った。


「あなたはなぜ自らの命運を享受しないのですか」

「俺は一度たりとも命運に逆らったことはない。だが、俺の弟は一度だけ逆らった」

「悲観が過ぎる。あなたは民衆を導び、き……」


 彼女は絶命していた。


 は最善を尽くしてきたつもりだ。国家のために。国民のために。先日の処刑もしかり、本日の処刑も然り。俺は働き続けてきた。

 だが彼女はたった今、死んだ。


△▼5△▼


 俺は困惑した。姉の訃報を聞いて困惑した。


「心を入れ替えた? はん。それ以前は悪魔同然の存在だっただろ」

「違いねえ」


 部下が談笑じりに身内を中傷する。最愛の存在を中傷する。

 目の前にいる頭領ボスの俺すら忘れ、酒に溺れヤケクソになって。


 気づいたときには、彼らは肉片に成り果てていた。


「……あ、ボス、失礼ながらそれはどうかと」


 参謀がおずおずと進言してくる。

 当たり前の話だ。今、俺が処刑―― いや、私刑したのは我が隊でも屈指の強者。貴重な戦力を失ったことに不満を抱いているのだろう。


「すまん。肉親を侮辱する者は誰であろうと許さない性質たちでな」

「しかしボス。あなたの姉様は楽死庭園にされました」

「…………」

「心中お察しします。お察ししますが、八つ当たりは」

「もういい。お前には感謝している。よくぞ耐えてくれた」


 俺の部下、そのなかでも一際ひときわ優秀なリュウは非常に頭が良く、高度な医術を修めている。さらに人徳にも優れ、多くの部下に頼られている。

 だが。


「これより俺は貴様に危険な任務を課す。文字通り危険極まりない任務だ。受けるか?」

「はい。直下の命ならば」


 だが、それゆえ危険だ。謀反されれば一夜のうちに俺の首は取られるだろう。

 リュウはこう答えた。


「自分の命すらいといません」


△▼6△▼


 俺はリュウを送り出した。彼の瞳の中には寸分たりともにごりはなかった。

 その結果、我が軍は目覚ましい成果をあげた。


 軍、か。

 俺は思わず吹き出しそうになった。俺の組織がそこまでの規模になっていれば、不遜な軽口を叩く不届き者をその場で殺したりはしない。要するに心の余裕の問題だ。

 そろそろかもしれん。


――――――――


 美しい夕日が俺の身体からだを照らしている。美しい夕日が俺の周囲に飛び散った血液を照らしている。


「本日最後の処刑は! 元英雄シヴェンだ!」


 あの日。

 あの日、俺は司法官と裏取引をした。自分がでっちあげの罪で処刑されるのは構わない。なぜなら俺自身、数多くの命をほふってきたからだ。


「最後に頼みがある」

「ほう。言ってみろ」

「どうか我が娘たちには手を出さないでほしい」

「……よかろう。貴様の首だけあれば問題ない」


 次の瞬間、俺の意識は吹き飛んだ。


△▼7△▼


 しくも今現在、俺は偉大かつ忌まわしい元上官、シヴェンと同じ立場になっていた。


「本日最後の処刑は! 反逆者リュウだ!」


 どうしてこうなったのだろう。

 自分自身の人生を振り返る。敵対勢力の殺戮さつりく。問題ない。暗殺者の暗殺。問題ない。主権者シヴェンへの謀反。


 確かに俺は裏切った。……のか? いや。この世界では当たり前の……


「大罪人とされているシヴェンには隠し子がいた。まだ幼いが立派なだ。同時に貴様の悪行の証拠も多数確保している。酔った勢いで身分の低い者を何人殺した? 覚えてないのなら教えてやろうか?」


 大量の官憲に囲まれ、俺は事実を吐くしかなかった。


「あれは異国の民と交わった特例だ。まして王にすがりつく者どもには」


 ――砲弾が撃たれ、我が身は粉々になった。


△▼8△▼


 僕は何不自由なく育った。

 僕は周囲の悪逆な人間どもを見下し、おのが正義を全うする。


「や、やめて! どうか殺さないで」


 確かに殺すのはよくない。では拷問にかけよう。

 冷静な判断の後、犯罪者の指を切断していると、


「おい。なんだこりゃ?」

「ひでえもんだ。今にも吐きそうだぜ」


 闖入者ちんにゅうしゃが的外れな言葉を撒き散らした。


「助けてください! 私は、私は無実の罪で」

「黙れ」


 僕は犯罪者の口内に刃を突き立てた。


「…………」

「なるほど。ここがあの有名な」

「楽死庭園、か」


 ?


「は?」


 僕は刃を手にふたりの元に近づく。


「ああ、すまんすまん」

「俺たちは上の命令で視察に来ただけだ。敵意はないぜ」


 次の瞬間。意志とは無関係に肉体からだが動いた。ふたつの生首が地面に転がる。

 背後で歪な悲鳴があがった。


△▼9△▼


 中世風に設計されたをシヴェンが優雅に眺めている。無数のモニター越しに眺めている。


「うむ。我ながら良い出来じゃないか」


 彼は施設が造られるまでの物語ストーリーと、実際に運用された現在の施設を自画自賛した。


「これならば国賓たちを存分に楽しませてやれるだろう」

「私もそう思います」


 シヴェンの腹心の部下、リュウがこたえる。


「ははは。お前が考えたこの施設の名前、実に見事だったぞ」

「ありがとうございます」


 そこは楽死庭園。

 生贄となったは、見世物としてを楽しませるために死ぬのだ。


<了>

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楽死庭園 電咲響子 @kyokodenzaki

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