青山避難所生活

現代幸之晋

第1話

私は二段ベットの下で目が覚めた。上の段には姉が、隣の三段ベッドの一番下に妹がそれぞれ寝ていて、その上は荷物が置かれている。プライバシーは妹がベットにかけているカーテンによってのみ形だけでは作られていた。

誰かが起きる物音でわたしも目が覚める。トイレに行くのか、朝の支度のためなのか、何度か起きてはまた眠りにつく。


朝の支度は十分ほどで済ませて早めに仕事場に着く。一服するためだ。これが私の比較的簡単な朝のルーティン。


仕事から帰って一杯酒をやる。揃ってる家族だけでとりあえずご飯を済ませて、プライベートルームもないこの狭い家でそれぞれがくつろぐスペースを見繕って時間を過ごす。

寝るときにはそれぞれの寝場所へ入っていく。

この家族には家庭という機能集団としての役割を失っていながら共に過ごす他人のような者たちの急拵えの仮住まいだった。

バラバラになっても一つの場所に身を置いていても同義のような偽りの関係だけに誰もがしがみついて暮らしている。


父と母、姉と妹と弟2人、私の7人。弟が1人家を出て行ったので、現在のところ6人で暮らす家が青山の一角にある。


憧れの地、華やかなファッションの街、おしゃれな街というイメージが先行しているが、それは不動産業や商業企業が作り上げたイメージであって、その内情は様々だ。


実際華やかなイメージ通りの家庭もかつては多かった。しかし、もともと住んでいる住人たちは都市開発と様々な理由からいまではこの青山に住み続ける人は少なくなった。


そんな中で我々がこの青山に住み続ける理由は単純だった。体裁を保つため。憧れの地での生活を手にして、手放すという決断もできないまま惰性で過ごしている。


父は近くの個人飲食店経営をしていて、私はその手伝いをしている。


昨今の、移り変わりの早いこの地で10年以上続く店は珍しい。


それは足繁く通い続けてくれる顧客があってこそなり得るもの。さらに地域住民との密接な関わり合いからも維持されている。


兄弟の中で特に何の能力も見出せずに人生に挫折した自分はその場しのぎで手伝いを始めざるを得なかった。

とはいえやりたいことなどもなく、空虚な時間を紛らわすため様々な娯楽に囲まれていた。


漫画や映画鑑賞、絵画制作などやっていても金になる目安は当分ない。金が稼げないなら人として価値がないとされるこの家では大変に窮屈を強いられた。


自己主張もままならず、相手の機嫌を損ねないように自分の行動を決めてきたために、自立心がない。


理不尽で心のない親に迎合して生きてきたのが精一杯だった。


私が心を病んで自殺未遂をしたその原因は家庭にあるが、そのことから逃げて対処を怠ってきた責任は私にある。


人は辛さより寂しさのほうが耐えやすいので、不満を抱えながらも機能不全家族にしがみつく。


人の一生使い続ける価値観は幼少期にほとんど形成される。そこで挫折した人はその後、その追体験を様々な事象を通して実現だと思い込んで生きている。

現実に接することなく、自分の理想が叶えられないからと言って嘆いたり、他人を否定したり、自暴自棄になる。

しかし、人間のすごいところは、この価値観を自分で再構築して作り直すことができるところなのだ。


私はこのままでは死なない。

必ずしもこのナルシシズムを克服して後の世に同じ誤ちを繰り返さぬよう、尽力していく。

そう自分に言い聞かせている。

もちろん、それが誰か同様に苦しんでいる人を救うとか、大義名分は捨ててしまった。というより諦念してしまった。

代々続いた家系の歪さを少しでも改善してより良く行きたいというのが本音だ。


日本社会全体での大きな課題でもある。


暗い時代に生まれた者としての責任を果たさなくては後は誰がやるのか。


自殺者の死体の山を拵えるのか、死者によって支えられている現代を理解して受け止めて、不幸の中をそれでも懸命に生き抜くのか。


選択は各々の前に忽然とたたずんで今も選択を迫られている。

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