お盆玉を賭けて、叔父さんとレースゲームをする話

酒井カサ

お盆魂レース(2020/六年目)


 ――お盆玉というものがある。


 端的に言えば季節違いのお年玉。帰省した際に、親戚から貰えるお小遣い。

 その起源は江戸時代にあり、商家が奉公人に渡したものが始まりとされる。

 最近では広く浸透しており、子供にとってお盆休みに欠かせない楽しみだ。

 よって叔父さんは中学生の僕にお盆玉を与えるべきである。


 なんてプレゼンをしてみたけれど、反応は芳しくない。

 叔父さんは居間に転がり、うちわを仰ぎながら、首をかしげる。


「結局、コウタは火の玉が欲しいってことか?」

「お盆だからって、人魂なんて誰もほしくねーよ。説明聞いてたのかよ」

「理解したうえで無視してるんだ。要は小遣いをよこせってことだろう?」

「なんだよ、わかってるじゃねーか。というわけでくれよ」


 手を差し出すと、叔父さんはニヤリと笑った。

 なにか悪いことを思いついたようだ。


「あのゲームで対戦して、コウタが勝ったらお盆玉を渡す。それでどうだ。悪い条件じゃないだろ?」

「ああ、望むところだ。ぶっ潰してやるぜっ」


 自信満々に言葉を返して、ゲーム機の電源を付けた。

 決闘に選ばれたソフトは、全世界に熱狂的な人気を誇るレースゲームの最新作。

 髭のおやじが主人公のアレ。前作をやりこんでいたので、腕には自信がある。


 しかし、僕は失念していた。叔父さんがいわゆるガチゲーマーであることを。

 十四歳の少年では到底太刀打ちできない実力を有していることを。



 ――それから六年の月日が経過して、現在。2020年、夏。

 いつの間にか二十歳となった僕は今年も叔父さんに挑む。

 お盆玉をもらうために。


「無理よ、無理。こんなの勝てっこないわよ、アンフェアよっ!」


 画面一体型コントローラーを投げながら、わめいているのは僕の従妹、アカリ。

 現在、高校二年生。年の離れた妹のような存在である。

 彼女も叔父さんからお盆玉を奪い取るべく、ゲームをプレイしたのだけど……


「十二秒も差が開いちゃった。あの髭おやじ、速すぎなんですけど」

「キャラが強いわけじゃないよ。叔父さんが異次元的に上手なんだ」

「じゃあ、コウ兄も勝てないってわけ?」

「さあね。けどちゃんと練習してきたから、自信あるんだ」


 そういって、カバンから取り出したのはプロ仕様のコントローラー。入手してから時間が経っているため、経年劣化が目立つが、使用には問題ない。ゲーム機に接続する。


「あ、ズルいよ、コウ兄。自分だけ秘密兵器を持ち出すなんて」

「ズルでもしないと勝てないからね。それに叔父さんも文句は言わないだろうし」

「……たしかに。あたしもプロコン使えばよかったなぁ」


 ぼやくアカリを横目にキャラクター選択へ。

 叔父さんが使うのは、主人公格の髭おやじ。オールマイティな性能で隙がない。弱みに漬け込むのが得意な僕としてはやりづらい。

 どのキャラを使うのか、しばらく悩んだ末に髭おやじを選択した。乗るカートも叔父さんと同じようにカスタマイズ。これが最適解らしい。Wikiによれば。


「被せるんだ。コウ兄イチオシのワニガメじゃなくて」

「あれは加速までが遅いからなぁ。タイマンには向かない」

「ふうん、ガチじゃん。そんなにお盆玉が欲しいわけ?」

「もちろん。何年かかっても回収するさ。僕は守銭奴だからね」

「それは言えてる。二十歳になっても金をせびる辺りとか」

「なんとでも言え」


 そう言い返すと、ローディングが終了する。大きく深呼吸をして集中開始。

 雲に乗った亀がカウントダウンを始める。

 2でAボタンを押してアクセルを吹かし、ロケットダッシュを決める。

 無論、この程度の小技は叔父さんも決めるので横並びのスタート。


「立ち上がりは上々みたいね」


 安心するのはまだ早い。レースは始まったばかりだ。

 宇宙を題材としたこのステージは最も難しいコースのひとつだ。

 不安定な足場に重力を無視したコースギミック、うねった道順などプレイヤー殺しの仕掛けが盛りだくさん。ただ走ることさえ容易ではないが、これがタイマンになるとさらに難しくなる。


 カーブが多く、叔父さんの鬼畜インコース攻めが真価を発揮するコースなのだ。その証拠に僕の甘いドリフトでは追いつけない。引き離されてしまう。それでもすぐ後ろに張り付く。

 スティックを乱暴に倒し、戻し、回し、捻る。親指が痛くなるほどにAボタンをゴリ押し。

 そんな動作をカーブのたびに繰り返していると、あっという間に一周目が終わる。先行するのは叔父さん。その差はおよそ一秒強。


「すごいよ、コウ兄っ! ちゃんと食らいついてるじゃんっ!」

「……これじゃダメだ。差が埋められない」

「どういうこと?」

「この状態から叔父さんを追い抜く手段がないってこと」

「つまり、このままじゃジリ貧で負けるってわけね」

「その通り」


 このゲームには通常、コースにアイテムボックスが配置されており、中には一発逆転が狙える強力なアイテム(無敵になって加速するものや、オート運転に切り替わるものなど)があるのだが、この対戦モードで使用できるのは加速アイテム×3のみである。

 ゆえにプレイヤーの実力がダイレクトに反映される。つまり少しの差が命取りなのだ。

 二周目では叔父さんと同じコース取りに成功。差は開かなかったが、詰められず終了。


「ヤバいよ、コウ兄っ! 最終ラップだよ」

「わかってるって」

「なにか他に秘密兵器ないの?」

「……あることにはあるけど」

「あるんだ、意外。なんで使わないわけ?」

「そりゃ、秘密のままにしたかった兵器だからな」


 つまり成功率が低いのだ。体感的に一割ほどしか成功しない。しかもそれは練習での成功率であり、実戦で成功するかどうかは未知数だ。歯をギギっと噛みしめながら、考える。


「もう真ん中まで来ちゃったよっ! コウ兄っ!」

「ええい、一か八かっ」


 そう叫んだ瞬間、叔父さんは最後の加速アイテムを使用した。

 けれど、僕はそれに続かなかった。ハンドルを逆方向に切り、コースアウトしていく。このままでは宇宙空間に投げ出されて、大幅なタイムロスとなる。ただでさえ、叔父さんに引き離されたのに。


 ここで秘密兵器を発動する。


 コースから落下する直前にハンドルを切り直し、ダッシュアイテムを使用。飛距離を伸ばしながら落下する。ショートカットだ。昨年の年末にようやく見つかったもので、実行するとおよそ三秒タイムを短縮できる。海外のスピードラン走者には感謝しかない。


 それに叔父さんはこのショートカットを知らないし、できない。

 ――だって、五年前には発見されていなかったのだから。


「「突っ込めえええっ!」」


 僕の操る髭おやじは宙を舞った後、ゴール前に見事着地。叔父さん操る髭おやじの眼前に出現する。その差は二秒差。そのままゴールテープを切った。


「やったのか、僕は」

「そうよ、そうよっ。勝ったのよっ!」

 そう言いながら、感極まったアカリが飛びついてきた。そのまま横に倒される。

「――コウ兄がパパの遺したゴーストに勝ったのよっ!」


 叔父さん(あるいはアカリの父)は五年ほど前に亡くなっている。

 原因は自動車事故。

 今日、僕が戦ったのは本人ではなく、彼のゴーストだ。といっても本物の霊ではなく、このゲームにおける『ゴースト』である。


 タイムアタックモードでは、プレイヤーが出した記録は『ゴースト』として保存される。ゴーストは半透明の姿をしており、ぶつかったりすることはない。また、ゴーストと対戦するモードが実装されているため、こうして故人ともお盆玉をかけて戦えるというわけだ。


「ありがとね、コウ兄」

「……良かったのか、これで」

「もちろん。コウ兄が勝たなきゃ、パパも成仏できないって思ったの」


 僕によりゴーストが更新され、以前の記録が塗り替えられる。それは叔父さんのゴーストが消滅するということだった。

 レコード保存中、アカリはフクザツな顔をしていた。


「おまちかねのお盆玉配布タイムっ! パパからコウ兄へ六年越しの給付となりまーす!」

「叔父さん、本当に用意してくれてたんだ」

「もちろん、パパはエンターテイナーだもん」


 自慢げに語ったアカリは僕にポチ袋を手渡す。

 それは市販されているお盆玉袋ではなく、オリジナルのものらしい。達筆な『お盆玉』の横には筆ペンで書かれた髭おやじの姿があった。よく見るとカートの横でうずくまっている。イラストもかなりの腕前だったらしい。たしかに、これはエンターテイナーの所業だ。


「中を見てもいいか?」

「ええ、一緒に見よ」


 慎重に封筒を開けると、中には一万円分の図書カードが入っていた。当時の僕なら、どのように使っただろうか。そんな想像をしていると、メッセージカードの存在に気が付いた。


【――ケツの青いコウタに負けるとはな。お年玉はあの育成ゲームで決めようぜ】

「……六年経ってもケツは青いままでしたよ、叔父さん」


 嬉しいけれど、物悲しいメッセージ。図書カードと共に財布にしまう。かわりに諭吉さんを二枚取り出して、市販のお盆玉袋に詰める。バイト暮らしの大学生には手痛い出費である。渡す立場になって、叔父さんの心を知る。これがお盆玉の連鎖か。


「なあ、アカリ。お盆玉ってどう思う?」

「年上から奪い取るものでしょ」


 ニヤリと笑うアカリ。その表情は父親そっくりだった。

 僕はカバンから次世代ゲーム機を取り出す。据え置き型であり、携帯型でもあるアレ。差し込んであるのはモンスター育成ゲームのカセット。アカリが一番やりこんでいるゲームだ。


「コウ兄もやってるんだ」

「目と目があえばモンスターバトル、だよな」

「お盆玉を賭けるわけ?」

「それが風習だからな。悪い条件じゃないだろ?」

 すると、アカリは満面の笑みを浮かべ、意気揚々とゲーム機の電源をつけた。

「ええ、望むところよ。ぶっ潰してあげるわっ!」


 ――お盆玉を巡る戦いの中で悟った教訓。

 お小遣いは貰うのも、渡すのも、悪くないってことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お盆玉を賭けて、叔父さんとレースゲームをする話 酒井カサ @sakai-p

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ