夏季限定!魔法少女グリモワ☆フラッペ

名取

イチゴのかき氷は好きですか?


 


 最期にイチゴのかき氷食べたかったな。



 隔離病棟の窓からふわふわの雪を眺め、そんな哀しい無念を抱いてこの世とバイバイしたはずの私は、なぜか魔法少女としてこの世に転生した。しかも「夏しか活動できない」という条件付きで。


「前世での願い・執着が強い人間ほど、強い魔力を持つ。つまり魔力の強さや種類も十人十色。お前の場合、夏……というかかき氷への想いが異常に強かったから、魔力が夏にだけ爆発的に強まるのだ!」


 という説明をしてくれたのが、「バルちゃん」こと悪魔・バルバトスさん。シルクハットを頭に乗せたぬいぐるみのネコみたいな見た目をしている。ちなみにバルさんと呼ぶと怒る。

 紳士然とした彼が言うことには、魔界で大切に保管されていた7冊の特別な魔導書【グリモワール】が、人間界の悪い魔道士たちに奪われてしまったらしい。そのため人間界に史上最悪の災禍がもたらされようとしており、魔界側としては、こちらで魔導書を集めるのを手伝ってくれる人間が必要なのだという。

 コロナなど災禍のはじまりにすぎない、とバルちゃんは語る。

「前世の記憶を持って生まれたのは、お前が特別な魔力を持つ選ばれし者である証だ。だから私・バルバトスは、ここに嘆願する。氷見いちごよ。夏の間だけでいい、どうか私と契約して、魔法少女グリモワフラッペになってくれ!」

「いいけど、私また病気になるのだけは嫌だよ?」

「わかった。ならば……」


 と、いうわけで。


 バルちゃん特製の病除けクリスタルマスクをかけて、今日も私・魔法少女グリモワフラッペは2020年の夏の夜空を飛び回る。



☆☆☆



「一冊目のグリモワール【ゴエティア】の使い手が、海辺の街に潜んでいるとの情報を得た。さっそく行くぞ、いちご!」


 夏休みの宿題を中断し、バルちゃんと共にやってきたのは夜の廃工場。不気味な雰囲気に怯えつつ歩いていると、目の前にローブ姿の男が現れた。どうやら今回は『当たり』だったみたいだ。

「フッ……やはり来たな、バルバトス。だが何度挑んでも同じことよ。人間界では、貴様ら悪魔はグリモワールの加護なしには本来の力の20%以下しか発揮できないのだからな」

「ふふ、それはどうかな? 行くぞ、いちご!」

 バルちゃんに発破をかけられ、私はローブの男に魔法の杖を向ける。男は魔導書を開き、嘲笑した。

「ハハハ! そんな小娘に何ができるというのだ! さあ、出でよ……!!!」


 暗い廃工場が、菫色の眩光に包まれた。


 地面に描かれた魔法陣から、おどろおどろしい光と共に、いかめしい怪物が現れる。伸びきった白髪を振りかざし、獣のような雄叫びを上げている。


「オオオーーーー!!!!」


 大地を揺るがすようなその迫力に、思わず私は後ずさる。

「うわあ。何あれ。気持ち悪い……」

「気持で負けちゃだめだ。さっそく攻撃するぞ!」

「う、うん!」

 物凄い足音と共にこちらに突進してくるルサールカに狙いを定め、魔法を放つ。



「ストロベリー☆アイスショット!」



 氷魔法を連射して、両手両脚を凍らせた。関節を固めてしまえば、敵も動けなくなるはず。

「よし、いいぞ!」

 しかし魔導師は不敵に笑い、

「ふん。無駄なことよ!」

「オオオ!!」

 ルサールカは分厚い氷の拘束を、なんと力任せに割ってしまった。

「そ、そんなっ……きゃあ!」

「いちご!」

 突進してきたルサールカに、今度はこちらが逆に押さえつけられる。


「うっ、く……!」


 大きな固い手で首元を締めるように握られ、壁に押しつけられた背中がみしみしと音を立てた。痛みに、涙が零れてくる。


「ククッ……甘い。甘すぎるのだ。貴様らの何もかもが!」


 魔導師が高らかに哄笑の声を上げ、私に指を突きつける。

「俺は違うぞ! この世界に復讐してやるのだ。俺を『異物』と排除した全ての人間共になぁ……!」

 酸欠で意識がもうろうとする中、私は思った。



 私……また死ぬの?



 あんな風に、ひとりぼっちで? 


 こんな頭のおかしい魔導師のせいで、大好きなかき氷も飽きるまで食べられないまま? せっかく夏なのに?


 そんなのは……嫌! 


 私はぐっと杖を持つ手に力を込め、叫ぶ。



「マルベリー☆フロストアーク!」



 唱えたのは、ダイヤモンドダストを出現させ、光の反射と屈折で目眩ましをする魔法呪文。顔に強い光を浴びせられたルサールカは計算通り、苦しそうに呻き、私を掴む手をパッと離した。

「オオ……!」

「なっ……あり得ない! お前のようなガキが、そんな魔力を持っているわけが……!」

 呆然とする魔導師と、悶え苦しむルサールカの前に、私は改めて杖を向けた。

「私は……私は!!!」

 心の底から叫ぶ。

「いくら自分が苦しいからって、あなたみたいに関係ない人を傷付けようとは思わないよ! 私が『甘い』? あなたのほうがずーーっと『甘ったれてる』じゃない!!!」

 魔法の杖が、ひときわ強く輝きを放つ。



「くらえ! エンプレスベリー☆リェジェノイドム!!!」



 呪文を唱えたその瞬間、工場の床に巨大なストロベリーレッドの魔法陣が展開される。そこから氷塊が次々と生み出され、組み上げられてゆく。できあがったのは、薄紅色の氷の宮殿。ここはその大広間だ。

「な、なんなんだこれは! クソッ、なぜ魔法が使えない……えっ?」

 そして魔導師の背後には、が出現している。


『……。』


 物憂げで美しい彼女が冷たく指を一振りすると、近衛兵たちが魔導師を取り押さえ、奥の部屋に連れて行ってしまった。

「や、やめろ~~!!!! た、たすけ――……。」

 やがて悲鳴が聞こえなくなると、王妃様はあくびを一つして優雅に立ち去った。その場には、お仕置き部屋からポイッと投げ出されるようにして出てきた気絶した魔導師と、ゴエティアだけが残された。あとはルサールカをなんとかするだけだ。

 でも振り返って見ると、ルサールカはなぜか襲ってかかってくる気配も見せず、ただぺったりと床に座りこんでいた。伸びた白髪の間から、つぶらで意外と可愛い瞳を覗かせ、キラキラした眼差しで宮殿をじっくりながめているように見える。

「オオ~♪」

「え? なんだか……喜んでる?」

「そうだな……確かルサールカは、水難事故で死んだ女の霊が元となって生まれることが多い。もしかすると奴は生前から、こういうお城やお姫様チックなものが好きだったのかもしれんな」

「そ、そっかぁ……」


 人は――いや、怪物だって見かけだけではわからないものだ。


 結局ルサールカは、私とバルちゃんと一緒に宮殿をひととおり見て回るとすごく満足したようで、最後には鼻歌混じりにさえなって、召喚されたときの魔法陣から元の居場所へと帰っていった。


「バイバイ、またねルカちゃん♪」

「オオー♪」


 ご機嫌なルカちゃんを見送った後、全然起きる気配のない魔導師を魔法陣でさくっと魔界刑務所に送って、私とバルちゃんは廃工場をあとにした。



☆☆☆



「星が綺麗だねえ、バルちゃん」



 アルタイル、デネブ、ベガ。


 きらきら輝く夏の大三角を頭上に見ながら、杖を魔法のホウキに見立てて飛行する。都会の熱帯夜は少しじめじめしてはいるけれど、空を飛んでいるとそれを忘れるほど、吹き付ける夜風が心地良い。


「全く、ヒヤヒヤしたぞ。だがあの強敵を前によく頑張ったな、いちご!」

「えへへ。照れるよバルちゃん。ねえ、ところでこのゴエティアなんだけど……」


 紫の表紙の魔導書を、カバンから取り出す。びっしりと幾つもの魔法陣が描かれたそれは、ほのかに発光しているように見える。


「これは魔界に送らなくてよかったの?」

「ああ。魔界にものを転送するには、その物体がパワーを有していればいるほど、莫大な魔力が必要になる。今の私にもいちごにも、そんな魔力はないからな」

「ふーん……きゃっ」

 その時、不意に突風が吹いて、ぐらついた拍子につい本から手を離してしまった。パラパラパラ……とページを風にめくられながら、本は重力に従って落ちていく。


「た、大変っ!」


 慌てて追いかけようとしたその時、本全体が黒い光に包まれた。落下は止まり、ふわっと浮き上がって私の手元に戻ってきた魔導書は、紫色の宝石のついたペンダントになっていた。バルちゃんが呆れたように首を振る。

「やれやれ。とりあえず、今度から取り戻したグリモワールは、私の力でこうしてペンダントの宝石に変えておこう。常に身につけておけば、無くしたりしないだろう?」

「あ、ありがと。でも、そうだよね。まだ残り六冊もあるんだもんね……。私、ちゃんと全部取り戻せるかな……?」

「なあに、案ずることはない。お前は強い。私もちゃんとサポートするぞ。それにだ」

 バルちゃんがひょいと杖の先に乗り、肉球のついた手で前方をビシッと指し示す。



 目の前に浮かぶは、あまやかな金色の。


 どこか妖しさを秘めて輝く、夏の月。




「夏はまだ、始まったばかりだからな!」





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