林間学校③

 雪月花が出てきたことで、いきなりカレー勝負になってしまい俺が景品となってしまったが……けど、不思議と不安はなかった。


 そして、そのカレー勝負の審判を受けたのは、鏑木と杉下という男子生徒。


「それでは、僭越ながら判定を務めさてもらう。俺の舌は問題ないが鏑木は期待しないでくれ。では頂くとしよう」

「ちょ、ちょっと酷くない?」


 コントらしきことをしながらも杉下と鏑木は、まず雪月花の作った(作らせた)カレーから食べ始めた。本気で判定する気があるようでしっかりと咀嚼していた。


「うむ、中々いい味を出しているな。料理好きなんだろうな」

「美味いな、うん美味い」


 杉下が言っていたことは本当らしく、鏑木は只々『美味い』しか言っていなかった。


 それじゃ、判定材料にすらならないので今回は、杉下の舌で判定してもらうことにした。


 鏑木は『みんなして酷くないか!?』って騒いでいたが無視を決めた。


 向こう側の判定が終わったようで、水をしっかり口に含んでリセットしたのを確認して夏美と冬姫が2人の下へカレーを持って行っていくと、杉下は驚いた表情をしていた。


 なんか問題でもあったのか?見た目は全然問題ないと思うが。


「まさか、野外炊飯でここまでやるとは相当な料理好きなんだな。野菜の下処理から何まで手が込んでると見た、これは期待できそうだな。では、頂くとしよう」


 杉下がカレーを一口食べるとまるで衝撃を受けたような表情を醸し出していたのを見て、夏美と冬姫が一瞬だけ不安な顔をしたが、杉下の言葉で表情が一変した。


「お前たちの勝ちに拘る情熱は凄まじいな。ここまで美味しいカレーをここで食べれるなんて思ってなかったぞ」

「いや、これは俺でも分かる。たまねぎの甘さがカレー全体の旨味を引き出していて、野菜が食べやすい大きさでご飯とカレーと野菜が一緒に食べれて一体感がある」


 鏑木もさっきと違い、しっかりとしたコメントを言うと夏美と冬姫も安心した顔になり、夏美は拳を握り締めていた。


「ほぉ、鏑木にしては良い回答だな。俺もそれは言いたかったのだが先に言われてしまっては同じことを2度言っても意味はないので、この瞬間を持って判定させてもらう。勝者は、春夏秋冬だ!美味かったぞ!」


 まぁ、これだけ杉下と鏑木が絶賛すれば勝つのは当然だったが、改めて聞くと安堵したような感覚だった。


 実際、俺らもまだ食べてないけどそんなに美味いなら早く食べたいのだが。


「ねぇ、杉下?私達と東山さん達だとそんなに味が違う感じには思えてないんだけど?」

「百聞は一見に如かずだ。いいから食べてみろ、この勝負を挑んだことに後悔するんだな。そして、負けた時のペナルティがないことに感謝するべきだな」


 杉下が饒舌に花村さんに諭しているのを見て、俺は2つのカレーを見比べた。


 花村さん達のは、野菜が大きく切ってあって十分食べ応えもありそうな感じに見えたが、鏑木が言ったように俺らのは野菜がそんなに主張をしていない。


 寧ろ、脇役に徹してるような感じすらした。


 杉下の言う『百聞は一見に如かず』という言葉に惹かれ、俺らのもそれぞれのカレーを食べることにしたのだが、結果は一目瞭然だった。


 確かに、花村さん達のは今までの野外炊飯では食べるカレーとは違って、美味かったが夏美と冬姫の作ったのは最早、次元を超えていてそれを口に出したのは花村さんだった。


「ちょ、ちょっと、なにこれ。私達のカレーと全然違う」

「完敗」

「うん、これじゃ私達は勝てないよ。基礎が違うもん」


 三者三様の答えが自分達の負けを認めていた。3人が食べるのを見て俺らも食べることにした。


「花村さん達のは簡単いえば一体感がないんだよ。俺らのはカレーライスの構図が出来上がっているんだ」

「うん、間違いなく”あの時”のカレーだね。久しぶりに食べれて嬉しいよ冬姫」


 俺らは、2人が作ってくれたカレーを舌鼓を打ちながら食べていて、手が止まらなくて2杯もお替りしていた。


 そんなにしてまで勝ちたかったんだ。


でもなんで?


 正直な所、こっちが勝って夏美が俺を1日自由に出来るって言っても、大半は一緒に行動をしているので今更。


 1日好きに使うことなんてあるのかと不思議に思っていると夏美が俺の所に来た。


 やけにニコニコしてるのが気になるが……


「ハル、どうだった?私達のカレーは」

「あんな美味しいカレーを食べのは初めてかもって言うくらいに美味しかったよ」

「よかった~。でも、あれは2人じゃなくて”春夏秋冬”で作ったんだからね」

「俺らはただ言われて野菜を切っただけだろう?」

「それも鏑木君が言ってたでしょ?一体感があったって。それを切ったのがハルとアキなんだからその時点で4人で作ったことになるんだよ」


 野菜を切っただけで、貢献したって言われるとなんか歯がゆいけど貢献できたなら良しとするかな。


 すると、夏美が何か言いそうにしているので俺が催促してみることにした。


「なんか、俺に言いたいことがあるんじゃないのか?俺の勘違いかも知れないが」

「ううん、あるにはあるんだけどちょっと言いづらくて。あ、あのね。今度2人でまたショッピングモールで一緒に行きたいの。ダ、ダメかな?」

「なんだそんなことか。いいよ、いつ行きたいかは夏美に任せるから。でも、そんなのことで権利使っていいのか?」

「へ?」


 俺の言い分に夏美から抜けたような声が出てきた。


 あれ、なんか変なことを言ったか俺?


 普通に言ったような気がするんだけどな、こればかりは権利をするほどじゃないと思っているんだがな。


「……ハルって鈍感……なのかな……」

「うん?なんか言ったか?周りがうるさくてちゃんと聞こえなかったから、もう一度言ってくれ」

「な、なんでもないよ。その言い方だと権利を使わなくてもショッピングモールに付き合ってくれるの?」

「ショッピングモールにペットショップがあるんだから春夏の買い物に俺らが行かなくてどうする?また、母さんに怒られるぞ『娘をほったらかして』ってな」

「……そうゆう意味じゃないんだけどな……」


 さっきから夏美の声が時折、小さくなってるのは気のせいだろうか?


「じゃ、権利は別な時に使わせてもらう形でもいい?」

「ああ、本当に必要な時に言ってくれ。出来る限りの対処はするからさ」

「ありがとう、ハル♪」


 すると、後片付けをしてくれた冬姫とアキ、そして、雪月花と杉下と鏑木がやってきた。


 いちいち、杉下と鏑木を名前で呼ぶのは面倒なんでこれからは勝手に”特命”という名前を付けることにした。


 非公式新聞部だと長くてなんか嫌だから。


「2人とも悪い、後片付けさせて」

「別にこんなことならいくらでも受け持つさ。な、冬姫?」

「そうね、もう早速権利使ったみたいだし」

「ううん、ハルが本当に必要な時に言ってくれって。だから私のお願いは権利の内に入らないみたい」

「へぇ~、ハルはほんとに夏美に甘いな」

「そうか?さっきの夏美のお願いくらいなら聞くさ」

「ちなみに理由は?」

「あそこに行くなら春夏の買い物ってことでいい訳も付くしな。デートと間違えられることもないだろう」


 俺の答えに全員が『ダメだ、こりゃ』って顔をしているんだけどなんで?夏美も『あはは~』って苦笑いだった。


 夕食を終えて、俺にとっては一番やりたくないレクリエーションを前に俺とアキは部屋でのんびりしているとアキから話をかけてきた。


「ねぇ、ハル?」

「なんだ?」

「さっきはなんであんな言い方したのかな?」

「意味が分からないんだが?」

「デートくらいしてあげれば?だから、夏美達は頑張ったんだからさ」

「いや、付き合っても無いのにデートはないだろう?」

「え?ハル、それって本気で言ってないよね?」


 アキが、『こいつ、何言ってるんだ』って表情をして俺をみてくるのだ。


いや、普通に考えてもあり得ないはず……


「ハル?デートは付き合ってようが付き合ってなかろうが関係ないんだよ。夏美が鈴木に言ったこと忘れたの?」

「っ!」

「分かっているなら、隠す必要もないよね?これを言ったら失礼になるかもしれないけどさ、夏美は俺と冬姫を見てるから同じことをしたいんだと思う。けど、今の夏美には仲のいい男友達は皆無だけどそれなりに理由があるのは分かってるよね?」


 夏美に男友達が出来ない理由は、俺から見て大きく2つはある。


 一つは、俺らと一緒にいるからだ。


 夏美自身もここにいた方が居心地の良いからいるのは分かっていることだ。


 もう一つは、夏美の容姿に関してだと思う。

 

 あれだけ可愛いのだ、寄ってくる男は腐るほどいるだろうが実際に”紫季夏美”として扱ってくれる男がいるかと言われれば疑問すら思えてしまい、等身大の彼女を見てくれるなんて思えないのだ。


 現に寄ってくる男たちは、少しづつ距離を詰める訳ではなく、さっさと自分の物にしたいって欲望でしか動いていないのは嫌でも分かるから、夏美も男友達を作る気がないのだろうと俺は思っている。


 本人はどう思ってるかは分からないけどな。


「分かってるつもりだけど、夏美を見ると俺となんかとデートして楽しいのかって思ってしまうんだよ。あの時は、春夏の誕生日で行っただけだから、俺とのデートじゃないって思ってるから」

「そう思ってるんだったらハルから言ってあげなよ。今のハルなら見劣りしないよ。その為に俺らはアレをプレゼントしたんだからさ」


 ここで疑問に思っていたことを口に出した。


「アキ。2人はなんで俺と夏美をくっつけたいんだ?」

「正直に言うと俺は、あの子を見た時にハルと同じ感じがしたんだ。もし、ハルが夏美にグループに入ってくれって言わなかったら俺か冬姫が言うつもりだった」


 珍しいな、アキが自分から他人を引き入れようって思っていたなんて。結果的には夏美はこのグループに入ることになった訳だが。


「その時は、半分は夏美がいれば”春夏秋冬”が完成すると思ったのがあるのとハルとの面識があるってことかな」

「アキ、思考が段々と冬姫に似てきてるけど大丈夫か?」

「でもね、教室での一件があった時に俺らが覗き見してたのがあったよね?」

「ああ、そういえばそんなことがあったな」


 花村さん達が例の写真を落として教室に張り出されて口論になった時のことで俺は夏美を屋上まで連れ出して、挙句の果てには抱きしめてしまったのだ。当然それは2人にはしっかり見られていたのだが。


「当たり前だけど、ハルに抱きしめられた時の夏美の顔は見てないよね?」


 さすがに、あの状況でのぞき込むなんて出来る訳がない。


「あ、あの状態で見れる訳ないだろうが。顔がどうしたって言うんだよ?」

「冬姫が言うには、あの顔はハルを心の底から信頼してる顔だって言ったんだ。恋をするまではいかないけどそれに近い感じなのは俺も感じていたんだよ」

「マジか!でも、俺にはそんな素振りは見せなかったぞ?」

「アホ!女の子が安心できる相手にそうそう顔に出したら変な思われ方をする可能性があるだろうが」


 そういえば、抱きしめてしまった後に夏美を顔を見たら何故か頬を赤くしていたのを思い出した。あれはそうゆうことだったのか……


 俺としては、不安が少しでもなくなればって思ってとしたことが。


「分かったよ、俺から夏美をデートに誘うよ。3人からもらった物もあるから前に比べれば大丈夫だと思うしな」

「そういえば、夏美からは何をもらったんだ?実は、アドバイスまではしたけど何を買ったのか聞いてないんだよ」

「夏美がくれたのはこれだよ」


 俺は、そう言って首からネックレスを取り出した。三日月をモチーフにしたシンプルなタイプだが、今の俺にはちょうど良かったのだ。背伸びをしても意味が無いから。


「俺らのアドバイスはばっちりだったようだね。良かった良かった」

「色々とありがとうな。これで、少しは夏美に不快な思いをさせないで済むよ」

「本人はそんなこと微塵も思ってないと思うけどね」


 なんだかアキに上手く丸められたような気もするがここまで言われたらデートをしっかりこなそうと思っていた。


 けど、この後のレクリエーションで夏美に情けない姿を見せる羽目になるとは思うとは予想すらしていなかった。

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