第18話 最後の1人

 月本はホテルの浴槽の中で、後頭部を浴槽の縁に預けて寝そべるようにし、天井を見上げる姿勢で発見された。大きく空いた口に桜の花びらを詰め込まれ、胸の前で組まれた両手に桜の枝を握るのは同じだ。ただ今回は、死因が違っていた。

「感電死?」

 礼人は訊き返した。

「ええ。浴槽の中に電化製品を入れたとか。濡れているから、そこのドライヤーかも」

 涼子は答え、首の周りを見た。

「首に絞めた痕はあるけど、死後に絞めたものです。死亡推定時刻は、解剖して調べないと今回ははっきりとは言えないわ」

 感電死という死因であること、浸かっていた水温、そこにどのくらい浸かっていたのか。普通の死後硬直とは違うので、調べる必要がある。

 それでも、ホテルに入った時の時刻はわかるので、今回は早くしてくれと言われることもない。

「先輩。このホテルはチェックインもチェックアウトも車に乗ったまま顔を見せずにできるので、月本が誰と入ったのかカメラに残っていません」

 晴真がそう報告し、礼人は眉を寄せた。

「でも、その後1人で出て行った客がいるだろう。それをチェックするぞ。あと、月本の車を調べれば、何か遺留物があるかも知れん」

「それが、その車を連れが乗って出たらしい」

 同僚が苦虫を噛み潰したような顔で言う。

「はあ?車は相手の物なんですか」

「わからん」

「取り敢えず、その車を手配しましょう」

 しかめっ面で、忙しく礼人達は進めていった。


 礼人達は、重苦しい顔付きで集まっていた。

 連続殺人事件だ。警視庁の捜査一課が乗り込んできて、捜査本部が立ち上がる事になる。そうなると、礼人達は雑用係扱いになり、大変面白くない。

 それと上の方としては、予算の面で、大変面白くない。

「間違いなく、一連の事件は同一犯によるものです。そして、福永の自殺も関係しています」

「容疑者は、福永の遺族、過去に辞めた社員、今も勤めている社員の中にいる」

「桜は、福永の遺体の状況からのものでしょう?だったら、福永関係なんじゃないんですか」

「福永の自殺をシンボルとして捉えている場合もあるからな」

 重苦しい溜め息が漏れた。

「月本の車は、すぐ近くで発見されました。防犯カメラ、Nシステム、月本と同乗者が映っているものはありませんでした」

「鑑識の報告では、車の中に多数の指紋や毛髪はありましたが、登録データにヒットするものはないそうです」

 誰かが呻いた。

「でも、月本は女好きです。男とラブホテルには入らないでしょう?」

「じゃあ、福永の母親とか女子社員かな。

 これまでの犯行も、女に可能か?」

「涼子――有坂先生は、可能だと言っていました。物を落として拾うのにかがんだところをやる、スタンガンでまず抵抗できなくする、浴槽にドライヤーを落とす。いけるはずです」

 一瞬ニヤッとした皆も、真面目な顔でそれを想像してみて、頷いた。

 と、そこに来客があった。営業部の酒井だ。

「酒井さん。どうかされましたか」

 にこやかながらも鋭い目で訊く。

 酒井はオドオドとしながら、口を開いた。

「あ、あの……お話したい事が……」

 硬くなっている酒井を、礼人は応接セットに案内した。

「ふ、福永の祟りではないでしょうか」

 全員黙り込んで、どう返事をするべきか考えた。

「ええっと?福永さんというのは、自殺された」

「はい。じ、実は、行田さんと月本さんと浜地課長は、福永を虐めていたんです」

「ほう」

「ぼ、ぼくの指導係は月本さんなので、ぼくもよく同席しました。

 福永の死んだ夜も、5人で、花見をしていたんです」

 空気と目付きがスッと尖る。

「そんなお話は伺っていませんでしたね」

 礼人が言うのに、酒井は青い顔で丸めた背を余計に丸め、頭を下げる。

「す、すみません!先にぼくと月本さんは帰ったんですが、まだ行田さんと浜地課長と福永は残っていて。その後のことは知らないんですが、翌朝福永が死んでて、課長から、ややこしい事になったら困るから何も言うな。どうせ自殺なんだからって命令されたんです」

 早口で言って、自分の膝をじっと見ている。

「……それで、一連の事件は、福永さんの祟りだと?」

 晴真が言うと、酒井は顔を上げ、見開いた目で訴えかけた。

「もしくは福永の家族ですよ!次に狙われるのはぼくだ。もうぼくしかいないでしょう!?」

 皆、必死の酒井の言い分を、無言で検討し始めた。



 

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