2020年7月22日ゾンビパンデミック発生

鷹角彰来(たかずみ・しょうき)

ゾンビパンデミック

2045年7月22日


 リューキューカレッジの地下施設にて、秘密裏にタイムマシンが開発されていた。記念すべき最初の搭乗者は、カレッジ3年生の土岐尾駆(ときお・かける)だ。


「タイムトラベル効果で、二度とこの時代に戻ってこれなくなるが、本当にいいんだな?」


 大武真潮(だいむ・ましお)教授は眼鏡を押し上げて、土岐尾に問いかける。


「ええ。必ず、東京を、日本を救ってみせますよ」


 土岐尾は平成の日本の雑誌を握りしめて、希望の夜明けの顔を見せる。


「君は荒廃した本土しか知らないから、あの時の東京の凄さに驚くと思うぞ」

「はい。ニューヨークやニューデリー級の巨大ビルが立ち並んでいたんでしょう? とても楽しみです」


 土岐尾の屈託のない笑顔は、銀メッキの防護マスクに隠れる。彼は巨大乾燥機に似た機械に入り、体育座りで動きを止める。大武教授は鋼鉄の扉を閉めながら、一語一語を強調して話す。


「必ず、あの忌まわしきウイルスに感染した患者を倒してくれ。そうじゃなくては、この機械に一生を費やした意味がなくなる。本当に頼むぞ」


 土岐尾は無言で右手を挙げる。大武教授は扉を閉めて、タイムマシンの日時を2020年3月18日にセットする。赤いボタンを押せば、機械の中で土岐尾が激しく回転し、数十秒も経たない内に消滅する。


「頼むぞ、土岐尾君」


 大武教授は目を潤ませて、誰もいないタイムマシンの中を見つめていた。




2020年7月22日


 東京はオリンピック開幕前日で、世界中の人々が集まって熱気に満ちていた。土岐尾は人々をかき分けて、メガシティの街並みを見ていた。


「これが東京かー」


 動画や写真でしか見たことがない光景に、彼の目は銀河のように輝いている。鮮やかな色のスカイツリーに、天まで届きそうなビルの森、堂々とそびえ立つ新・国立競技場、どれもこれもが夢に見た新世界だ。


「早く行かないと」


 過去の東京観光に浸っている暇はない。彼はボロボロ寸前の紙幣でライターとヘアースプレーを手に入れ、目的の病院へ向かった。


※※※


 都内の某病院では、一人の患者が青白い顔になって、野生動物のように暴れまわっていた。


「グアアア、キシャアアアアア!」


 病室の窓を割り、ベッドを蹴飛ばし、体のあちこちが折れていても尚、暴れようとする。屈強な男性医師が患者を羽交い絞めにして、女性医師に命令する。


「はっ、早く鎮静剤を!」


 狂気の患者は泡を吹きながら奇声を上げ続け、男性医師の腕を噛もうとしていた。


「どいて下さい! 死にますよ!」


 突然、病室に現れた男が、医師と患者を引きはがす。その衝撃で患者は壁に叩きつけられたが、すぐに態勢を整えて、男に襲い掛かる。


「グギャアアアアア!」

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 男はライターの火をヘアースプレーで大きくし、患者の顔に焚き付ける。頭が燃え上がった患者はその場に倒れ、唸り声を上げて転げ回る。


「き、君、何てことを! しょ、消火器だ! 消火器を早く!」

「これでいいんですよ、これで」


 土岐尾がいた世界の史実では、この患者が最初のゾンビウイルス患者で、担当の男性医師や同僚の女性医師を噛んでゾンビ化させた。ゾンビが増殖した東京は、オリンピックどころでなくなり、世界中にウイルスが広まらないよう強制封鎖された。それ以来、東京はゾンビの巣になり、朽ち果てていった。


 しかし、土岐尾が最初のゾンビの頭を燃やしたことで、その歴史は書きかえられる。ゾンビパンデミックがない東京は無事にオリンピックを開催でき、ますます栄えるだろう。


土岐尾は警察に捕まって手錠をかけられても、晴れ晴れとした顔だった。





2045年7月22日


 トーキョーカレッジの地下施設にて、秘密裏にタイムマシンが開発されていた。記念すべき最初の搭乗者は、原戸楠子(はらど・くすこ)だ。


「タイムパラレル効果で、君は消滅してしまうかもしれぬが、本当にいいんだな?」


 大武真潮教授は眼鏡を押し上げて、原戸に問いかける。


「はい。別の私が幸せになるなら、構いません」


 原戸は色褪せた父の写真を握りしめて、能面の顔を見せる。父が殺害された後、母は発狂し、彼女は施設に送られて暗い人生を歩んできた。体中の傷がそれを物語っている。


「出来ることなら、君には犯罪者になってほしくない。その男を説得して、過去で幸せに生きてほしいものだ」

「それが出来たらいいんですけどね」


 原戸の虚ろな目が、銀メッキの防護マスクに隠れる。彼女は巨大洗濯機に似た機械に飛び込んで、正座をして動きを止める。大武教授は鋼鉄の扉を閉めながら、一語一語を強調して話す。


「その男以外の人間には絶対に接触してはならんぞ。時間軸が大きく歪んで、宇宙が崩壊するかもしれんからな」


 原戸は無言で右の親指を挙げる。大武教授は扉を閉めて、タイムマシンの日時を2020年3月18日にセットする。赤いボタンを押せば、機械の中で原戸が激しく回転し、数十秒も経たない内に消滅する。


「世紀の大発明が、こんな形で使われるとはなぁ……」


 大武教授はため息を吐いて、誰もいないタイムマシンの中を見つめていた。


 原戸楠子は、父を殺した“土岐尾駆”を殺害しに、2020年へタイムスリップした。

(了)


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2020年7月22日ゾンビパンデミック発生 鷹角彰来(たかずみ・しょうき) @shtakasugi

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