第4話 ストーカー

「名前は村田梨々花むらたりりかって言います。あの今タオルを渡している子ですね」

「ふーん」


 鱈井たらいに案内してもらい僕たちがやってきたのはグラウンドのバックネット側。野球部の部活動である。


 その中で帽子を目深まぶかにかぶり、おどおどしながら一生懸命にボール拾いをしたり、選手が飲む飲料の準備をしている女生徒が目に入る。


 一本にまとめた髪を帽子から出している女の子。パッと見たところ、背は小さいほうだと思われる。


「あれが僕のストーカーねぇ」

「今の状況じゃどっちがストーカーか分からないけどね」

「控えめに言ってもストーカーが似合うタイプではないなって僕もそんなタイプじゃない!」


 ストーカーが似合うタイプってなんだ。エスパーあたりか。


「あ、ああ見えて、じ、実はストーカーさんなんですよ」


 鱈井は相変わらず上級生といることに慣れないのかドギマギしている。


「そういえば柊くんにしてはなんとも意外なことに、あんなかわいい子に好かれているというのに浮き足だつ気配けはいもないね」

「ああ、僕が思ったよりも彼女が美少女だったから、正直いまだに現実味がない。いや、というか彼女がストーカーだなんて考えたら世の中の美少女が全員怖く見える」

「い、いえ、それでも、ストーカーなんです!」


 何故かストーカーであることを強調する鱈井。お前は一体どうした。


「まあ柊くんがストーカーであるかはともかく」

「おい、話をすり替えるな。誰もそんな話はしていない」

「彼女がストーカーだとして、一体どういう方向に持っていくか、よね。大事なのは」

「どういう方向?」


 なんだろうか、普通に更生こうせいしてもらうだけじゃないんだろうか。


「いや、まあ柊くんの実態を知ってもらうか」

「なんだ、実態を知ったら俺は好かれなくなるのか」

「柊くんをストーカーの餌食にするか」

「僕を見捨てるな」

「適当に柊くんに彼女でも作らせて、ってそれは無理か」

「そして勝手に諦めるな!」


 こう見えても村田さんとかいう後輩にはストーキングされるほどモテている。班目ほどの美少女じゃないにしても、村田さんとかいう彼女だって相当に可愛い部類のはずだ。僕はもっと自信を持ってもいいんだ。


「で、どうなんだ、鱈井?」

「わ、私ですか……!」


 うーん、そうですねぇ、と考える鱈井。大きい体をさながら軟体動物のようにくねらせながら考える鱈井。


 鱈井の友達で、鱈井がこれから付き合っていく相手だ。決めるのは鱈井である。がんばれ鱈井。


「私としてはですねぇ……」


 と、少し間をおいてから、


「やっぱり、りりちゃんには、も、もっといい相手を見つけて欲しいんですよね……。だ、だから、先輩に対して幻滅してもらうのが一番手っ取り早いかなって、わ、わたしは思います」


 そうなると、なんだろう。あの子が見ている前でちょっとヤンキーな感じを見せればいいだろうか。


 それとも、コミュ障な感じにする方がいいか。


 と、横を見ると班目が険しい顔をしていた。


「どうした?」

「いや、なんでもないよ」

「そうか」


 そんなことをしていると、鱈井が妙案みょうあんを思い付いたように挙手をする。


「た、たとえばっ! 法律を犯してしまうところを見せちゃうのはどうでしょう? ほらお酒を飲んでみたり、とか。タバコを吸ってみたり、とか」


 まあ、そんなところだろうと僕も思う。別に少しくらいやってもいいだろう。


 そんな軽い気持ちで鱈井も言ったと思うのだが、そこに関して班目が口を挟んでくる。


「それはダメね。万が一、他の誰かに見つかってしまったときは退学になるわよ」

「別に大丈夫じゃないか? 村田にだけ見せればいいんだろう?」

「却下ね。君をそんな危ない目に遭わせるわけにはいかない」

「そ、そうか。それならやめるけど」

「そ、そうですよね……」


 自分の会心の案をき者にされて悲しむ鱈井。そこに班目が代替案を入れる。


「それじゃあ例えばこんなのはどうかしら。『柊がどうやら二股ふたまたをしていたらしい。』みたいな噂を流すのは。すぐには効果が出ないかもしれないけど、いづれ村田さんの耳にも入るでしょう」

「おい、『君を危ない目に遭わせるわけにはいかない』とか言ってなかったか?」


 飲酒や喫煙がバレたら公的に学校に居られなくなるが、二股の噂なんて広がったら僕は精神的に学校に居られなくなりそうだ。


「まあまあ、噂も75日、と言うし。鱈井さん、それでどうかしら?」

「…………いいですね! それでいきましょう!」


 なぜそんな嬉しそうなんだ鱈井。僕を社会的に殺すのが好きなのか?


 2人で決定したようだが、一応班目は僕にも確認を取る。


「柊くんも、いい?」


 その口調はいつものように『もう決定事項だから』みたいなやつではなく、ちゃんと僕が納得するかどうかを聞いているパターンのやつだ。


 前者のパターンで来てくれれば僕だって反論しやすいのに。


「――しょうがない。今回だけだ」


 そんなことを言うと、班目はふふっと微笑を浮かべる。


「そういうところ、好きだよ」


 僕の初恋は、まだ終わっていないのかもしれない。

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