第3話 継承

「カミリ、お前ももう十歳か」


 俺は父さんと縁側に座って、話をしていた。


「お前に一つ、父さんからお願いがあるんだ。父さんの作った流派"神代流かみしろりゅう"をお前に継承させて欲しい」


「けいしょお?」


 俺は難しい単語に首を傾ける。


「つなぐってことさ、父さんの世界で二番目に大事なものをお前に」


「父さんの一番目に大事なものって何?」


「それは……お前達家族だよ」


 父さんは俺に向かってニッコリと笑う。それを見た俺は、こちらも負けじと笑う。


「カミリ、深呼吸してみな」


  スゥー ハァー


 やったよ、と父さんに伝えると、まだまだ浅いな、と言ってガハハと笑われた。


「カミリ、深呼吸は集中力、集中力は強さだ。集中すれば、相手の攻撃も見えるようになり、自分もなめらかに動くことが出来る。こっちは人間、あっちは妖怪。神様の力を借りても人は人。寿命はあるし、傷も早くは治らない。でも人、父さん達には……」


「ココとココがある」


 父さんは自分の頭を人差し指でコツコツと叩き、今度は拳を作って胸の部分を叩いた。


「お前がいつか、どこかで死の瀬戸際に立ったとき、この事を覚えておけば、きっと逆転出来る。良いか、お前は父さんの子だ。自信を持て!」


 パチ


 瞬きをすると、そこには家の縁側に座る父さんの姿は無く、目の前には数本の糸が俺のことを貫こうと向かって来ていた。

 俺はギリギリのラインで転がって避ける。


 スゥー ハァー


 もっと深く、もっと長く。

 糸は相変わらず俺の体目掛けて向かってくる。

 集中しろ、集中だ。父さんから言われたことを何度も脳内で繰り返す。


 尋常ではない数の糸を避け、受け流しながら、深呼吸を意識して、集中力を高める。頭も体もパンクしそうだ。

 もっと深く、もっと長く、もっと強く!


 ガガッ!


 視界が一瞬揺れる。が、すぐに正常に戻る。

 だが、糸がやけに遅い。というか、遅く感じる。

 体が軽い。するすると水のように動くことが出来る。

 俺は糸を簡単にかわしていき、毛糸玉の方へ近づいていく。


 スゥー


 剣を振り上げ、


 ハァー


 下ろす。

 今まで斬れなかった糸が、これ程容易く斬れるとは夢にも思わなかった。

 格段に成長している。強くなっている。

 剣を振る度、糸がスパン、スパンと心地よく斬れていく。

 やがて、相手の隙を見つけると、俺はすかさず懐に入り込み、分厚い装甲に剣を振る。


 ガギャン!!


 ……弾かれた。

 これでも駄目なのか、もういい、俺は頑張った方だ。疲れた。大丈夫、誰も俺を責めない……

 父さんの言葉が脳裏をよぎる。


 諦めるな! 自分を信じろ!


 稽古のときに言われた言葉だった。優しく厳しい、父さんの言葉。

 背中を押された気がした。

 俺の体を貫く為に向かってくる糸を斬って、斬って、斬って。


 ようやくまたあの装甲を拝むことが出来た。

 人間の記憶とは引き出しのようなものだ。引き出しを開けるまで、古ければ古いほど時間がかかる。

 だが、いざ開けてみると、中身は意外と保存状態が良かったりもする。


 俺も、父さんとの継承の練習は鮮明に覚えている。

 俺は素早く剣を構える。

 それと同時に、ある事を思い出す。初めて教えてもらった、父さんの流派、一番目の技のことを。


「お前は強かった。でも、俺は必ず、誰にも負けない!」


 全身の力を腕に込める。


「神代流神剣術・草薙くさなぎ死屍斬ししぎり!」


 シュン!


 真っ二つとなり、コロンと転がった毛糸玉は、斬られたところから腐敗していってる。

 神代流は父さんの神剣も俺の神剣も生じる効果は同じのようだ。

 父さんがいつも使っていた技には全く及ばないが、それでも相当の威力だったはずだ。


 終わった……

 そう感じてしまったゆえに、緊張の糸も切れてしまった。


 プツン


 そこで俺の意識は途絶えた。


 ■


 周りを見ると、そこは薄暗い海の底だった。


「父さん!」


 俺の十メートル程向こうに、背を向けた父さんの姿が見えた。

 俺の呼びかけに気づくと、父さんはこちらを振り返る。

 俺は駆け寄り、あの巨大な蜘蛛との闘いで、父さんの技が役に立ったことを伝えた。


「ごめん、父さんの流派のことを忘れちまっていて……」


「いいよ、ちゃんと思い出してくれたしね、あと……」


「あと?」


 俺は少し叱られるのかとおどおどする。


「父さんの二番目が、一番目の役に立てたことがとても嬉しいよ」


 フフフ、と俺と父さんは笑い合う。


「それと……カミリ」


「どうしたんだ?」


「父さんの流派も継承してはほしいんだけどね、やっぱり少し合ってないと思うんだ」


 でも父さんの流派は凄かったぜ、と伝えても、父さんはまだ悩んでいる顔をする。


「カミリ、お前はいずれ自分の流派を作ると良い。その辺は俺のおふくろ、お前の婆ちゃんにでも聞いてくれ」


 ニッコリと笑う父さんの顔を見ると、もう会えなくなるような気がしてしまい、何とか引き止めようと試みるが、上手く言葉に出来ない。


「カミリ……またな!」


「父さん……」


 ありがとう。

 全て言い切る前に父さんは霧のように消え、俺の体に泡がまとわりついて、海の底からどんどん上昇していく。


 次に会ったときに言おう。色んなおもしろおかしい土産話も聞かせて上げよう。父さんはさよならでは無く、またなと言った。

 俺は泡の上昇に身を任せ、目を閉じた。

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