最終話『花一華の牙』

「花一華ユウキ、いい加減に負けを認めろ。君は僕に勝てない」


 カラスは自分の勝利を信じている。疑っていない。

 対するユウキは生徒たちへの攻撃を防ぎ続けたために、体力も蒼脈もほとんど使いきっている。けれど、その姿はこれまでの人生で最も自信にあふれていた。


「勝てるさ。負ける要素が見つからない。俺は君よりも強いからね。鍛え方が違うんだ」


 ユウキらしからぬ強気な発言に、カラスは歯ぎしりの音を響かせた。


「ムカつくやつだ!!」


 花一華ユウキとカラスは、相容れない存在だ。


「才能に溺れた強者とは何時だって嫌みなものだ! 努力をしてきたという顔ばかりしやがって!!」


 才能など欠片もなく、大切な人から力を与えられたユウキと才能を持ちながら自らの運命を呪い、さらなる力を求めたカラス。


「お前なんて周囲に甘やかされていただけだ!」


 カラスの繰り出す剣閃は、雷光のような連撃と化してユウキを襲った。


「努力できるというだけでお前は恵まれているんだ!! 僕は努力する環境すら国から与えられなかった!! なにも与えてくれなかった!! 誰も手を差し伸べてくれなかった!!」


 あらゆる黒い感情を練り込んだ刃をユウキを一つ一つ丁寧にさばき、受け流し、弾く。


「桃木ロウゼンの弟子ならなんであの時死ななかった!?」


 カラスの技は、ある人物によく似ている。三度の手合わせを経て疑惑は確信に変わった。


「貴様の兄弟弟子を殺したのは僕の父だ!」


 山鳴やまならしダイゴと雨宮あまみやヒナゲシ。ユウキの憧れだった兄弟子と姉弟子だ。二人がユウキに蒼脈を譲渡するきっかけとなった襲撃事件。あの時の蒼脈師も優れた干渉制御魔法と直刀の使い手だった。

 カラスの戦いぶりは、あの時の襲撃犯にそっくりだ。


「その代償に父は深手を負い、再起不能にされた! 貴様のせいで僕の父はみじめな生涯だったんだ!!」


 ダイゴとヒナゲシは命を賭してユウキを守り、襲撃者を撃退した。


「戦えもせず、ロウゼンや弟子の貴様も仕留め損なって……父が同胞からどれほど冷たい扱いをされたか!! 母がどれほど苦労して病に蝕まれたか!!」


 あの頃の二人のように強くありたい。ユウキは己に誓った。


 ――兄ちゃん。姉ちゃん。今度こそ守ってみせるよ。


 二人を守れなかった負い目は今でもある。だからこそ修練を重ね、二人が授けてくれた蒼脈を無駄にしてはいけないと生きてきた。


 ――生徒も、民も、この国も……あなたたちが守りたかった全て守ります。


「貴様に分かるのか!!」


 ユウキの蒼脈刀は、カラスの斬撃を弾き、その姿勢を崩させて後退させる。


「俺には才能なんてなかったよ。でもそれ以外の全てがあった。だけど君の父親に大切な兄弟子と姉弟子を黄之百合に愛する幼馴染の平穏を奪われた」


 ――だけどね。やっぱり今までの俺は間違っていたんだと思う。 


「俺は社会や他人じゃなく、自分を呪った。自分の無力さを、弱さを。だから強くなりたいと思ったんだ。大切なモノをもう二度と失わないですむような強さを」


 ――だった一人で全部を守ろうとしてたけど、それは違うんだよ。


「俺はようやく気付いたんだ。ついさっき生徒たちが教えてくれた。そんな強さはないって。一人でできることじゃないって。誰かを頼っていいんだ。助けてって言っていいんだ。大切な人たちをただ守るだけじゃない。一緒に生きて支え合っていくって、俺はようやく気づけたんだよ」

「甘ったれが!」

「甘くていい!!」


 ユウキとの間合いを詰め、直刀を振るい上げたカラスを四方から数十に及ぶ蒼牙閃が襲った。サクラたち一ネ日組の生徒たちが放ったものだ。

 カラスは、その全弾を直刀で迎撃し、霧散させる。


「自分より強い誰かだけじゃなく、自分より力のない人を頼ったっていい!! 強いっていうのは意地を張らないことなんだ! 素直に人に甘えられることなんだ!! アザミのカラス! 君は天賦の才に恵まれながら自分のことしか考えなかった! 大切な弟にも歪んだ愛情しか向けられない。自分の望む愛情を押し付ける!」


 ユウキとカラスの刃が触れ合い、鍔迫り合いの格好となる。


「どこまで行っても君は、自分勝手なんだ! 自分しか見えていないんだ!!」

「甘える相手なんて俺にはいなかった! 恵まれたお前と一緒にするな!!」

「キュウゴロウという弟が居た! なのに気付かなかったんだ! 自分を見てくれる人の存在を、家族や友達や仲間の存在に君は気付かずにいつも自分だけを見ていた。それが君の敗因だ!!」

「敗因だと!? この状況を見て敗因だと!? 追いつめられているのは貴様の方だろう!!」

「生徒たちが居てくれる!! だから俺は負けないんだ!」

「主人公気取りだな!! 三文小説のような臭い台詞ばかり吐きやがって!」

「実は俺もちょっと思った!! でもテンションに任せてみるのも、たまにはいいかなって!!」

「ちょいちょい気の抜けたことを言うな貴様は!!」


 カラスが刃を一気に押し込みにかかる。ユウキは逆らわずに脱力した状態で勢いに身を任せて受け流すと、カラスはつんのめる格好となった。

 ユウキはすぐさま跳躍し、生徒たちの射線を開く。


「先生には触れさせないっての!!」


 すかさず放たれたサクラの蒼牙閃を合図にカラスへ魔法が押し寄せた。


「私の誘導魔法を甘く見るな!!」

「あんましワシらを舐めんなや!!」

「カラス、お前には絶対負けないであります!!」

「うちの全力を受けるです!! 蒼牙閃連射!!」


 誘導性蒼牙突・風や雷の干渉制御魔法・地爆剣・蒼牙閃の連打、各々が扱える魔法の全てを次々に叩き込んでいく。

 しかし邪神の直刀が放つ赤い力場が盾となり、カラスへの直撃を阻んだ。


「豆鉄砲が!! こんなもので殺せるものか!? 僕を殺したいなら山の三つ四つ消し飛ばせる攻撃でもするんだな!!」


 カラスが空中で横一閃の軌跡を描くと、三日月状の赤く光る刃がサクラたちを狙って放たれた。巨大であり禍々しく悍ましい刃をユウキは落下の衝撃を生かしつつ蒼脈刀で打ち据えて無効化。主なき膨大な量の蒼脈に変じさせる。

 ユウキは、地面に着地すると同時に膝から崩れ落ちた。蒼脈刀を杖代わりにして震える両膝を支え、自らを奮い立たせる。

 そんなユウキの姿をカラスは、なんとも嬉しそうに眺めていた。


「蒼脈だけでなく体力も限界か。お前にできることはもうない」


 生徒たちの魔法攻撃はなおも続いている。


(まだだ。みんなを信じて待つんだ。みんなが全てを出し切るまで)


 全ては生徒たちの蒼脈を全て吐き出させるため。カラスの魔法攻撃を誘発させるため。


「サクラ! 私が誘導するから蒼牙龍砲を!」

「任せろっての!!」


 ツバキとサクラが並び立ち、同時に蒼脈刀を突き出すと、青い輝く光の龍がカラス目掛けて飛び立った。


「効かん!!」


 カラスの邪神の魔力を込めた渾身の一太刀が光の龍を無慈悲に引き裂き、主なき蒼脈の姿へと変えた。

 その攻撃を最後にカラスへ向けられる魔法攻撃はなくなった。一年一組の生徒たちからは蒼脈の気配が消え失せている。

 文字通りすべてを出し切ったのだ。


「生徒たちは全員蒼脈を使い果たしたか。花一華ユウキも搾りかすのようなわずかな蒼脈。蒼脈の使えん人間などただの動く肉の塊だ」


 勝利を確信し笑みを浮かべるカラスに、ユウキも小さな微笑みを返した。


「そうでもないさ」


 花一華ユウキの蒼脈刀がまばゆいばかりの光を放った。すさまじいまでの蒼い閃光にカラスは目を細めて怯んでいる。


「な、なんだ。この迸るような蒼脈の力は!? 奴に残されたわずかな蒼脈では、とてもこの膨大な力は……一体何処から!? まさか命を燃やしてまで?」

「そんな悲壮な技じゃないよ。利用してるんだ。この戦いの全てを」


 ユウキの蒼脈刀にどこからともなく現れた無数の蒼い粒子が引き寄せられて、刀身に溶け込んでいく。蒼い粒子を吸い込む度、光は一層輝きを増し、萎れかけていたユウキの蒼脈が力強さを取り戻そうとしていた。


「どういう意味だ……まさか!? この戦いで使用された全ての蒼脈を吸収したのか!?」

「そうだ。周囲に残留している蒼脈をかき集め、さらに増幅して放つ。ロウゼン師匠が俺に叩き込んだ最強の牙だ」


 幼少の頃、蒼脈を持って生まれず蒼脈師としての才能がかけらもなかったユウキにロウゼンが授けた

 異国の言葉でを意味する名を冠された桃木ロウゼンの最大奥義。


「確かにカラス……君は獅子のように強い。だけど狼は一匹で戦うわけじゃない!」


 ユウキ自身が戦いの中で放出した蒼脈。生徒たちが放出した蒼脈。カラスが放出した蒼脈。それらがこの空間には大量に残留していた。

 戦闘の過程でユウキに無効化されたカラスの魔法も主なき蒼脈となって大自然に還元させる時を待っている。

 無効化魔法によって生み出された主なき蒼脈に干渉し、吸収魔法の技術を用いて一斉に吸収。そして吸収した蒼脈は魔力に変換され、反射魔法の要領で衝撃波として放たれる。


「一つの牙で通用しないなら群れて牙を束ねればいい。それが狼の戦い方だ。鍛え抜かれた狼牙が群れれば、獅子の喉笛だって引き裂ける!!」


 それが狼牙隊第一分隊隊長の誇る花一華の牙――。


「レイジングリパルサー!!」


 ユウキが蒼脈刀を打ち下ろすと巨大の魔力の奔流が躍り出し、カラスを飲み干した。圧倒的な攻撃範囲と速度は、敵に退避の選択肢を与えない不可避の一撃である。

 攻撃の余波によって生じた衝撃波と突風は太正国全体に伝わり、ユウキたちの頭上にあった雨雲をも蹴散らし、青空を切り開いた。

 やがて閃光が収まってくると、カラスが立ち尽くしていた。両腕を失い全身の皮膚が炭化している。手にしていた赤黒い直刀は砕け、その禍々しくも悍ましい輝きは失われていた。

 けれど彼にはまだ息がある。カラスはゆらゆらと身体を揺らしてその場に膝から崩れ落ちた。

 キュウゴは、蒼脈刀を持ったまま虫の息のカラスに近づいていく。


「兄上」


 兄上と呼ばれたカラスは、焼けただれた眼で弟の姿を探し、自身を見下ろす弟を懸命に見つけようとしていた。


「……ま、だ、兄と……呼……んでく……れるか」

「これが最後でありますから」

「……そうだな」


 キュウゴは、蒼脈刀を振るいカラスの首を切り落とした。


手向たむけであります」


 雲一つない青空の下、一滴の雫が灰と化したカラスの亡骸を濡らした。




 ――――――




 蒼脈師学院高等科一年一組の教室では今日も授業が進められている。

 花一華ユウキは、教師として蒼脈師学院に残る道を選び。今日も生徒たちに教鞭を振るっていた。

 パキっと砂糖菓子が折れるみたいな音がしてチョークの破片が床に落ちた。

 ユウキは半分よりも短くなってしまったチョークを見て俯いている。


「……もしもこのチョークに」

「先生! 勘弁してってば!」

「あの……えっと、サクラの言う通りですよ。大丈夫だから」

「ほんまにしゃーないな」

「まったくであります」

「ユウキ君。チョークが折れたぐらいで何も起きないです」

「ウソだよウソウソ。さすがの俺もさ」


 ユウキは折れたチョークの破片を見つめながら狼狽する。


「本当に大丈夫だよね? やっぱダメかな!? 悪いことの予兆かな!!」

『せんせー!!』


 花一華アネモネの花言葉は、悲壮なものが大変多い。しかし同時にこうした意味も込められている。

 あなたを信じて待つ。希望。可能性。

 生徒たちと一緒ならどんな困難も乗り越えられる。生徒たちを信じ、生徒たちを愛し、彼等の希望ある未来を守り抜く。ユウキは、自らにそう固く誓うのであった。


                                   おわり

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花一華の牙 澤松那函(なはこ) @nahakotaro

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