第45話『爆錬仙気』
蒼く輝く糸が嵐のように吹き荒び、閃光と見紛う斬撃が縦横無尽に駆け巡る。
命を絶たんと襲い来る脅威たちを、花一華ユウキはたった一振りの蒼脈刀でことごとくいなしていた。
戦況はユウキの側へ僅かに傾きつつある。しかし千日紅と手負いながらも黄之百合は、尋常離れした達人。しかも時間稼ぎに終始すればいい二人に対し、ユウキは一刻も早く敵を処理して、ツバキを救出しなければならない。
カラスと戦うことも考慮すれば、余力は残しておくに越したことはない。しかし力を温存して突破できるほど千日紅と黄之百合は甘い相手ではなかった。
一進一退の攻防にユウキの焦りが頂点に達した瞬間、上空から金属の稼働音と共に衝撃が舞い降りた。
狙いは手負いの木之百合。咄嗟に黄之百合は後方へ跳んで衝撃の着弾地点から逃れた。轟音とともに石畳が砕け、破片が建物よりも高く舞い上がる。
重力に引かれ、はらはらと落ちる石片は紙吹雪でもあるかのように、鋼鉄の拳を地面に突き立てる三笠サザンカの背中に積もった。
「サザンカ!? どうしてここに?」
驚くユウキを尻目に、サザンカは立ち上がって武装義手の拳を黄之百合に向けた。
「ユウキ君、伝言があるです。奴らの狙いは――」
「殲滅法撃……だと思う」
「問題は、何を狙うかです。今サクラたちが動いてくれているです」
「な!?」
サザンカの口ぶりから察するにツバキ救出に赴いているのだろう。これでますます時間的な余裕がなくなった。
ユウキの不安を感じ取ったのだろう。サザンカは言う。
「無茶はするなと言ってあるです」
サザンカの言葉は嬉しいが、安心材料としては限りなく希薄だ。短い付き合いながら生徒たちの性格は把握している。無茶をしてカラスに挑む姿が目に浮かぶようだ。
「みんなが言うこと聞くと思う?」
「だから速攻でこいつらを倒して合流してほしいです……とは言え、悔しいですがうちじゃ足手まといです」
本人を前に認めたくないが、サザンカと千日紅・黄之百合の力の差は歴然。サザンカが万全であっても半死半生の黄之百合の足元にすら及ばないだろう。
「でもそれは今のうちじゃ、です」
突如サザンカの表皮から深紅の闘気が迸った。炎のように燃え盛り、稲妻のように荒々しい。圧倒的な威圧感は大地を揺らし、大気を震わせる。
ユウキは驚愕していた。今のサザンカの状態に至れる蒼脈の技は一つをおいて他にない。
サザンカの両親が所属していた松山基地で開発されていた最新鋭の蒼脈法にして完成を前にして禁術指定された――。
「爆錬仙気。うちの両親が黄之百合! お前を殺すために武装義手と共に残してくれたうちの牙です!!」
爆錬仙気は、仙法と気法を練り合わせて同時使用し、体内を循環させる最凶の身体能力強化法だ。最凶とまで言わしめる理由は、圧倒的な身体能力の強化率とそれを引き換えに使用者の人体に多大な損傷を与える自爆技だからである。
「サザンカ! 早く解くんだ! 死ぬぞ!!」
「ユウキ君……うちは、君の生徒じゃないです。君と同じ軍人です。役目に殉ずる決意を固めて職業軍人の道に足を踏み入れたです」
サザンカは腰を落として構えると、立ち尽くす黄之百合を凝視した。
「しかも目の前に仇が居るです。復讐と任務を同時に達成出来るなら命など惜しくないです。なによりも両親が練り上げたこの牙で奴を噛み砕く瞬間を……うちは待ち続けていたです!!」
サザンカの震脚が周囲一帯の石畳を割り砕き、数えきれないほどの破片を空中へ跳ね上げた。
膨大な破壊音が鼓膜に届くよりも速く、サザンカは黄之百合を拳の射程内に収めていた。
黄之百合の脳はサザンカの接近を認識していない。しかし肉体の反射が生命の危機に反応し、攻撃態勢を取らせた。
右手の指が芋虫のように戦慄き、無数の糸がサザンカの左拳を縛り上げる。恐らくユウキの剛腕ですら封じられる拘束。にもかからわずサザンカの鉄拳の勢いはいささかも衰えを見せず、黄之百合の顔面を打ち抜かんとした。
首をねじり、紙一重で鋼の拳を避ける。赤い闘気から生じた
脳が揺さぶられ、意識が遠のく。それでも黄之百合の肉体はこれまで培ってきた戦闘経験のままに稼働を続けた。
二撃目の拳が放たれるまでに生じる極小の切れ間。黄之百合は地面を蹴ってサザンカとの間合いを開けつつ、両手を交差させるように薙ぎ払った。
一本の糸がサザンカの頭上を掠める。続いて左の肩口、右頬の薄皮を切り裂いた。
しかし致命傷ではない。万全の黄之百合であれば十分に深手を与えられたろう。だが傷の痛みと大量出血による
加えて爆錬仙気を用いたサザンカの身体能力をユウキをも超えている。仮に万全な黄之百合であっても十二分に通用するはずだ。それでも自らの身を顧みない無謀な突撃であることは変わらない。
「サザンカ! 無理し過ぎだ!!」
「よそ見する余裕あるのか?」
千日紅の刃が、ユウキの視界に割り込んでくる。
上体を反らして避けると、身体を戻す反応を利用して刀を振るい、千日紅の喉笛を切り裂いた。
「あったのか……」
鮮血が吹き出し、千日紅が倒れ込むと同時に、サザンカが黄之百合の懐に飛び込み、左拳を引いた。
「取ったです!」
紅に染まった鋼の拳が黄之百合の鳩尾に突き刺さり、黄之百合の身体がくの字に折れた。
「まだです!! インパクト!!」
咆哮に応じるように武装義手の前腕部装甲が展開され、真鍮製の薬莢が一つ飛び出し、拳から衝撃波が放たれる。地割れのような轟音が周囲一帯を振るわせ、黄之百合の内臓を破砕する。
「グオォア!!」
鮮血を吐き出し、黄之百合がその場に崩れ落ちる。
「これがうちの切り札です。体内で乱反射する衝撃波。一撃で地割れを引き起こす威力が、身体の中で暴れる感触はどうです?」
黄之百合は、膝をついた状態のまま地面を見つめている。
「いてぇな……」
「うちの両親は、お前よりも痛い思いをしたです! もう一撃――」
「サザンカ下がれ!!」
ユウキの忠告に、サザンカは左方向へ飛んだ。先ほどまで居た地点を巻き込むように糸の渦が空高く立ち上り、地面を抉って土砂を巻き上げていく様は、竜巻のようである。あのまま直撃を受けていたら全身の肉を削がれていただろう。
「ちっ。現実的に考えて、今のかわすかよ」
サザンカは後退してユウキの左隣に立つと、数度息を深く吸って整えた。
「あ、危なかったです」
「手負いの獣の方が何をしてくるか分からないもんだよ。注意して」
「でも二対一です。二人で行けば――」
背後から殺気がユウキとサザンカを射抜いた。ユウキが振り返ると、千日紅が刀を振り上げ迫っている。
何故生きている?
戸惑いに支配されそうになりながらも、ユウキは防御に全意識を集中し直す。千日紅の刀を受け取ると、背後からさらなる敵意の奔流が迸った。
「
青く輝く数十の糸が弾丸の撃ち出される。千日紅の刀を切っ先で受け流し、円を描くような太刀筋で糸弾を迎撃しつつ、サザンカを抱えて後方へ飛んだ。
一先ず距離を置いて体勢を立て直す。消極的な作戦。並の使い手であれば付け込まれる隙にしかならないが、花一華ユウキの場合、それは鉄壁の行動となる。
「今の不意打ちでも仕留めきれないのか。カラスと黄之百合が二人掛かりで苦戦するのも無理ないか」
喉を裂いたはずなのに、千日紅は流暢に喋っている。それどころか先ほど与えたはずの傷も見当たらない。
「あ、あいつユウキ君に倒されたです。なんで生きてるです。治癒魔法の使い手です?」
「そんな生易しいもんじゃないよ。
時間稼ぎという目的においてこの上ない適材だ。
さらに千日紅の恐ろしさは再生魔法だけではない。再生魔法の使い手でありながら油断が一切なかった。強引な戦い方を選ばず、洗練された立ち回りをしている。
そして黄之百合も手負いでありながら大砲としては十二分な実力を保っていた。
「
糸が束ねられて巨大な龍が姿を現す。巨大な威容が牙を剥き、サザンカを抱えたユウキに迫る。ユウキはサザンカを地面に降ろして龍へ駆け寄った。
「かかった!」
黄之百合の歓喜の声と共にユウキの最後で肉の引き裂ける音がした。
数十の光の糸がサザンカの全身を貫いている。義手を盾にして急所は防いでいるが傷は浅くない。
先程までのサザンカであれば避けられたであろう攻撃のはず。もしもサザンカの動きが鈍ってきてるのだとしたら――。
「サザンカ! 爆錬仙気を解け!!」
爆錬仙気は都合の良い力ではない。圧倒的な戦闘能力を獲得させる代償に使用時間が長くなればなるほど身体を激しく損傷してしまう。
しかも本来の想定では魔法も強化されるはずだったが、術者にかかる負担が膨大すぎたため当初の予定を変更され、身体能力の強化のみとなっていた。それでも制御は困難を極め、爆錬仙気の使用中は魔力を使えない。
今のサザンカに許されるのは、徒手空拳による接近戦と武装義手に仕込まれた各種装備の使用だけ。遠距離戦や持久戦を徹底されるのは、きわめて不利な状況だ。
「これでトドメ」
千日紅が怯むサザンカに蒼脈刀を振り下ろした。刃がサザンカの脳天に触れる寸前、ユウキの剣が千日紅の斬撃を弾く。
「隙あり!!」
間髪入れずに黄之百合の蒼波龍糸弾が迫る。
千日紅の脇腹に右の足刀を打ち込み追い払うと、ユウキは蒼脈刀に渾身の魔力を注ぎ込んだ。
「バニシングカウンター!!」
「待ってました!!」
ユウキの蒼脈刀に切られる直前、巨大な龍はほつれて散り散りになり、元の数えきれないほどの糸の姿となった。
対してユウキは発動した魔法を止められない。大量の魔力波が空中に解き放たれて漂った。
「反射魔法空振り!!」
黄之百合の嬉々とした声を合図に、糸は再び龍の姿を取り戻した。
「反射魔法は相手の魔法攻撃以上の魔力放出により、強引に敵の魔法をはねかえす技。確かに強力だが、現実的な対処法がある!! 反射させずに空振りさせりゃあいい。そうすれば行き場をなくした大量の魔力が空中に散布されるだけ! 現実的に考えて、食堂で戦った時、一撃で俺を仕留めなかったのがてめぇの敗因だ!!」
「負けさせないです!!」
左拳を腰だめに構えたサザンカが雷光のような足捌きで黄之百合に接近する。糸で象られた龍がサザンカを阻もうと牙を剥くが、その動きは精細を欠いており、サザンカを捉えられない。黄之百合の手傷も相当なもの。これだけの魔力を行使しするだけでも奇跡的だ。とは言えそれはサザンカも同じこと。どちらの命が先に燃え尽きてもおかしくはない。
「サザンカ無茶するな!!」
「無茶じゃないで――」
サザンカの口から声の代わりに鮮血があふれ出した。黄之百合まであと半歩の間合いで動きが止まり、紅の闘気が薄れていく。
黄之百合は勝利を確信したのか、笑みを浮かべていた。
「タイムリミットが来たみたいだな。爆錬仙気の副作用は生きながら内臓をかきまわされるようなもんだ。現実的に考えてよくここまで耐えたぜ。だがここで手品も終わりだ!!」
「サザンカ!!」
「黄之百合の元へは行かせない」
千日紅の刃が振り下ろされてユウキの前進を阻む。その間に黄之百合の操る龍はサザンカの背後に迫っていた。
「現実的に考えて、お前はほっといても死ぬ。だから俺は優しいからよ。今すぐ楽にしてやる」
龍が皮一枚の距離にいるというのに、サザンカは微笑んでいた。
「あんたの口癖でうちが好きな言葉が一つだけあるです」
「現実的に考えて、か?」
「気合と根性です!!」
サザンカの全身から紅の闘気が立ち上る。これまでで最大量の出力に背中を押されてサザンカは踏み込み、黄之百合のみぞおちに鉄拳を突き立てた。
仮に黄之百合が万全の状態であっても避けられない速度と耐え切れない威力を併せ持つ一撃は黄之百合の意識を揺らがせる。
「糸の操作魔法は、ツバキの誘導魔法とは性質が違うです。自動制御と手動制御を切り替えられる誘導魔法に対して、お前の糸の操作は常に手動で動かし続けないといけないです!!」
サザンカを食らわんとしていた龍が突如暴れ出し、レンガ造りの建物をなぎ倒していく。
「龍が制御を失ったです!! ユウキ君!!」
サザンカの声に背を押され、ユウキの蒼脈刀が龍を人撫ですると膨大な蒼脈の化身は完全にこの世から姿を消した。
黄之百合の切り札を破られ、千日紅の焦燥が露わになる。
(やられたか!? だが反射魔法はやらないはず。あれは細かい制御が出来ない。衝撃波にしてぶっ飛ばすだけの技。あの女も巻き込んでしまう)
技を攻略されて致命打を受けた黄之百合の思考は意外にも冷静さを保っていた。
(龍が無効化でやられたのは予定外だが、現実的に考えても役目は果たしたぜ。花一華の蒼脈は全開時の半分以下のはずだ。あとは千日紅が残りを削ってくれるよな……)
ユウキは蒼脈刀の切っ先で千日紅を狙いすまし、サザンカの義手は黄之百合の顔面を狙っている。
「蒼牙龍砲!!」
「インパクト!!」
ユウキの蒼脈刀から龍を象った魔力の奔流が躍り出して千日紅を食らい、サザンカの鉄拳は黄之百合の顔面を破砕しながら地面に叩き伏せた。
黄之百合の絶命と同時に、サザンカの纏っていた紅の闘気が消え失せる。
龍の牙に全身を引き課される千日紅だったが、みるみると肉体は再構築され、まばたきを一回する間にまっさらな状態に戻っていた。
「黄之百合よくやった!! これで奴の蒼脈はさらに削れた――」
蒼牙龍砲は、蒼牙閃や蒼牙突の発展形にして魔法の中でも奥義と称される技。大量の魔力を龍の形にして敵に叩きつける。その破壊力は山の形をも変えると言われていた。
しかしその破壊力をもってしても千日紅の再生速度を上回れなかったのである。大技を無駄に使わせてユウキも大半の魔力を失っている……そのはずであった。
「蒼牙龍砲!!」
二撃目の蒼牙龍砲が千日紅の胴体に噛みついた。圧縮された魔力の牙はミリミリと音を立て、再生する千日紅の皮と肉を穿ち続けている。
「馬鹿な!? あれほどの大技を撃って何故まだこれほど大量の蒼脈が残っているのか!?」
「バニシングイーター。黄之百合の蒼脈を食わせて貰ったんだ」
「な、刀に大量の蒼脈を溜めこんで!? 吸収魔法!?」
敵の魔法を無効化する
敵の魔法を反射する
敵の魔法を吸収する
花一華ユウキが世界最強の蒼脈師である桃木ロウゼンをも超える防御力を持つと称されるのは、この三種類の魔法を兄弟子と姉弟子から託された大量の蒼脈をもって使いこなすが故。
狼牙隊第一分隊隊長の底力を目の当たりにした千日紅を戦慄が走った。
(黄之百合の蒼脈を完全に利用されたか! 結局奴が消耗した蒼脈は反射魔法一発分というところか! 確かに大量の蒼脈を使う技だが、奴の蒼脈量なら致命的な消耗ではないか!?)
けれどユウキもまた、千日紅を仕留めきれずにいた。
千日紅を食らい続けていた蒼牙龍砲の勢いが失われていく。長時間の発動で魔力が蒼脈に戻り霧散しつつあった。
「だが、俺を殺すことは叶わないか! どんな傷も即時再生する上に剣の腕はほぼ互角! 長期戦になればなるだけこちらの優位か!」
白鞘の蒼脈刀を振るい、蒼牙龍砲の拘束から脱出した千日紅の首が胴体と切り離される。蒼牙閃でもなければ蒼牙突でもない。蒼脈刀による直接攻撃でもなく、千日紅の首を飛ばしたのは研ぎ澄まされた風の刃だった。
「か、干渉制御魔法!? 貴様、そこまで――」
千日紅の首が風に乗って飛び、身体からどんどん離されていく。
「師匠は、俺に全ての蒼脈の技を叩き込んだ」
ユウキが蒼脈刀を土くれが剥き出しになった地面に突き立てると、風に乗っていた千日紅の首を大量の土砂が包み込み、巨大な土団子を形成して地上に落下した。
「全部を一流の使い手並に使いこなせるわけじゃないけど、全てを使うことはできる。二流の技でも使い方次第で切り札になる。それが師匠の教えだ」
首を失った胴体はしばらく徘徊するように動いていたが、やがて力尽きたのか地面に横たわるサザンカと黄之百合の傍らに倒れ伏した。
「首を斬り落としても即時再生する使い手……だったら完全に息絶えるまで首と胴を切り離し続ければいい」
ユウキは、サザンカの元へ駆け寄って首筋で脈をとる。指に触れる鼓動はとても儚い。爆錬仙気の副作用で内臓や筋肉の大半がひき肉みたいな状態になっているはず。体内の至る所で出血しているのか、肌も真っ白だ。このままでは数分と持たないだろう。
「ほんとうに……強くなったです」
一音発する度に、口や鼻から噴水のように流血と肉片が飛び出してくる。
「サザンカ!」
「内臓を……やられたです。もう息もできな――」
このまま死なせるわけにはいかない。
ユウキは、千日紅の遺体に左手に持った蒼脈刀を突き刺し、右手でサザンカの胸に触れ、緑色の光を放った。
「こいつはまだ完全には死んでない。体内には治癒性の蒼脈が流れ続けてる。それをバニシングイーターで吸収。俺を通して君の身体に流し込みつつ、治癒魔法も同時に使えば――」
治癒魔法は大量の蒼脈を消費する。現在のユウキの蒼脈量は全開時の半分強。それが底に穴が開いた水がめみたいに、みるみると減っていく。
しかし千日紅の治癒性蒼脈をサザンカに流すほど、ユウキ自身が行使する治癒魔法で蒼脈が減れば減るほどサザンカの出血が収まり、血色がよくなっている。
「そんなことしたらユウキ君の蒼脈がなくなるです……まだカラスが残ってるです。うちみたいな足手まといを生かしたところで意味ないです」
「意味なくなんかない!!」
「冷静に考えるです……さっきうちの復讐を咎めたように、合理的に考えたら――」
軍人としては郷英対象の救助を優先すべき場面だ。ましてサザンカは生徒ではなく同僚の軍人。それも職業軍人だ。自ら望んで軍務についている人間を郷英対象よりも優先する。そんなのは軍人失格だとよく理解している。それでも――。
「そうだよ! 俺は最低だよ! 人に対して厳しいこと言っておいて自分がやってる事は甘いよ!! 分かってるんだよ!! だけどほっとけないだろ!?」
サザンカを救いたい。
「うちは……君の生徒じゃないです。生徒のふりした職業軍人……救う価値はないです」
「あるんだよ!! 俺にとってサザンカは、大切な幼馴染だよ!! 一番大事な時に俺はいなくておじさんとおばさんを守れなかったけどさ! サザンカのことも守れてないけどさ!! だけどもう……もう守れないのは嫌なんだ!! 俺はもう二度と俺の大切な人を守れないのは、いやなんだ!!」
自らに誓うのだ。今度こそ強くなれるように。
「だからサザンカを死なせないし、たとえちょっとしか蒼脈が残らなくてもカラスを倒してツバキも助ける!! 俺は、大切な生徒を守れる先生になりたい!! 大切な人を守れる強い人間になり隊!! それが俺の夢なんだ!! ようやく見つけた希望なんだ!! もう儚い夢でなんか終わらせない!! 俺は信じてこの道を貫くんだ! だから絶対サザンカも! ツバキも! サクラも! ソウスケも! キュウゴロウも! みんなを守るんだ!!」
千日紅の持つ治癒性蒼脈の移植と治癒魔法による治療を終えると、サザンカはいつも通りのはつらつさを取り戻していた。
「バカです。うちなんか」
サザンカの頬を細い涙が伝い落ちる。
ユウキは小さな体を抱き寄せ、両腕で包み込んだ。
「なんかっていうなよ。俺にとって大切な人なんだからさ」
「今まで、八つ当たりしてごめんなさいです」
「俺が悪いんだよ。全部君の言う通りだ」
「違うです。自分の弱さに目を瞑って君が優しいから甘えてたです。うちは、もう一度生徒からやり直した方がいいです。とっても大人だなんて言えないです」
「俺もだよ。俺だって未熟な自分でいやになるけど、みんなが教えてくれた。一緒に成長がすればいいんだって。だからサザンカも一緒に強くなろう」
「はいです」
二人がどちらともなく身体を放して微笑み合うと、頭上を一筋の光が弧を描き、駆け抜けた。
「今のは誘導型の魔力弾?」
「遅かったです!」
光の発生から数瞬遅れて、北の空で黄色い煙弾が弾けた。
「黄色の煙です」
「気法で即時撃ち上げの合図。急ごう」
「はいです。ユウキ君、蒼脈は」
「大丈夫だよ。まだ戦えるさ」
底された蒼脈は全開時の樹武運の一以下。普段なら不安に苛まれて竦んでしまう脚は、力強く大地を蹴った。
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