第20話『儚い夢』

「勝者三組。おめでとうなのだ。一組もよく頑張ったのだ」


 森を抜けたサクラたちを待っていたのは鬼灯ほおずき学院長からの敗北宣告と、虚無に捉われた花一華ユウキだった。

 生徒たちにどんな言葉をかけてやればよいのか分からない。

 泣きじゃくるツバキと彼女の背中をさすりつつユウキに殺気にも似た敵意をぶつけてくるサクラの存在が一層罪悪感を締め付けた。

 サザンカは呆れ顔、ソウスケとキュウゴもユウキへの不信をありありと浮かべていた。

 彼等の反応も仕方がない。勝たせてあげることが出来なかった。的確な指示を与えられなかった。指揮官役として失格だ。

 暗澹あんたんとした空気が流れるユウキと一年一組の間に、黄之百合イスケが割って入り、高笑いした。


「はははははは!! みんないい根性だった! 負けはしたけどこれが次に繋がるんだ!! さぁ敗北の悲しみは気合で塗り潰そう!! レッツ根性! ビバ気合!」


 イスケは、ユウキの背中をバンバンと叩いた。慰められてもちっとも響かない。

 判断が甘すぎた。もっと事細かな指示を与えて勝利に導かねばならなかった。


「ごめん、みんな」

「先生のせいじゃん」

「ごめ――」


 サクラはユウキの懐に飛び込み、羽織のえりに掴みかかった。


「先生がツバキを信じないから!!」

「サクラやめて! 先生の言う事が正しい。私は弱いから――」

「ツバキは弱くない!! あんなに練習がんばってたのに……」


 練習を頑張っていたのはユウキも知っている。けれどまだ実戦で通用する領域に至っていない。

 中途半端な状態で使ってツバキにトラウマを残す事態は今後の成長を考える上でも避けたかったし、あのまま連射し続けていたら味方に当たっていた可能性も否定出来ない。

 現状のツバキの誘導魔法は、実戦で使う利より、損の方が大きいとユウキは判断した。


「で、でも今のツバキの精度じゃ実戦投入は――」


 サクラから吹き上がる激情は、さらに燃え上がり、鬼が如き形相でユウキに詰め寄った。


「そうやって先生が変なこと言うからじゃん!! 変なこと言うからツバキが自信なくして戦えなくなったんじゃん!!」

「その通りだわ」


 そう言って姫川キキョウが近づいてくる。彼女もこれまでユウキが見た事もない憤怒を露わにしていた。

 キキョウは、ユウキの襟を掴むサクラの手をそっと引き離すと、一層険しい目つきになる。


「花一華先生、なぜ負けたか分かるかしら?」

「俺の指揮が悪かったせいです……」

「違うわ。生徒の力をこれっぽっちも信じてないからよ」

「信じてないわけじゃ――」

「じゃあ、あの消極的な指示はどういうことかしら?」


 信じてないわけじゃない。ただ教師として生徒を守らなければならないと思い、これまで行動してきただけだ。

 キキョウから見れば消極的だったかもしれないが、実戦の怖さをユウキはそれこそいやになるほど思い知っている。

 我先に敵陣を突っ込む者。手柄を焦る者。とどめを刺す寸前、慢心する者。多くの人々が無茶な行動で命を落としてきた場面を見てきた。

 生徒たちには、あんな目はあってほしくないし、ユウキ自身守るべき対象が傷つく姿はうんざりだ。


「ただ、俺は生徒たちを……怪我とかしないように。まだみんな若いし、実戦では無茶と化したやつから死んでいくから」

「これは模擬戦よ」

「だから実戦を想定して――」

「模擬戦は生徒たちが学んできたことを実戦に近い形で試す場所であって実戦じゃないわ。だから失敗してもいいのよ」


 実戦じゃない?

 失敗してもいい?


「あなたは勝つ事だけ考えていたんじゃないかしら?」


 なんで分かる?


「だってあなたの指示を見ていたら、まるで軍人が部下にする指示みたいだったもの。生徒に対する接し方じゃなかったわ」


 そんなつもりはなかった。

 その一言がユウキには言えなかった。

 あれをするな。これをしろ。危ないから下がれ。こちらの作戦に従え。狼牙隊の頃も同じような台詞を部下に吐いていた。


「生徒たちの安全に配慮するのは、教師として最低限。出来て当たり前だわ。そこからどうやって生徒たちに多少のリスクを背負わせて実戦を学ばせるかが重要なんじゃないかしら?」


 実戦を想定して戦わせ、勝利へ導く。

 ひたすら実戦を想定して動いていたユウキは、生徒たちの自由な発想や意志を尊重していなかった。


「そして模擬戦とは失敗してもいい舞台なのよ。私が自分の生徒に出した指示は、自分で考えて戦いなさい。逐一戦い方に口出しはしなかったわ。助言を求められたら答えはしたけどね」


 サクラにも彼女なりの作戦があった。だが未熟な生徒が考えた代物、自分が考えた作戦には大きく劣ると無意識に見下していた。

 ユウキ自身気付いていなかった気持ちをサクラたちは敏感に感じ取っていたのだろう。


「この学校の生徒たちは、蒼脈という力を学びに来ているのよ。生徒たちの安全だけじゃなく、あなたがどう戦わせたいかじゃなく、生徒たちがどうしたいかを考えてあげるのが教師の仕事じゃないかしら?」


 反論の余地などない。心の底まで見透かされている。


「それが出来ないなら、あなたは教師を辞めるべきだわ」


 ユウキの身体は支えが取れたような脱力感に襲われ、たまらず崩れ落ちた。

 魂の抜けた人形と化した花一華ユウキをサクラは軽蔑けいべつを込めて一瞥いちべつする。

 生徒たちの信頼を失った事を自覚した瞬間に、花一華ユウキの儚い夢は砕け散った。

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