第19話『決着』

 ソウスケは、向かってくる三組の生徒三人に、木刀を振るった。暴風をまとって繰り出された薙ぎ払いを三組の三人は後方へ飛び退き、回避する。

 無謀とも言えるソウスケの攻撃を双眼鏡越しに見つめるユウキは悲鳴を上げた、


『ぎゃああああ!! 大ぶりだよ! 隙デカいよ! 見てらんない!!』


 ソウスケの胴は、がら空きになっている。その隙を見逃さず、三人のうちの一人である女子生徒が木刀を構え懐にもぐりこんできた。


「大ぶりよ」

「わざとや」


 微笑みと共に繰り出されたソウスケの返す刀が女子生徒の左脇腹を捉えた。異様なまでに身体の戻しが速い。仙法の技術云々ではなく、強靭な体幹があればこその技だ。

 女子生徒の反応を許さず、斬撃を加えられた脇腹付近の制服が真っ赤な光で染まる。模擬戦用制服に施された魔法による直撃判定の証だ。真剣であれば胴体を両断されていただろう。


「よっしゃあ!! まず一人や!!」

「ごめんよ隊長!」

「気にするな。君の仇は――」


 隊長と呼ばれた男子生徒の視線の先、歓喜するソウスケの頭上から二人の少年少女が降ってくる。敵を仕留め、安堵した瞬間を狙う戦術は非常に有効。しかしサクラとサザンカは、この動きを読んでいた。

 サクラは空から奇襲をかける男子生徒に、サザンカは落下攻撃を仕掛ける女子生徒にそれぞれ飛び掛かり、空中で木刀と拳を繰り出した。

 サクラの斬撃は男子生徒の右の肩口に直撃判定を残したが、サザンカの右拳は容易く受け止められていた。


「軽いわ――」


 続けて繰り出された左拳で、女子生徒の身体が蹴鞠けまりのように跳ね飛ばされる。


「ひ、左の打撃が異様に重いわ!」


 吹き飛びつつも着地した女生徒に対して、サザンカの頬を冷や汗が一筋伝い落ちた。


「やば、つい癖で手が出たです」


 焦燥を見せたサザンカに向かって女子生徒は間合いを詰め、木刀を振るい下した。鋭い攻撃をサザンカの頭頂部はまともに受け止めてしまった。


「あだ!」


 攻撃を受けたのが制服ではないため直撃判定は出ていないが、真剣だったら頭をかち割られて生きていられる人間はいない。サザンカは脱落となった。


「ごめんです」

「サザンカ!」

「お友達によそ見する余裕はないぞ」


 一方のサクラも先程右の肩口を切り裂いた男子生徒と鍔迫つばぜり合いの格好になっていた。

 ユウキとの授業で仙法の出力は大幅に上昇しているはずだが、それでも押し負ける。仙法の練度が同等であれば、最後にものを言うのは生来の体格。サクラと男子生徒では背丈が一回り違った。

 このままでは、馬力の差で押し切られる。サクラの危機を救おうとツバキの木刀の切っ先から蒼い光が飛び出した。研ぎ澄まされた輝きを男子生徒は顔だけよじってかわしてみせた。

 攻撃を避けたことで彼は安心している。サクラは内心ほくそ笑んでいた。ツバキの蒼牙突は一度避けたぐらいで死なない。攻撃対象を失い、虚空へ消えるはずだった老い弾丸は直角に折れ曲がり、再びサクラを救う牙とならんとした。しかし角度の変化が甘い。このままではサクラにもかすってしまう。

 サクラがとっさに身を屈めると、頭上を通り過ぎる青い牙は、男子生徒の左肩に赤い傷跡を残して消滅した。


「サ、サクラごめん!」

「ドンマイ! 平気だからじゃんじゃん撃っちゃえ!」


 ツバキが次弾発射のために構えると、無線機から音割れを起こしたユウキの声が鳴り響いた。


『あ、危ない!! もうちょっとでサクラに当たるところだよ!!』


 無線機越しどころか、森の中までユウキの絶叫が届いている。無線機の声と肉生徒が二つに合わさって一つの響きとなった。


『ツバキ! まだ実戦投入するの速いよ! 今は細かい操作より真っ直ぐ飛ばす事だけ意識するんだ! でないとサクラに当たっちゃうよ!』

「あの、えっとすいませ――」


 萎れそうになるツバキに、サクラは危機感を覚えた。確かに角度は少々甘かったが、いい攻撃だった。このまま模擬戦の場で何度か撃てばより正確な操作のコツを掴めるかもしれない。

 ユウキに注意されて委縮いしゅくしてしまうのでは模擬戦の意味がないし、何よりまた昔のツバキに戻ってしまうかもしれなないのが怖かった。


「あたしなら避けるから大丈夫だってば!! ツバキ、ガンガンやっちゃえ!!」

『味方に当たるかもしれない攻撃なんてダメだよ! 下手するとツバキの攻撃が有効打になっちゃうぞ!』

「あの……私は」

「ツバキなら大丈夫だってば!!」

『危険だからダメ! 誘導魔法に関しては、味方に攻撃当てちゃったトラウマが今後の成長に影響する事もあり得るんだから!』

「うるさい! ツバキのやりたいようにやらせんの!!」

「サ、サクラ殿こっちへの指示を!」

「え? しまった!?」


 三人の生徒にソウスケとキュウゴが包囲されていた。キュウゴを庇いながら立ち回ったのだろう、ソウスケの制服には細かな赤い傷跡が残されている。

 助けに行こうとするサクラに男子生徒が立ちはだかり、再び鍔迫つばぜり合いの格好に持ち込まれた。

 やはり接近戦では三組に一日の長がある。いかにソウスケと言えど、三人を相手にキュウゴを庇いながらでは分が悪い。

 ユウキとの口論に気を取られて、状況把握を怠ってしまった。どうすれば挽回出来る? 敵の攻撃をさばきつつ思考を高速回転させるも妙案は降ってこない。


「サクラ! 後は頼むで!」


 ソウスケは三組の隊長に木刀を打ち下ろした。強大な破壊力に隊長の足元の地面が砕け散る。圧倒的なソウスケの膂力りょりょくを受け止め、僅かながら硬直が生じた。


「キュウゴ行け!!」


 キュウゴがソウスケの頭上を飛び越え、包囲網を脱出すると同時に、ソウスケの背中に赤い傷跡が二つ刻まれた。


「頼んだで!」

「後は任せるであります!」


 キュウゴが空中で木刀を振るうと圧縮させた大気が数十の鞭と化して鋭い軌跡を描いた。三組の隊長とサクラと鍔迫り合いをしていた男子生徒は逃れたものの、ソウスケにとどめさした二人は攻撃の硬直をつかれ、被弾。両名共、みぞおちに直撃判定を受けた。

 残りは三対二。数の上ではこちらが優位。けれど三組の二人は、一切聞遅れず、間合いを詰めにかかった。


「ツバキ! キュウゴ!」


 蒼牙閃を放つサクラの号令でキュウゴの風の鞭とツバキの蒼牙突が二人を襲った。しかし風の鞭は数こそ多いが、その操作性はツバキの誘導間オフに大きく劣り、緩慢であった。隙間を塗って接近してくる。

 さらにツバキの蒼牙突も先程のような変幻自在の動きは見せない。真っすぐに飛んでいくだけだ。


「ツバキ、誘導魔法を撃って!!」

「で、でも」


 ツバキが躊躇ちゅうちょし、構えが崩れた瞬間、サクラとキュウゴが三組の隊長と男子生徒の刃に切り伏せられた。

 一人残されたツバキは、絶望を露わにしてうつむき、木刀を地面に落とした。

 降伏宣言。蒼脈師にとっては死以上の恥である。

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